Break Down in Black
(グリレ中心)

それは嵐の夜。吹き荒む風のせいで列車が遅れ、任務を終えたゴールドたちが本部に帰還したのは、真夜中に近い時刻だった。
「やっと着いたぜー」
大欠伸をするゴールドの横で、シルバーも疲れているのか、いつも以上に眉間の皺を深くしている。最後にクリスが舟から降り、運んでくれた船頭に丁寧に頭を下げた。
「ゴールド、寝る前に科学班に寄るの、忘れないでね」
今回の任務で回収したイノセンスを、しっかり預けなければいけない。ゴールドは欠伸をしながら生返事で答える。かなり苦戦したせいか体がダルく、とてつもなく眠い。早くベッドへ飛び込みたいと、そればかりを考えながら階段にかけたゴールドの足は、むに、という柔らかい感触を捉えた。
「ん?」
はて、と首を傾げつつ視線を下ろせば、そこにあった物に眠気が吹き飛ぶほど驚かされる。見覚えのある顔の少年が、階段の上で倒れていたのだ。しかもどうやら意識はないようだ。
「オシャレ小僧?!」
「ルビーくん!」
慌てて抱き起こすと、微かに上下する胸が確認できた。やはり眠っているようだが、何故こんな所で。瞬時に三人には、そんな疑問が沸き起こる。それは、次に姿を見せた人物によって明かされた。
「……クリスタルさんたち……帰ってきたんだ……」
壁伝いに、身体を引きずるようにして現れたのは、科学班のラルドだ。顔馴染みを見つけて安心したのか、ラルドはがくりと膝をついた。慌ててクリスが駆け寄り、その肩を支える。大きな傷や出血はないものの、ラルドの身体や白衣は砂と擦り傷に塗れていた。
「何があった」
気絶したルビーと、傷だらけのラルド。もしや襲撃にでもあったのかと、武器に手をかけながら問うシルバーに、ラルドはゆるゆると首を横に降った。
「……ポ……ポリゴンが、来る」
「ぽりごん?」
何のことだろうと三人が顔を見合わせた瞬間、すぐ横の壁が粉砕された。土煙が舞う中姿を見せたのは、鳥に似た形状の巨大ロボット。
「!?」
「来たぁ……」
ひくり、と頬をひきつらせ、ラルドは呟いた。

[chapter:教団壊滅未遂事件]

それは、ゴールド達が帰還する数十分前に遡る。
科学班は常の通り、世界中の奇怪現象や古文書解析等の残業で、死屍累々の山を築いていた。資料の山は険しく聳え、本当にこれを終わらせる日はくるのだろうかと、ラルドでさえ疑問に思った頃だった。
「やったでー!」
用事があるとかで本部へ訪れていた支部長のマサキが、嬉々として現れたのは。流石の科学班班員も、義弟のグリーンでさえ残業で気が立っており、不機嫌な視線が一斉にマサキへ向かう。いつもならそれでたじろく筈のマサキがめげる素振りを見せなかったから、彼自身も相当疲れていたのだろう。目の下の隈が、科学班のそれと同じくらい濃く浮かんでいた。
「グリーンがいつも大変だと博士から聞いとったからなぁ。こんなもんを作ってみました!」
「その前に仕事をしてくれ……」
悲しいかな、グリーンのその声はマサキには届かない。マサキはどうやって持ってきたのか、大きく盛り上がったシーツを引き払い、その下から現れた鳥型ロボットを、手の平で誇らしげに指し示した。
「これこそ解析用ロボ『ポリゴン』や!」
数式計算、古文書解析、資料統計などこれ一体で全て完璧!――と、どこかの通販のように言い並べて、マサキは「どうや!」と胸を張る。一瞬の沈黙の後、部屋は支部長コールで盛り上がった。
「何か騒がしいな」
「……なんですか、これ?」
騒ぎまくる科学班は、皆平均して五日間は徹夜している。そんな異常テンションに辟易しながら現れたのは、湯気立つコーヒーを人数分お盆に載せて持ってきたレッドとルビーだった。一人輪に入らず傍観していたグリーンに事情を聞いた二人は、感心したように頷いた。
「流石マサキだなー」
レッドはお盆を持ったまま、興味深そうにポリゴンを見上げる。丸いフォルムや愛嬌のある顔が、彼は気に入ったのだろう。じー、とレッドを見つめていたポリゴンは、何を思ったのか首を曲げて顔を近づけると、お盆に載っていたコーヒーを一杯分ごくごくと飲み干してしまった。
「あ……」
「……」
「……マサキ、ポリゴンはコーヒーを飲むのか?」
「何言っとるんや。ロボットがコーヒーを飲むわけ……」
ピタリ、と盛り上がっていた空気が固まり、そろそろと視線がポリゴンに集まる。
「……の、飲んだんか……?」
ボ、キュゥウ、ガクン。明らかに、機械からしてはいけないような音がした。先程までとはうって変わり、つり上がった目がすぐ前にいた三人へ焦点を合わせる。
「エクソシストハ、保護シマス」
「!」
可笑しい様子に危ぶみ、慌てて離れようとした三人だが一瞬遅く、ポリゴンの腹部から伸びた触手にレッドが捕らえられた。
「レッドさん!」
駆け寄ろうとしたルビーの首筋にも別の触手が伸び、手にしていた注射器で何かの薬を投与した。するとルビーの身体は麻痺し、その場に崩れ落ちる。ルビーを抱き止めたグリーンは、彼の呼吸と脈拍を確認する。異常は見られないから、睡眠薬の類を投与されたのだろう。ルビーをラルドへ預けると、グリーンは捕えられたままのレッドを救出するため、腰に隠した武器へ手を伸ばした。しかしそれを察したのか、ポリゴンの目が光り、そこから放たれた光線がグリーンを吹き飛ばした。
「ぐあっ!」
「グリーンさん!」
グリーンが壁に叩きつけられて呻く隙に、ルビーと同じように麻酔で眠らされたレッドが、ポリゴンの開いた腹の中へ収められていく。
「……レッ、ド……」
がくり、とグリーンの腕が落ちる。気絶してしまったらしい。そちらに気をとられていたラルドは、背筋に走る悪寒にそろそろと背後を見やった。ポリゴンのギラギラとした瞳が、こちらを見下ろしている。恐らく、ルビーを狙っているのだ。
「保護シマス!」
襲いかかるポリゴンに悲鳴を上げ、ラルドは何とかルビーを背負うと、科学班の援護を受けつつ、全速力で走り出した。

