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(パーダイ)

両手両足の枷は幼い頃から嵌められていて、外れた試しはない。初めは、単なる枷に過ぎなかったのだ。孤児である自分を、商品として縛りつけておくための鉄枷。それだけならまだ軽いものだったのに、いつからこの枷はこんなにも重くなってしまったのだろう。



両手枷は互いに鎖で繋がってはいたが、日常生活に支障がでるような不便さはなかった。買い主は旅商人で、ダイヤはその息子の使用人になった。その一家がまた変わった一家で、孤児で奴隷のダイヤを家族だと言って笑うのだ。ダイヤの仕えるべき主人であるパールも、まるで友人であるかのように接し、その暖かさに慣れるには随分と時間を要した。
「ダイヤ!」
「パール」
一日のノルマを終えると、丁度良くパールがやってきて遊びに行こうと誘う。ダイヤが頷くと、せっかちなパールは彼の手を引いて走り出すのだ。
枷が外れないのだと告げたとき、パールは悲しそうに眉を下げた。鍵穴のない鉄枷は何で作られているのか、どんなに壊そうとしても微かな傷がつく程度だった。ダイヤ自身は諦めていたのだが、パールはそうではないらしくいつか絶対自由にしてやると、意思の強い光を瞳に宿していた。そのとき初めて、ダイヤは嬉しいという感情を知ったのだ。

幸せは、人を弱くする。幼き日の思い出から意識を現実に引き戻し、目の前の惨状を見渡したダイヤは、嘗て聞いたその言葉を呟いた。
この枷が聖戦に必要な武器で、ダイヤはそれを振るうべき兵士だと、知らされたのは突然だった。教団に連行され、パールとは当然引き剥がされた。しかし後悔はしていない。あんな風に――戦場でいくつも見た、アクマの毒で砂になっていく人間のように――彼が壊されるくらいなら、自分が奴らを壊してやる。その覚悟が、あったから。
そう、覚悟したのに。
「ダイヤ」
何故、彼もここにいるのだろう。
ご苦労様と労う彼に、そっちもね、と返すと苦笑して頬を拭われた。土埃で随分と汚れていたらしい。汚れた手を見て、帰ったらシャワー浴びたいな、とパールは呑気に笑った。彼が着ている団服は黒く、ダイヤと同じ、つまりエクソシスト用だ。
――ダイヤ! 俺も一緒に戦うから!
数年振りに顔を合わせた幼馴染みは、今とは違う白い団服に身を包んでいた。顔つきや身長は変わっていたが、その笑顔と意志の強さは少しも変わっていなかった。嬉しいと素直に思った。大切な人が傍にいてくれることの暖かさに、涙が溢れそうになった。しかし同時に浮かんだのは、彼を自分と同じ辛い世界に引き込んでしまったという申し訳なさだ。普通に生活出来るだけの環境が、彼にはあったというのに。
むに、と頬を軽く摘ままれる。その刺激で我に返ったダイヤの視界には、パールのふてくされたような顔が広がっていた。
「何考えてた?」
やっぱり鋭いなーと苦笑すると、それを誤魔化しととったのか、今度は両頬を引っ張られる。
「いひゃいよー」
「……ダイヤ、俺は後悔なんてしてないからな」
あの日入団したことも、『あの時』イノセンスをこの手に掴んだことも。適合者だったのだ。拒んだところで、神の決めた盤上を降りることは出来ない。遅かれ早かれパールも参戦していた。そのきっかけがダイヤだっただけである。
ダイヤの頬から手を離したパールは、ニカリと笑った。その笑顔は昔から変わらず、今もダイヤに温もりをくれる。
「……ありがとー、パール」
「おうよ」
「オイラ、パールが大好きだよー」
今も昔も、ダイヤの戦う理由にはパールがいる。ダイヤは親愛に近い感情のままに言ったのだが、それをどう捉えたのかパールは茹で蛸のように赤面してしまった。パールは頬に浮かんだ熱を逃がすように、フルリと首を振った。その様子を見て、ダイヤは首を傾ぐ。
「……あんま他人に言うなよ」
「? なんでー」
「なんでも!」
す、とパールは手を差し出す。幼い頃と同じその行動が嬉しくて、ダイヤは顔を綻ばせて頷きその手に自分のそれを重ねた。
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