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ジョウト地方ワカバタウン。この町では言わずと知れたポケモン屋敷からは、先程から連続してポケギアの呼び出し音が鳴り響いていた。
「いい加減にしてよ、ゴールド!」
痺れを切らしたヒビキが双子の兄の部屋を開けると、部屋主は未だ夢の中だったらしい。こんもりと盛り上がったベッドの周りで、彼のポケモン達が困ったように顔を見合わせていた。だらしない姿に溜息を吐き、ヒビキは兄ほどではないが癖のある前髪をかきあげた。
「ニョたろう、その馬鹿に水ぶっかけちゃって。大丈夫、僕が許す」
主人の弟からの指示に数瞬躊躇ったニョたろうだが、ピュッと水を吹き出した。威力をかなり弱くしているのは、ゴールドのためを思ってのことだろう。
「な、なんだぁ?」
「はい、ポケギア」
兄の困惑を他所に、ヒビキはもう音の止まったポケギアを差し出す。すると、不機嫌そうだったゴールドは事情を察したらしい。受信履歴の画面を見て顔を歪めると、素直に謝ってそれを受け取った。
ポケギアを操作し始めるゴールドを余所に、用事の済んだヒビキは部屋を出る。
隣の自室に戻って途中にしていた身支度を整え終えた頃、派手な音がまたもゴールドの部屋から響いてきた。流石の母も怒鳴っている。ゴールドはおざなりに謝ると、何やら適当に荷物を抱えて家を飛び出しっていた。
駆け出して行く背中を窓から見やって、何事だろうかとヒビキは首を傾げる。
「あら、ヒビキもでかけるの?」
帽子をかぶり、鞄を背負うヒビキが玄関で靴を履いていると、母は二人共騒々しいんだから、と小さく苦笑した。
「ゴールドはどこ行ったの?」
「カントーのマサラですって。ほら、あの子の先輩のいる」
ああ、とヒビキは納得する。ゴールドが心底敬愛する先輩絡みだったから、あんなに急いでいたわけか。ふと時計を見れば約束の時間が近い。自分も急がなければとヒビキは腰を上げた。
「じゃあ行ってくるよ」
「どこへ?」
「ジョウトチャンピオンのとこ」
トントン、と爪先で地面を叩き、ヒビキは鞄の紐を握った。
「呼び出されたんだ」

