第4話 chapter7
「そうか、メイクーモンのデータを」
ヒカリのD3を通してテイルモンにもインストールした後、ヤマトたちはゲンナイに促されて場所を変えた。
ゲンナイは光子郎から渡されたワクチンプログラムの入ったデータチップを手に、神妙な顔で頷いた。
「成程、その発想はなかった。さすが光子郎だ」
「……どうも」
少し居心地悪げに、光子郎は会釈する。
「聞きたいのは、どうしてそんなデータをメイクーモンが持っていたのか、ということです。メイクーモンとは、何なんですか?」
ゲンナイはすぐには答えない、手の中でデータチップを転がし、ギュッと握りしめる。
「それだけじゃあないだろう、聞きたいことは」
それはもう、山ほどある。そう毒づいてやろうかと思ったが、ヤマトは口を噤んだ。
彼の不満を表情から読み取ったのか、ゲンナイはフッと笑った。
「治療プログラムをありがとう。これをすぐにでも、暴走で苦しんでいるデジモンたちへ行き渡るように手配しよう。――君たちの疑問に関しては、太一や空が戻ってきてから、答えた方が良いだろうな」
「全て、答えてもらえるんですか?」
「ああ。君たちの望むように」
二人が戻ってくるまでの間、各自パートナーと好きな時間を過ごすと良い。この辺りは、先ほど言った通り安全であるから、出歩いても問題はない。
ゲンナイはそれだけ言うと、治療プログラムを配るため、部屋を出て行った。
残されたデジモンと子どもたちは、顔を見合わせる。
「どうする?」
「どうするったってなぁ……」
「あの調子じゃあ、本当に太一たちが戻るまで説明してくれなさそうだな」
ヤマトは吐息を漏らした。
これは言う通り、散歩をするなどして時間を潰すしかなさそうだ。
(早く戻ってこい……太一――空)

◇◆◇

「アグモーン!」
森の中、太一は声を張り上げた。しかし、返って来る声はない。
「ったく、どこまで行ったんだよ」
三年前から、見回りに精を出す姿勢は変わっていないらしい。
当時のことを思い出し、太一は思わず足を止めた。
デジモンカイザーからデジモンたちを守る中、逆に捕らえられ、操られてしまった苦い過去。自分にもっと力があればと何度も悔やんだ日。それでもアグモンは太一のことをパートナーと呼んでくれた。大切な相棒だと、言ってくれた。それだけで、何度でも会いに行く理由になる。
「アグモン……」

――タイチ、僕は、また――

「なんて言いたかったんだよ……」
ガサリ、と大きな音が草むらから聞こえた。
太一は警戒して、そちらを見やる。
ガサガサと草むらが揺れ、見覚えのあるデジモンが姿を現した。深緑色の身体に、鋭い二本の角。あの夜に遭遇したトリケラモンだ。
「こんなときに……!」
爛々とした赤い目が、太一を映す。
丸腰の太一は、逃げるしかない。じりじりと距離をとりながら、太一は隙を伺う。
四つ脚のトリケラモンは頭を低くし、グルグルと唸った。
向こうも間合いを図っているのか。そう思案した瞬間、トリケラモンは地面を蹴って突進してきた。
太一は慌てて踵を返す。直進してくるトリケラモンを、右に逃げることで避けようとする。しかしトリケラモンは首を曲げ、鋭い角を太一へ向けた。
このままでは串刺しになる――せめて急所は避けようと、身体を捻って太一は身構えた。
「タイチ!」
角を避けようとする太一に、オレンジ色の何かが覆いかぶさった。
それは太一を抱き上げると、太い尻尾を使ってトリケラモンを叩きあげた。不意打ちに対処できなかったトリケラモンは、地面に身体を擦りつけながら草むらへ転がって行く。
少し固い皮膚が、頬に触れる。温もりは伝わりにくい肌だったが、太一にとって何より頼もしい感触だった。
「久しぶり、タイチ」
「グレイモン……!」
顔を上げた太一に、茶色い兜から覗く目が優しく微笑みかける。
再会の余韻に浸る間もなく、起き上がったトリケラモンが咆哮を上げた。
「タイチ、力を貸してくれ」
「ああ。行って来い、グレイモン!」
太一を安全な場所に降ろし、グレイモンは剥きだした牙をトリケラモンへ向ける。
太一は熱くなるデジヴァイスを握りしめた。

――グレイモン超進化、メタルグレイモン!

トライデントアームで、メタルグレイモンはトリケラモンの動きを抑え込む。
「あの夜のダメージは、そのままか」
動きが鈍いのが、その証拠だ。
至近距離に近づいたメタルグレイモンの胸のハッチが開き、そこへ光が集まる。
「ジガストーム!!」
ジュ、と全てを焼き焦がすようなエネルギー波が発射され、トリケラモンの身体は森の中へ叩きつけられた。
トリケラモンは、四肢を投げ出し、天を仰いだ姿勢から動かない。気絶したようだと太一は判じ、肩から緊張を解いた。
「タイチ!」
力を使いきったアグモンが、そんな太一に飛びついた。咄嗟に腕を回したが、太一は背中から倒れこんでしまった。
「ったく、アグモン」
「ごめんごめん。まさかタイチから会いに来てくれるなんて」
「あんな別れ方して、俺が大人しくしてるかよ。あのときの言葉も気になったし」
太一の腹に座った状態で、アグモンは小首を傾げた。
「ボク、また会いに行くって言ったよ?」
「……あんなときに聞こえるかよ」
太一は苦笑したが、アグモンはクエスチョンマークを浮かべた。変わらない相棒の姿に、太一の口から笑いが零れ落ちる。そのまま、グリグリとオレンジ色の頭を撫でた。
「GYAOOOOOOO!!」
気絶したと思ったトリケラモンが、叫び声を上げる。太一とアグモンは身体を硬直させ、トリケラモンが倒れていた方向を見やった。
歪な光が溢れる。形や色は多少違っていたが、それは間違いようもなく、進化の光だった。
「どうしよう、タイチ……ボク、もう進化する力が残ってない」
泣き言に似た言葉を吐きつつも、アグモンは太一より前に出て相手を睨みつける。進化できずとも、太一を守ろうとしているのだ。
例え、相手が究極体に進化しようとしていても。

