Promise in the Dark
(シゲサト)

覚えているのは、耳につく悲鳴と噎せ返るような鉄の臭いと、視界一杯に広がる、赤い色。

ここにいろと、父親は言った。恐怖で震える身体のせいで、首は必要以上に揺れた。サトシは幼馴染みと二人、狭い納屋に押し込まれた。頭から異形の姿が離れなくて、ずっと涙の止まらない顔を幼馴染みの胸に埋める。大丈夫だと、安心させるように抱き締めてくる幼馴染みの腕もまた、震えていた。
どれくらい経っただろうか。外から聞こえる音は止んだが、迎えに来ると言った両親は姿を見せない。様子を見てくると言う幼馴染みは腕を引いて止めても聞かず、いつものように頭を撫でてきた。
「すぐ戻るよ」
――この日を回想する度に思う。宝物だと自慢していたロケットと約束を残した彼を、このとき引き留められていたら何か変わったのだろうか、と。

それからまた暫く経ったが、幼馴染みも両親も戻って来ない。代わりに納屋の扉を開いたのは、見たことのない黒服を着た大人たちだった。
「……誰だ」
問われても恐怖で喉は詰まり、答えられない。震える足を必死に動かして後ずさる。胸元で揺れるロケットを握りしめれば、幼馴染みが助けてくれる気さえした。
サトシのその様子をどうとったのか、大人の一人はズカズカと歩み寄ると、小さな手からロケットを取り上げた。紐を首にかけていたから、小さな身体は首を絞められるような形で持上げられた。
「……間違いない」
サトシの苦し気な表情に気づいていないのか、歓喜したように呟いて大人は更に強くロケットを引く。まるで奪うようなその行動に驚き、サトシは思わず抵抗した。幼馴染みの大切な宝物を、彼の残してくれた約束ごと奪われてしまうような、そんな気がした。
「だめだ!」
そう叫んだ途端、ぎゅっと閉じた瞼の向こうで何かが光ったようだった。サトシは涙の浮かぶ目を、恐る恐る開いた。
「……何だ、これ……」
恐怖も忘れ、ただ目を見開いて呆然と呟く。光り輝いていたのは、紛うことなく幼馴染みくれたあのロケット。それを中心とした光のドームが、サトシを包み込んでいたのだ。その光が作り出す空間内にはサトシしか入れないのか、大人たちは影を増した外に立っている。
「間違いない、あれはイノセンスだ。あの子どもは適合者か」
大人の一人がそう言ったが、サトシには何のことか理解出来なかった。捕らえろ、という言葉以外は。大人の一人が、懐から取り出したナイフをドームに突き刺す。すると電撃が走ったような衝撃がドームだけでなくサトシ自身にも走り、サトシは苦痛の悲鳴を上げながら倒れ込んだ。その衝撃でドームは消失したらしく、大人は何に阻まれることなくサトシを担ぎ上げると納屋を出た。
「……っ離せ!」
じたばたもがいて抵抗するも、大人と子どもでは力の差がありすぎた。このまま幼馴染みや両親と引き離されてしまうことだけは幼いながらも察せられて、サトシの目尻にはまた涙が浮かぶ。
「サトシを離せ!」
聞き慣れた声に驚いて顔を上げると、大人たちの前に立ち塞がる幼馴染みの姿があった。手足に傷をいくつも作っていたが重傷ではないらしく、しっかり二本の足で立って長い鉄パイプを剣のように構えている。
「シゲル!」
生きていてくれたことが嬉しくて、サトシは思わず彼の名を呼んだ。シゲルもサトシが無事だと分かってか、幾分表情を和らげる。しかしそれが隙を生んだ。
「……折角命拾いしたんだ。無駄に散らすな」
シゲルの背後に、大人がいつの間にか回っていた。しまったと思い、シゲルは慌てて振り向こうとしたが数秒遅く、大人の手刀を首筋へ受けてしまう。瞬間的に体が麻痺し、立っていられなくなる。膝をつき、地面に倒れ伏すシゲルを無害と判断したのか、大人は一瞥もくれずに踵を返した。ゆっくりと、シゲルの意識は霞んでゆく。
「シゲル!」
最後の足掻きにと、精一杯名前を呼ぶ彼を掴もうと伸ばした腕は、しかしやがて地に落ちた。
「……サト……シ」

目が覚めたらそこは自室のベッドの上で、台所からは母親の作る朝食の良い匂いがしてくる。カーテンの隙間から溢れる日は暖かくて、今日は良い天気だから少し遠出をしようかと考える。リビングへ向かうと自分以外の家族はもう起きていて、その中に当たり前の顔をして混じっていたお隣さんで幼馴染みの彼が、悪戯っぽく笑ってこう言うのだ。
「寝坊かい、サートシくん」
うるさいなーと返して、母親に抱きつく。また甘えん坊だとからかわれたから、舌を出した。
――あのね、ママ。俺、夢を見たんだ。
怖い夢を見たのだと母に報告したら、それは夢よと笑い飛ばして欲しかった。
そんな夢を、何百回も見た。
「……っうわ!」
散々痛め付けられた足ではずっと走っていられず、サトシは階段を踏み外すとそのまま転がり落ちた。小柄な体躯は床に強かに叩きつけられる。痛みで一瞬呼吸が止まったが、そんなことを気にしている暇はない。動かない身体を叱咤して前に進む。
あの日、シゲルと引き離されて連れてこられたのは、監獄だった。なんでも、聖戦に勝利するためにはサトシと、シゲルのロケットが必要なのだとか。だが、サトシには全てがどうでも良かった。世界なんてどうにでもなればいい。ただ大切な人のもとに帰して欲しい。それが叶うならなんだってする。
「帰りたい……」
もう足は動かない。必死に腕だけを伸ばす。この手が彼に届けはいいのに。ただ望むのは、一つだけだ。

逃げ出しては捕まり、閉じ込められては戦闘訓練を強要される。そんなことを繰り返していたから、彼が心を病むのは早かった。錯乱し自傷行為に及ぶサトシを死なせたくない教団は、彼をベッドに拘束したのだった。
「気がふれたか……」
「死なせるなよ。大事な兵士だ」
そんな大人たちの言葉が聞こえたが、全てがどうでもよく思えた。
「……帰して」
家へ。家族のもとへ。帰る場所へ。
「……シゲル……」
彼の、隣に。
「ここにいる」
譫言のようなそれに返された声。そして、頭を撫でてくれるこの手の温もりは。
「……――」
「……寝坊かい、サートシくん……」
くしゃりと顔を歪めながら笑うのは、いつかに別れた幼馴染みだった。
「……待たせてごめん」
すぐに戻ると言った彼は、約束通り来てくれたのだ。サトシのもとに。自らも、檻に入るという方法で。
「……っ」
初めに失った居場所が、やっと戻ってきた瞬間だった。
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