「……というわけ」
「……」
この時の三人は、珍しく同じことを心の中で叫んだ、阿呆くさい、と。ルビーはゴールドが背負い、四人はポリゴンの攻撃から逃げている最中である。
「オシャレ小僧は寝てるだけか」
「うん」
「となると、レッドさんが心配だな」
「あ、それは多分大丈夫」
シルバーの懸念に軽く手を降ってラルドは、攻撃の届かない物陰へ入り込んだ。三人もそれに続き、ほっと一息つく。
「マサキさんに聞いたら、ポリゴンには治療と保護の機能しか、搭載されていないんだって――あれは外敵から内部の救助者を守る防犯システム――。今は、エクソシストを片っ端から保護するように暴走してるけど」
「……では体内にいるレッドさんに危害はないんだな?」
「……多分」
「ま、早く救助するに越したことはねぇよな」
ルビーを壁へ寄りかかるようにして座らせ、ゴールドは武器であるキューを取り出した。その姿に溜息を溢しつつ、シルバーとクリスもそれぞれの武器を発動させる。
「――行くぜ!」
「待て!ポリゴンには……!」
ラルドの制止の声も聞かず、三人は飛び出した――そして数分後、ボロボロになってラルドと共に、別の物陰に飛び込んだ。
「ポリゴンの外装は、シールドと同じ仕組みの加工が施されてるいから、ちょっとやそっとの攻撃じゃ効かないんだ」
「先に言え!」
聞かずに飛び出したのはそっちだろう、と口論を始める二人を余所に、シルバーとクリスはどうしたものかと顔を見合わせた。あの中にはレッドがいるのだ。やり過ぎれば彼を傷つけ、手加減すればこちらがやられる。手の出しようがないと項垂れる三人を見て、ラルドは俯いた。
「ごめん……」
彼らは命を張って頑張ってくれているというのに、デスクワークの自分達が楽をしたいと思ったばかりに、こんなことになってしまったのだ。小さく呟いた言葉は正しく彼らに伝わったのか。くしゃり、と髪のセットを崩すように、撫で回される。
「よくあるこった、気にすんな」
「こんなことは慣れっこだ」
「心配してくれて、ありがとね」
にっこりと微笑んでくれる彼らの優しさは、とても暖かい。
「……っ」
また俯くラルドの頭を、別の誰かが撫でた。視界の隅に映ったのは、白衣。バッとラルドが顔を上げると、ゴールドたちも驚いた顔をして横を通り過ぎて行った背中を見つめていた。
「発動」
低い声で唱え、引き金を引く。発射された銃弾は通常のそれよりも勢い良く飛び出し、ポリゴンの触手を破壊した。驚いたポリゴンの目が、白衣を脱ぎ、その下に着ていたエクソシストの団服を見せたグリーンを捉える。硝煙の立つ銃を構え、グリーンは額に浮かぶ青筋をひくりとひきつらせた。
「……グリーン先輩、エクソシストだったんすか?」
室長代理なんて肩書きで、いつも白衣を着ていたから、思いもよらなかった。ゴールドの呟きに何も答えず、グリーンは照準を合わせると続けざまに引き金を引いた。
「待って下さい、中にはレッドさんが……!」
「そんなヘマはしない」
リボルバーを回転させ、空薬莢を落とす。ポリゴンの身体中のあちこちで、銃弾による爆発が起こり、それによって土煙が辺りを覆った。それが晴れる頃、ポリゴンは見るも無惨な瓦礫と化しており、グリーンの怒りがまざまざと伺い知れて、見る者の背筋を凍らせた。グリーンはまだ何事か呟くポリゴンに飛び乗ると、その部品を幾つか蹴り倒し、中に入っていく。
数分後、姿を見せた彼の腕の中には、安らかな寝息をたてるレッドの姿があった。

「マサキさん」
「……すいませんでした」
笑顔の威圧感に、流石はグリーンの実姉だと怯えながらも、マサキを助ける者はいない。皆ポリゴンとの戦闘で破壊された部屋の修理で、手一杯なのだ。可哀想にと同情しつつ、あの騒音でも目覚めなかったイエローは、先程聞いたばかりのレッドの容態が心配で、こっそり仮設医務室を覗きこんだ。そこにあった風景に、思わず笑みがこぼれる。
「……お疲れ様です」
部屋の隅で積まれていた毛布の一つをかけ、イエローはそっとその場を離れた。
ベッドで眠るレッドの手を握ったまま、椅子に座って眠るグリーンの姿は、暫く科学班の間でからかいの種になったとか。
×
「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -