20200801−06
こぽり、と黒い水面の中で生まれた銀の泡が、浮かんでは消えていく。
ここは、どこだろう。己の記憶には、思い当たるものはない。それどころか、己が何者なのか、『彼』には何一つ分からなかった。
「君は、誰?」
突然、目の前の水面がゆらりと動いて、黒い物体が声を発した。曲線を描く身体と、ぱっちりした瞳を持つその物体は、物珍し気にこちらを見つめている。
「さあ、分からない」
気が付いたら、ここにいた。正直にそう答えると、物体は、じゃあ、と言ってぱっくりと口を開いた。
「ボクと、友だちになってよ!」
鋭い歯の覗く口は綺麗に弧を描く。それがあまりにも嬉しそうな笑顔だったから、つい頷いてしまった。物体はニコニコしたまま、飛び跳ねる。
「ボク、コロモン。君は?」
ふと、少し考える。それから頭に浮かんだ名前を、『彼』は自然と発していた。
「サイケモン」



起き上がろうと歯を食いしばったアスタモンの前に、ズラリと並ぶ足があった。
「貴様ら……」
「敵の敵は味方だ」
「ダイスケ、それリョウの真似だね」
「まぁまぁ」
「とまぁ、そういうことで」
「助太刀します」
「あはは」
大輔、ウォレス、タケル、京、伊織、賢は、自身のパートナーデジモンを連れ、ダゴモンを見据えた。呆気にとられるアスタモンの傍らで、ヒカリが膝を折ってしゃがみ込んだ。
「コロモンの友だちなんでしょ? 私も、コロモンの友だちだから――友だちの友だちは、大切な人は、守りたい」
ヒカリはニコリと笑う。その笑顔が眩しくて、アスタモンは目を細めた。その様子にクスクス笑って、ヒカリは立ち上がる。
「そういえば言ってなかったから、アレ言っても良い?」
「京さん……そんな場合ですか?」
「良いんじゃないかな?気合いが入るなら」
「賢は京に甘いぜ……」
溜息を吐く大輔の隣にヒカリが並んだことを確認し、京はD3を持った手を高らかと掲げた。
「選ばれし子どもたち、出動ぉー!」
――ブイモン
――テリアモン
――エンジェモン
――アンキロモン
――テイルモン
――アクィラモン
「ジョグレス進化!」
――シャッコウモン
――シルフィーモン
「アーマー進化!」
――マグナモン
――ラピッドモン
「あの光は……!」
ラピッドモンに並ぶ眩い黄金の光に、遼は目を奪われた。傍らのサイバードラモンも少々驚いた様子で、遼を見やる。遼は自分の胸元を握り、小さく笑った。
「そうか……あんなところにあったのか」
戦いの最中に失くしたと思っていた『不可能を可能に変えるランダム因子』――それは遼が保有する、形は違うが紋章だった。それが今、奇跡のデジメンタルとして大輔が所有している。成程、出会ったときに感じた既視感はこれだったのか。
「行くぞ!」
大輔が叫ぶ。賢たちはそれに応と返し、デジモンたちはダゴモンへ向かっていった。
「小賢しい! お前たちのデータも力の一部にしてくれる!」
ダゴモンの触手が飛んでくる。
ダゴモンと対峙する大輔たちの傍ら、ブラックウォーグレイモン何度もウォーグレイモンに斬りかかった。ウォーグレイモンは攻撃をいなしながら、決定打を受けず与えずを繰り返している。
「ウォーグレイモン!!」
ブラックウォーグレイモンの大好きな声が聞こえた。顔を上げると、こちらへ向かって駆けてくる太一たちの姿があった。
太一が自分とは色違いのウォーグレイモンへ駆け寄る様子を見て、ブラックウォーグレイモンはグラリと頭を茹で上がらせる。
「どうして、タイチ、ボクは、君の、友だちで、パートナーで」
「ああ、俺とお前は友だちだ。でも、お前のパートナーは俺じゃない」
だから、と言葉を続けようとする太一を咆哮で遮って、ブラックウォーグレイモンは振り上げた拳をウォーグレイモンに叩きつけた。ウォーグレイモンはその拳を手甲で受け止め、ググッと押し返す。
「ボク……が、タイ――の――」
「タイチのパートナーはボクだ。君じゃない」
受け止めていた拳を掴んで、ウォーグレイモンはブラックウォーグレイモンを地面に叩きつけた。ゴホゴホと咳き込みながら、ブラックウォーグレイモンはよろよろと立ち上がる。
「タイ――は、ボク、が――まも、る……!」
ブラックウォーグレイモンは飛び上がり、両腕を掲げた。黒い太陽がそこに現れる。いつかと同じ風景に目を眇め、ウォーグレイモンも飛びあがると、同じように太陽を作りだした。
――ガイアフォース
二つの太陽が、ぶつかりあう。
「たい……――う」
眩しいそれに眼を焼かれながら、ブラックウォーグレイモンは小さく呟いた。



まるで、核爆発だ。爆風に煽られながら、光子郎はそんなことを思う。目を焼く閃光が消えると、鏡の大地に倒れ伏すブラックウォーグレイモンの姿が見えた。ウォーグレイモンは少しふらつきながらも上空に浮かんでおり、勝敗はついたのだと知る。
ブラックウォーグレイモンの身体から、オレンジ色の蛍のような光が浮き上がった。それは少しずつ、ブラックウォーグレイモンの身体を溶かすように増えていく。
それに目を奪われていた光子郎は、視界の端を横切った触手にハッと我に返った。
「アトラーカブテリモン!」
「ほいな!」
アトラーカブテリモンもそれに気づいたようで、触手がブラックウォーグレイモンを突きさす寸前で引き止める。思い切り引いて投げ飛ばすと、ダゴモンはよろけて舌打ちを溢した。
