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だん、と机に拳が叩きつけられ、その上に山と積まれていた書類や本がバラバラと床に落ちた。その様子を、ナナミは心配そうに見守る。机に叩きつけた拳とポケギアを握りしめ、マサキはギリリと歯を噛み締めた。
「ホンマ、なんか……」
「うん……ブルーから連絡があった」
通話の相手は、ナナシマで通信システム開発の手伝いをしているリーフだ。彼女経由でマサキにもたらされたのは親友の失踪という、絶望的な報せだった。
「なんで……なんでまたアイツなんや……」
レッドが家族と再会したことは、本人から聞いていた。少し照れた、けれど心底嬉しそうな笑顔に、彼もマサキからしたらまだ子どもで、幸せになる権利を持つ存在なのだと改めて思わされた。図鑑所有者の、宿命ともいうべき戦いの渦に一番長く関わってきたレッドだからこそ、とも。
「……それでね、マサキ」
そんな彼の心情を察したがため言い難そうに、リーフが口を開く。気になることがあるのだと言う彼女の話に耳を傾けるうち、マサキの瞳は驚愕に見開かれていった。

一夜が明け、オーキド邸の一室には図鑑所有者達が集まっていた。と言ってもそれはカントーとジョウト在住の一部で、ホウエンとシンオウの所有者達には未だ連絡を取らずにいた。あまり後輩を巻き込みたくないと、グリーンが言ったのだ。戦力面で言えばそれなりに実力者ばかりなので、ブルーも特に反論はしなかった。
起きた直後、軽い錯乱状態にあったサトシは、ぷりりの『うたう』によって別室で眠らせている。付き添っているのはシゲルと彼のブラッキー、そしてレッドのブイであるから心配はない。
「イエローの読み取ったゴンたちの記憶だ」
グリーンはそう言って、文字に起こしたそれを机に置く。
夜通し力を使って疲れたイエローはソファに座り、時たま船を漕ぎながらも必死に意識を保とうと目を擦った。何度目かの睡魔から逃げ起きたイエローが腕を上げると、隣に座っていたシルバーがそれを掴んで目を擦ろうとするのを止めさせる。
「目を痛める。そんなに眠ければ寝ていろ」
話は聞いておくから無理はするな、とシルバーは言う。イエローは躊躇っていたが、ブルーにまで同じことを言われてしまっては断れず、少しだけと断って目を閉じた。
「……で、続けるが」
目を閉じた瞬間深い眠りに落ち、あまつさえ重力に従って傾く身体をイエローはシルバーに預ける。思わず周囲は微笑ましい吐息を漏らす。中には羨ましがっている者までいて、それに呆れたグリーンは溜息を吐いた。
「レッドを拐ったのは、推定二十代の男か」
「雇われってことは、組織ではないみたいですね」
「生け捕りってとこが気になるわね……」
ブルーの言葉に、グリーンも同意する。二人の頭に浮かんだのはデオキシスのことだ。とすると、気になるのはその情報源。
「シルバー、頼めるかしら」
「……やってみるよ」
彼の父親に聞けば何か分かるかもしれない。敵の目的が分からなければ、出来ることは少ない。
「これじゃあ、地道に情報集めるしかないね……」
「だな……」
ヒビキとソウルが溜息を吐くと同時に、テレビ電話が勢いよく鳴り響いた。グリーンが顔を顰めると、今度は来客用のベルまで鳴る。そちらはJr.に任せ、グリーンは椅子に座ると受信のアイコンをクリックした。
パッ、と画面に現れたのは、今はジョウトにいるというマサキだ。
「マサキか」
「久しぶりやな。聞いたで、レッドのこと」
「……ああ」
「でな、少し気になることがあったんや」
「気になること?」
眉を潜めるグリーンの背後から、ブルーたちも首を伸ばして画面を覗き込んだ。
発端はリーフの証言だと、マサキは言った。通信システム開発に携わっていた彼女は、作業中に覚えのない通信履歴を見つけたのだ。アクセス元は分からないが、アクセス先ならすぐに判明した。
「図鑑所有者の個人データや」
アクセス回数は二回。一回目は一週間以上前だが、二回目はつい数時間前――こちらはマサキが調べたことで発覚した。そして、問題は閲覧したページだ。
「検索機能使うてくれて助かったわ。履歴は消されとったが、復元できたで」
「……どういうことだ」
ヒシヒシと嫌な予感が、グリーンの体を蝕む。それを肯定するかのように、マサキは視線を漂わせた。
「……二回目は確かにレッドのデータを閲覧しとった。けど一回目は――サトシのやったんや」
「……それはつまり――敵の狙いは、レッドではなくサトシだった、ということか」
カタン。小さな物音に、息を飲んでいたグリーンたちはバッと振り返った。そこに立っていたのは、見慣れない少年とJr.そしてシゲルに支えられて震えるサトシだった。
「……兄ちゃんは、俺と間違われた……?」
ピカチュウが彼の足元で鳴いたが、それに気づかないままサトシは踵を返して部屋を飛び出した。慌てて彼を追うシゲルとピカチュウの足音が聞こえなくなる頃、漸くブルーはストンとソファに腰を下ろした。
「もう……一体なんなのよ」
それはその場にいた者、皆に共通する感情だった。サトシが本当の狙いだったというなら、デオキシス捕獲という目的も候補から外れ、益々謎は増す。
「けど、そんな簡単にレッドさんとサトシくんを、間違えられるもんですか?」
「間違えたんですよ」
ヒビキの疑問は最もだったが、それは見慣れぬ少年によってあっさりと肯定された。ヒロシと名乗った彼は、髪色を除けばピカチュウを肩に乗せているなど、サトシとの共通点は多い。
「僕も間違われましたから」