◇◆◇

空は緑の隙間に消えていった桃色の羽根を追いかけていた。
カサカサと、草葉を擦る足音だけが聞こえる。
「待って……待って、ピヨモン!」
必至に声をかけるも、立ち止まる様子はない。
「きゃ!」
「!」
追いかける目標ばかり見ていたため、足元が疎かになっていたのだろう。空は小石に躓き、転倒してしまった。擦りむいた痛みを耐えながら、身体を起こす。
前方で逃げていた相手は、立ち止まっていた。
こちらへ駆け寄りたいが、駆け寄れない。そんな思いを抱えてウロウロとしている様子に、空の胸が締め付けられた。
「ごめんなさい、ピヨモン」
ピクリ、とピヨモンは動きを止める。空は土で汚れた手を更に地面へ押し付け、爪を立てた。
「ごめんなさい……ピヨモンを信じきれなくて、怖くなって、あなたの手を勝手に離してしまった。あなたを傷つけた」
顔を上げることができなかった。俯いて、自分がつけた地面の線を見つめながら、空は言葉を続ける。
「ごめんなさい。みっともないパートナーで」
「そんなことない!」
強い否定の言葉が、空の頭を跳ね上げた。
「空はみっともなくなんてない! 私が悪いの。私が弱いから……空の側にいたら、迷惑になっちゃう」
「迷惑なんて、思わないわ」
自然と頬が濡れていた。それでも、自分より酷い顔で泣くピヨモンを安心させようと、空は口端を持ち上げる。
「私は弱くて臆病で、勝手に手を離したくせに、また会いたくなって、こうしてここにいるような……我儘なの。軽蔑されてしまうかもしれないって分かっていても、それでもまたあなたに会いたかった」
空はよろよろと立ち上がり、ピヨモンの方へ歩み寄った。土と汗にまみれた手を、そっと差し出す。
「私だって、会いたかった。空に抱きしめてほしかった。空に……――信じてほしかったわ」
少しずつ歩み寄ったピヨモンが、桃色の翼を伸ばす。
「信じているわ、ピヨモン。今も昔も。本当よ」
「空……」
二人の手が触れ合う。その瞬間。一際強い風が吹いて、二人の動きを止めた。
風の唸り声と一緒に聞こえてきた、獣の咆哮。
肌に張りつく髪を払いながら、空は顔を上げた。
「一体何?!」
「空、あっちよ!」
ピヨモンがいち早く気づいて、飛びあがった。
真っ青な空に、雲とは違う白い何かが浮かんでいる。それは四つ脚と翼を持つ獣型のデジモンだった。
「ヒポグリフォモンだわ」
「暴走しているのね」
爛々とした赤い目が、ピヨモンと空を見下ろす。黄色い嘴をカパリと開く。陽炎のように揺れる空気がそこに集まり、空たちへ向かって吐き出された。
「ピヨモン進化――バードラモン」
空を庇うように飛び上がると、バードラモンは炎の翼で熱風を打ち消した。
「空、逃げて!」
「バードラモン!」
バードラモンは振り返らず、空中を旋回するヒポグリフォモンに向かっていく。
ヒポグリフォモンの吐く熱風の弾を避けたり翼で叩き落としたりすることが精いっぱいで、バードラモンは攻撃に転じられない。一撃が強すぎるのだ。
「バードラモン!」
攻防しながら移動していく二体を追ううち、空はいつの間にか崖の際を走っていた。
崖の下は急流だ。足元に注意を配りつつ、空は頭上の戦いから視線を外さない。
ヒポグリフォモンの攻撃が、バードラモンの片翼を貫いた。
「バードラモン!!」
バランスを崩し、バードラモンは降下してく。その落下地点を目指して、空は駆け出した。
ポケットに入れていたデジヴァイスが、輝く。

――バードラモン超進化、ガルダモン!

落下する直前で進化したガルダモンは、体勢を立て直して飛び上がった。バッと翼を広げる。
「シャドーウィング!」
黒い鳥の形をした影が、ヒポグリフォモンを襲った。
「GAAAA!!」
直撃を受けたヒポグリフォモンは悲鳴を上げた。それから少し離れた森の中へ落下していく。
「ガルダモン!」
「空、無事?」
「ええ」
空の傍らに降り立ったガルダモンは、大きな手に彼女を乗せた。
「暴走しているだけなら、光子郎くんのワクチンでおさまるかも」
「なら、無力化できれば良いのね」
様子を見に行こうと空は指示する。ガルダモンは頷いて、ヒポグリフォモンが落下した方へ向けて飛び上がった。
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