ウォーグレイモンはブラックウォーグレイモンの傍らに降り立ち、太一の隣に並んだ。太一は溶けていくブラックウォーグレイモンを見下ろし、その頭に手を翳す。大分薄くなったブラックウォーグレイモンの身体に触れることはできなくて、太一の手は空を掠めた。
「……」
「ころ、もん……」
よろよろと覚束ない足取りで、アスタモンがやってきた。彼は太一の向いに膝をつき、悔しそうな表情でブラックウォーグレイモンを見つめた。
「……ごめん、俺は、君の友だち、なのに……」
目の端に浮かんだ雫が頬を伝い、ブラックウォーグレイモンの身体をすり抜け、大地へ落ちる。ブラックウォーグレイモンは薄く目を開き、アスタモンを見やった。
「……サイケモン、泣いてるの……?」
「これは……っ」
「ずっと、泣いているのは、タイチだと思ってた……」
いつも、泣声が聴こえてくるのだ。誰かの泣声が聴こえるたびに、誰かの涙の気配を感じるたびに、自分の意識がはっきりしていくのが分かった。暗黒の海は、涙でできた海だった。きっと、そこには太一の涙も、コロモン自身の涙も混ざっている。
太一は小さく笑った。
「俺はもう泣き虫じゃないよ」
「そっか……」
ふふ、とブラックウォーグレイモンは笑う。それからどこか遠くを見つめるように目を細めた。
「まだ……誰かが泣いてる……ボクを、呼んでいるんだ……」
「……それはきっと……」
そのとき、空気を裂く音が耳に届いた。ハッとした光子郎たちが振り返るより早く、アスタモンが動いていた。
――ザシュ――
布を引き裂くような音がして、京たちが引き攣った声を上げる。
「――アスタモン!」
ダゴモンの触手が、アスタモンの胴体を貫いている。ゴフ、と空気を吐き、アスタモンは自身を貫く触手を掴んだ。
「お、れは……ころもん、のとも、だち……だから……」
キッと鋭い光を宿した瞳を上げ、アスタモンはダゴモンを見据える。最後の力を振り絞りマシンガンを持ち上げようとして、しかしそれはスルリと指の隙間から滑り落ちた。かたん、と軽い音が当たりに響く。
「アスタモン!!」
崩れ落ちるアスタモンへ、太一たちは駆け寄る。ウォーグレイモンがその肩を支え、そっと横に寝かせた。
「……友だちなどくだらない。しかし、ただの完全体にしてはそこそこ上等なデータだ」
ねっとりとしていたダゴモンの声が一転、神経を直接触るような不快感ある声に変わる。
賢はゾワゾワと背筋を泡立たせ、自身の肩を強く抱いた。
「まさか……お前は……!」
シルフィーモンたちを縛っていた触手が力を失くし、枯木のようにみるみる萎んでいく。ズルリ、と音を立ててダゴモンの身体が――まるで空気の抜けた風船のように、はたまた蛇の脱皮のように――ぺしゃりとへこんだ。
「ひ」と喉を引きつらせ、顔を青くしたミミは丈の背中に隠れる。丈も恐怖で四肢を硬直させていたが、何とか踏みとどまった。
「まさか――デーモン……!」
ダゴモンの皮を放り投げ、姿を現したデーモンはニタリと細く笑んだ。
「ダゴモンはとっくにやられていたのか……」
「皮をかぶって、擬態していたってことですか?」
言葉にしながらも不快感は拭えず、伊織はブルリと身体を震わせた。
「ミレニアモンよりよっぽど性質悪いな」
「……So bad」
遼とウォレスも吐き捨てる。タケルは顔を険しくして、ニタニタ笑うデーモンを睨みつけた。
「……ダゴモンのデータを吸収して、さらにブラックウォーグレイモンのデータまで狙っているのか」
「やっぱり、あのときここへ送ったのは間違い……」
「そんなことない」
俯く賢の手を握って、京はきっぱりと言った。
「そうだぜ、賢。ここで倒しちまえば良いんだ!」
ニカリと笑って、大輔はD3を見せる。ポカンとした賢は、力強く頷くヒカリとタケル、伊織の顔を見て表情を和らげた。
「そうだな、大輔!」
賢も自分のD3を掲げる。交わった光の線が、アーマー進化を解いたブイモンとスティングモンを吸い込んでいく。同じく白いマントをはためかせ、インペリアルドラモンが姿を現した。
「俺たちも負けてられないな」
「ああ。ブラックウォーグレイモンを、アイツなんかにやれるか」
太一とヤマトがデジヴァイスを掲げると光が溢れ、ウォーグレイモンとメタルガルルモンを包み込む。その光は一つとなり、純白のマントを翻すオメガモンの形を取った。
パチ、とヒカリの脳内に何かが浮かんだ。それは一般人なら天啓などと呼ぶようなものだったが、彼女にとってはよくある、デジタルワールドからの言葉だった。
「みんな、デジヴァイスを!!」
唐突な言葉に戸惑いつつも、光子郎や太一たちに促され、子どもたちはデジヴァイスとD3を掲げた。そこから、光の柱が立ち上がる。
「これは……」
「四聖獣からもらった力……?」
「……いや、俺たちの力だ」
光の柱は絡み合いさらに太い柱となると、二手に分かれて伸びていった。その先にいたのは、オメガモンとパラディンモードのインペリアルドラモンだ。二体の騎士が掲げる聖剣に光が宿る。
「なんだ、その力は……!」
「お前がくだらないと切り捨てた」
「仲間(みんな)の力だ」
オメガモンとインペリアルドラモンの掲げたオメガソードが、デーモンへ振り下ろされた。
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