それはやはり昨日のこと、ヒロシは丁度トキワの知り合いの元へ訪れていたそうだ。そこで、サトシの出身がマサラだということを思いだし、寄り道しようと足を向けたのだ。
トキワの森の入口に立った時、そいつは現れた。
「! うわ!」
突然揺れた大地に驚きリザードンのジッポで上空に逃げると、待ち構えていたようにグライガーが飛びかかってくる。それを紙一重で交わしたヒロシは、単身地上に着地するとピカチュウのレオンに『10まんボルト』を命じた。それは真っ直ぐ近くの草むらを居抜き、隠れていたサイドンと男が姿を現す。
「あっぶねーな……」
「いきなり攻撃してきたのはそっちだろ」
グライガーが二人の間に落ちてくる。空中戦を制したのはジッポのようで、悠々と旋回してヒロシの隣に降り立った。
「肩に乗せたピカチュウとリザードン……お前がサトシか」
「……は?」
「生け捕りにしろって言われてんだわ」
思わず気の抜けた声が漏れる。確かにヒロシの手持ちはサトシと共通しているものが多い。だが下手に否定してしまえば、サトシ本人に被害が及ぶのは目に見えている。そのため、ヒロシは口を閉ざした。レオンとジッポも主の意図を汲み取ったのか、男を睨みつけて戦闘体制をとる。
それを肯定ととったのだろう、男はニヤリと細く笑むと気絶したグライガーをボールに戻し、グランブルを取り出した。
「何してる」
男が指示を出そうとした瞬間、冷静な声が頭上から降り注いだ。折角のバトルを邪魔されて不満そうな男が空を仰いだ先には、チルタリスと、そこに乗る男がいた。もう一人誰かを乗せているようだが、ヒロシからは見えない。
「何ってサトシ捕獲だろ」
ほら、と男がヒロシを指差す。それを一瞥したチルタリスの男は、溜息を漏らした。
「よく見ろ。ターゲットは黒髪だ」
「……あー!」
「俺がもう確保した。さっさとずらかるぞ」
「……あいよ」
「な……! 待て!」
叫ぶヒロシを気にせずサイドンをボールに戻し、男はにやりと口角を上げた。
「『くろいきり』だ」
クロバットから放たれる霧が、ヒロシの視界を隠す。ジッポの羽ばたきで漸く視界を取り戻した頃には、すでに二人の男は消えていた。
悔しさに歯軋りしていたヒロシは、男達がサトシを探していたこと、そしてチルタリスの背に他に誰かいたことを思いだし、慌ててマサラへの道を急いだのだ。
「そんなことが……」
「恐らく奴らは、はっきりとサトシの容姿を知らない――簡単な特徴と手持ちしか、知らされていなかったんだと思います」
「レッドさんが持っていたのはピカチュウと、カビゴン、リザードンにエーフィ……か」
「預けられているサトシのポケモンの中に、確かにいますね」
「フッシーとニョロは?」
「ボールから出してはいないから、敵も気づいてないんだろう」
これで確定したのは、敵の本当の目的がサトシであるということだ。しかしやはり理由がわからない。また、レッドのデータまで閲覧したということは、向こうも間違いに気づいたということで、レッドの身の安全は保証されなくなった。
「早く見つけ出さないと……」
益々悪化する現状に歯を噛み締める従兄を、Jr.は壁に寄りかかって見つめていた。
Jr.はポケギアが鳴っていることに気づき、ポケットからそれを取り出した。画面に現れた名前は、彼のライバルのものだ。
「よお」
受信ボタンを押して声をかけると、少しのノイズの後、耳慣れた声が聞こえてきた。
「……Jr.?」
「俺のポケギアに他に誰が出るんだよ」
「だな……」
「ファイア?」
ざわり、と嫌な予感がJr.の心を撫でる。様子がおかしい。声も雑音が混じって聞こえ難い。
「Jr.……母さんと……サト……を……」
「おい、ファイア? ファイア!」
酷くなる雑音、ではない。これは、ポケモンの技の音だ。
「たの……」
ぷつん。耳をつく、無情な音。既に通信の切れたポケギアを握りしめ、Jr.はそれごと拳を壁に叩きつけた。



20201101改稿
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