the Bell of Destiny
(ルサ、パーダイ)

「そん、な……」
彼の深紅の瞳が、絶望に揺れるのを初めて見た。早く駆けよって行きたいのに、周りのアクマが邪魔して進めない。
「……ルビー……っ!」



単なるアクマ討伐の筈だった。それなのに、その中の一体がやけに強力で手間取り、いつの間にかサファイアと離れてしまった。その上アクマが戻った人形が、
「久しぶりだね、ルビーくん」
にこやかに微笑む親友の姿をしていたものだから、ルビーは思わず攻撃の手を止めた。瓦礫ばかりの此処は、旧友との再会の場所としてはあまりにみすぼらしく、互いの敵という立場もあまりに残酷すぎる。呆然とするルビーへにっこりと笑いかけたミツルは、一瞬で彼のすぐ目の前まで移動すると、驚愕に歪む深紅を愉快そうに見つめながら口を開いた。
「僕は君を赦さない」
ルビーの体が、地面にめり込む。他でもない、ミツルがその拳で叩きつけたのだ。土埃の舞うその光景を見ていたサファイアは、妨害する最後のアクマを叩き割った。
「ルビー!!」
喉が壊れるのではないかと、自分でも思った。駆けだそうとするが、限界だった身体でそれは叶わず、サファイアはがくりと膝をついてしまった。
「あまりやりすぎるな」
這ってでも進もうとした時、やけに冷静な声が聞こえてきた。見れば、瓦礫の一つの上に立つ男の姿があった。
「アカギさん……なんでここに」
「一応、お前のお目付け役ってことになってるんだ。勝手な行動はするな」
言動から察するに、アカギという名のあの男は、ミツルの仲間なのだろう。けれどアクマにしては人間味がある。まさか、彼が先日報告された、ノアという伯爵側の新人類なのだろうか。もしそうだとしたら、サファイアたちだけでは敵わない。
未だミツルの足元で起き上がる気配のないルビーのことも含め、どうしたものかとサファイアが足りない頭で考えていると、地面を蹴る小さな音が聞こえた。増援かと淡い期待を持って振り向くと、見知った顔の仲間の姿があった。
「ダイヤ……」
少し遠くから、息を切らして走ってくるパールの姿もある。安堵したサファイアだが、それと同時に、ダイヤの様子が気になった。息を切らせた状態で立ち止まったダイヤは、目を見開いてどこかを見つめている。その瞳は、先程ルビーの瞳に浮かんでいたのと同じもので揺れていた。
「アカギ、さん……」
「……ダイヤ、か」
アカギ自身も、少々驚いているようである。やっと追い付いたパールがアカギを一瞥し、ダイヤに知り合いかと訊ねた。ダイヤの瞳はまだ驚愕に揺れていたが、首はゆっくりと前に曲がる。
「アカギさん……アソコにいた時一緒、だった」
アソコ、とは奴隷商のことだが、その意味を正しく理解したのは恐らく、パールとアカギだけだろう。パールは顔を歪め、アカギは小さく苦笑を溢した。
「なんでアカギさんが……?」
「なんでってそれは……」
一瞬だった。ミツルのように高速で移動したアカギは腰を屈め、動けないでいるダイヤの耳元へ口を寄せる。
「私が、ノアだからだ」
その言葉が終わると同時に、パールの体が吹き飛んだ。土埃の立つ瓦礫を見やったダイヤの首を掴み上げ、アカギはぐぐっと力をこめる。まともに呼吸できない苦しみから、ダイヤの顔が歪んだ。
「ノアだから、エクソシストの君たちを殺さなくてはならない」
淡々とした声は懐かしい人のものである筈なのに、鼓膜には冷たさしか残らない。生理的に浮かんだ涙で滲む視界が、瓦礫の中で力なく座り込むパールの姿を捉えた。
「なん……で」
「理解が遅いな。敵だからだ」
だから殺すと、冷たい声が辺りに響いて、サファイアは思わず肩を震わせた。知人だった筈なのに、敵というだけであんな風になれるものなのか。
「関係……ない、よ……」
「?」
「ノア、も……エクソシストも……」
奴隷商で馴染めずにいた自分に優しくしてくれた、食物を分けてくれた、優しく笑って頭を撫でてくれた。それは、目の前にいるアカギに代わりない。
「……アカギ、さんは……アカギさん、だよ……」
苦しいのは自分であるのに、相手を安心させるように、ダイヤは柔らかく微笑む。アカギの記憶の中の彼と、何も変わっていなかった。
が、と衝撃が、掲げた左腕に走る。横目で一瞥すれば、傷だらけの身体を引きずって、発動させた武器を叩きつけるパールの姿があった。ダイヤの言葉で揺れていたアカギの瞳はすでに冷たい光を孕み、無感動気にパールの睨みを見返す。
「……ダイヤを、放せ!」
額を流れる血を拭うこともせず、パールは巨大化させた鎚を精一杯圧しつけている。しかしアカギには弱すぎた。左腕の一振りで鎚は飛び、つられてパールもまた地に沈む。その様子を目で追っていたアカギは頭に強い衝撃を受け、思わずダイヤを掴んでいた手を離した。
「パールを、傷つけないで」
アカギの頭を蹴って彼から距離をとり、ダイヤはまだ涙に濡れた瞳でアカギを睨み付ける。ダイヤの武器が発動したのだろう、彼の手足と顔の下半分を、竜の鱗のような鉄が覆っている。不完全ながらも、それは騎士の出で立ちを彷彿とさせた。
「アカギさんでも、パールを傷つけるのは許せない」
「……私は敵だからな」
しょうがないだろとアカギは無表情で答える。ダイヤは身構えて、パールと背中合わせになる。
「来い」
武器を発動させる二人へ指を動かして、アカギはそう挑発した。

始まる戦闘を尻目に、ミツルは足元で転がるルビーを見下ろす。変わり果てた友、いや変わったのは自分か。こんな化物になってしまった。
「……君の所為だよ、ルビーくん」
ぐあ、と風が唸り声をあげる。右方から迫る爪を難なく避け、ミツルは立ち上がるルビーから距離をとった。
「……僕の所為?」
「うん」
敵を睨む深紅に笑い返して、ミツルは肯定する。その紅から溢れる滴に気が付いて、思わず軽い笑い声が漏れた。
「ダメだよ、泣いたら」
僕たちは敵なのだから、と笑うその顔も、悲しそうに歪んでいる。
(どっちが……)
瓦礫に落ちた透明な雫は果たして誰のものだったか、神すら知らない。
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