所変わって、こちらはジョウト地方のエンジュ。
歴史ある建築物が立ち並ぶそこを、ソウルは赤髪を揺らしながら歩いていた。
朝一番に腐れ縁の少女からの召集コールで起こされた彼は、誰から見ても不機嫌の塊で、すれ違う誰もが目を合わせないよう足早に歩いていく。暫くしてエンジュの出口についたソウルは、やっと無くなった人気に息を吐いた。
「あのー、すみません」
突然背後から声をかけられ、誰もいないとばかり思っていたソウルは肩を飛び上がらせた。慌てて振り返ると、黄色いポニーテールの少女が、顔をひきつらせてしまっている。そこまで驚かれると思っていなかったらしい。
「すみません。誰もいないと思ってたので」
「こちらこそすみませんでした」
ぺこり、と互いに頭を下げていると「イエロー先輩」と誰かを呼ぶ少年の声がした。少女が反応して顔を上げたから、彼女の名前なのだろう。
彼女にシルバーさんと呼ばれた少年は、ソウルを一瞥し誰かと問うた。そこでイエローは「あ」と声を漏らし、用事を思い出したとソウルの方へ向き直った。
「焼けた塔って、まだ立入禁止なんでしょうか」
それが聞きたかったらしい。確かに数年前はそうだったが、最近はそうでもなかった気がする。そう答えようとすると、突然イエローが駆け出した。
「イエロー先輩?!」
シルバーもそれを追いかけて行く。少し迷ったソウルも、結局は二人の後を追って駆け出した。
彼女が立ち止まったのは、エンジュを出て少しした道端だった。息を切らしたソウルはその風景に、苦しさも忘れて思わず息を飲んだ。
そこでは、一組の女トレーナーとポケモンが臨戦態勢をとっていた。彼女らが対峙するのは、スイクン、ライコウ、エンテイの伝説の三匹であった。
「酷い……」
顔を歪めてイエローが呟く。ソウルも、彼女に同感だった。
一目見て分かる。トレーナーは、ライコウたちを捕獲するつもりがない。ムウマージの『くろいまなざし』で逃げ足を封じ、『サイコキネシス』等の遠距離攻撃でじわじわといたぶっているのだ。まるで、弱らせることだけが目的だと言うように。
ソウルは歯軋りし、モンスターボールを取り出した。あのような下衆は、彼がこの世で最も嫌うものなのだ。
「メガニウム、ソーラービーム!」
突如、横から向かってきた攻撃に対応出来ず、ムウマージは吹き飛ばされた。その衝撃で自由になった三匹は、直ぐ様姿を消す。突然のことに茫然とする女の前にソウルが立ちはだかると、彼女は眉尻をキッと上げて睨みつけてきた。
「なんだい、アンタは!」
女の威嚇に応えるように、メガニウムは体勢を低くする。すると、その隣にオーダイルとピカチュウが並び、同じように戦闘体勢をとった。驚くソウルの両脇に、シルバーとイエローが立ち並ぶ。三対一という状況に、女は焦って怯んだ。
「それはこちらの台詞です」
「何が狙いだ」
シルバーの質問に女はフンと鼻を鳴らす。しかし冷や汗を隠しきれておらず、虚勢であることが丸分かりだ。
「あたしは単なる雇われさ。あの三匹を再起不能になるまで倒せってね」
「なぜ」
「知ったことか」
すげなく切り捨て、女はボールを放り投げる。ムウマやゴースといったさらなるポケモンたちが姿を見せるが、三人が焦る素振りはない。
「ソーラービーム!」
「みずでっぽう」
「10まんボルト!」
所詮は、図鑑所有者の敵でなかったのだから。
吹き飛ばされたポケモンを回収し、女は苦々し気に顔を歪めて踵を返した。引き際は敏いらしい。女はケーシィを取り出すと、『テレポート』で姿を消した。
逃げ足の速い女を逃がしてしまったという事実は、卑劣な悪を許せないソウルとしては非常に悔しいものだった。しかし、いつまでも悔やんでばかりいられない。次こそは逃がさない、と拳を強く握りしめる。
「お強いんですね」
息を上げたイエローが、心底感心したように頬を綻ばせる。誰かと同じように真っすぐな感情を向ける彼女に気圧され、ソウルは思わず顔を逸らした。
「僕はイエロー。こっちはシルバーさんです」
「お、俺はソウル……」
名前を告げた次の瞬間、ソウルは頭上から思わぬ衝撃を受けて意識を飛ばしかけた。
「ソウル!」
地面と額を突き合わせてしまったソウルは、背中にかかる重みと声に事情を察した。
もう一人の腐れ縁のヒビキが、空中からソウルの姿を見つけたとかでデリバードから飛び降り、こともあろうに彼の真上に着地したのだ。受け身をとれなかったソウルは、あと少しですっかり魂を手放してしまうところだった。
「……ごめん」
「……さっさとどけ」
シュンと申し訳なさそうな顔をして見下ろすヒビキに、ソウルの心拍は様々な意味で上昇している――もっとも、当の本人がそれに気がつくのは、まだ大分先のことである。
「ゴールド……?」
馴染み深い顔に、シルバーは小首を傾ぐ。
突如として突飛な登場をして見せた少年は、ゴールドにそっくりな顔をしていた。しかし、目の前の彼の方が柔らかい雰囲気で、いくらか素直そうだ。
シルバーの呟きを聞いていたらしいヒビキは、立ち上がるとゴールドなら絶対にしない純粋な笑顔を見せた。そのギャップにシルバーが吐き気を催したのは、彼だけの秘密だ。
「ゴールドを知っているってことは……もしかして、シルバーさんですか?」
「あ、ああ……」
「初めまして。お話はかねがねゴールドから聞いています」
「えっと……」
「あ、僕、ゴールドの双子の弟のヒビキです」
特別変異か。この双子を目の前にしてそう感じない人間はいないだろう。
呆然とするシルバーを我に返らせたのは、突如として鳴り響いた彼のポケギアだった。三人に一言断って通信ボタンを押すと、もうすっかり馴染みの少女の声が聞こえてくる。
「シルバー? ごめんなさい、突然」
「……その声、クリス……クリスタルか?」
意外にも反応を示したのはソウルだった。
顔の見えないポケギアで、クリスも初めは混乱していたようだ。暫くして、ジョバンニ塾で知り合った少年だと気がついた。それから会話を一度止め、少しポケギアの向こうで誰かと話していたクリスは、上ずった声でソウルに声をかけた。
「あなた、Jr.さんと知り合いだったの?」
「ああ、まあ」
ヒビキ経由で知り合った先輩の顔を思い浮かべ、ソウルは肯定する。どうやら先ほどクリスが会話していた相手は、そのJr.だったらしい。
クリスは、良ければソウルもシルバーたちと共にマサラに来てほしいと言った。
「そういえばゴールドも、マサラに呼び出されてたっけ」
「……なにがあった」
図鑑所有者の召集と聞けば、悲しいことに事件を想像してしまう。シルバーの問いにクリスは迷いを感じさせる沈黙を挟んだ。
「……レッド先輩が、」

「拐われた」
吹雪で五月蝿い外とは違い、洞窟内は静まり返っている。そのため、幸か不幸かポケギアから流れこんでくるライバルの声は、しっかりとファイアの耳に届いてしまった。
「……何の冗談」
「冗談じゃねぇよ。トキワの森で襲われたらしい」
Jr.の従兄に返す予定だったリザードンが、満身創痍で単身ジムに現れた。慌ててグリーンがリザードンの案内する現場へ向かったところ、マサラに近い森の中、傷だらけで倒れるレッドの手持ちを見つけたのだ。詳しく事情を調べるため、ジョウトへ観光旅行中のトキワのトレーナーを呼び戻している最中であるらしい。
「……兄さんに限って」
「有り得るぜ」
何故ならポケモンの傍には、いつもなら最低ピカチュウ一匹は連れている筈の末弟が丸腰の状態で気絶していたのだ。目立った外傷はないから、恐らくレッドが庇ったのだろう。その隙を敵につかれたと考えるのが自然だ。
「……」
「安心しろ、サトシは無事だ。シゲルが看てる」
「そうか……」
いつもは感情が読み取り難いファイアだが、呟かれた言葉には確かに安堵が含まれている。そのことにJr.は少し安心した。
「……俺も出来るだけ早く山を降りる。それまで母さんとサトシを頼む」
「無茶すんなよ」
笑みを溢しながら通話を終えたJr.だが中々不安は消えきらない。
「……お前も無事でいてくれ、ファイア」
――そして願わくば、この嫌な予感が外れますよう。
そっと胸中で祈り、Jr.はポケギアを握りしめた。



20201101改稿
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