第5話 chapter5
「! ヤマト、何か来る」
ガブモンが睨んだ先は、湖の対岸。そこに姿を見せたのは、赤い目をしたローダーレオモンだ。
「あれは、丈の言っていた……」
ヤマトたちの横を、ハックモンが駆け抜ける。ハックモンは赤いマントをはためかせ、ドリル状の尾を振り上げた。
「おい、ハックモン!」
「そんな身体じゃ、無茶だ!」
ゲンナイに簡単な手当てをされたと言っても、ハックモンの傷はすぐに癒えるものではない。案の定、ハックモンは対岸へ着地する前に、ローダーレオモンの尾の一撃を受けて吹き飛ばされた。
こちら側の浅瀬に落ちたハックモンの元へ駆け寄り、ヤマトは身体を支え起こした。
「なんでこんな……」
「……私にはまだ、友との約束を守るだけの意地がある」
ここからは、ただのハックモンとして戦うのだと、ハックモンは立ち上がった。
「友との約束……まさか、あのローダーレオモンは……!」
「ヤマト、ローダーレオモンは、ベアモンの進化系なんだ」
ヤマトは目を丸くする。ガブモンは苦しそうに顔を歪めていた。
ハックモンはギラリと鋭い爪を構え、また駆け出す。ガキン、とローダーレオモンの尾と、ハックモンの爪がぶつかり合った。
「……理性を失くしたお前は覚えていないだろうが、私はお前に頼まれた」

――頼む、ハックモン……俺を……。

「私が、お前を、デリートする」
ローダーレオモンが爪に気を取られているうちに、ハックモンは口を開いた。
「ベビーフレイム!」
普段は牽制用に使う炎を顔面に受け、ローダーレオモンは身悶える。攻撃が緩んだところで、ハックモンは爪を更に振り上げた。
「フィフスラッシュ!」
技は決まったが割れた爪では威力も落ちる。さらに、相手は究極体。これだけでは足りないだろう。さらに追撃しようとしたハックモンの背後に、別の気配が現れた。
「!」
ハックモンは襟首を掴まれ、背後に引っ張られる。
「カイザーネイル!」
無茶苦茶に振り回されたローダーレオモンの尾を鋭い爪で弾き、ハックモンを掴んだワーガルルモンは後ろへ飛び去る。
「何を、」
「お前の友を思う気持ちは理解した」
側へ駆け寄ったヤマトは、ワーガルルモンから降ろされたハックモンを見下ろす。
「けど、お前の本心はどうなんだ」
「俺の……?」
「友だちをデリートして、辛いわけがない」
カッとハックモンの腹が熱くなった。ギリリと歯を噛みしめ、ハックモンはヤマトを睨む。
「ならどうしろと?! 今更、ベアモンだけ泉光子郎のワクチンプログラムで治療しろと? それでは、バクモンたちの立場はどうなる?! 彼らをただ切り捨ててきた俺は?! ただの馬鹿だったということか!」
「ああ、馬鹿だ!」
スッパリと言い切り、ヤマトは手を握りしめた。
「可能性を求めず、諦めたお前は馬鹿だ!」
例え友がそれを望んだとて、自分の心が違うと叫ぶのなら、そちらに従えば良かったのだ。足掻いて、友を救う術を探せば良かった――少なくとも、ヤマトならそれが正解だと信じ、そう動いたことだろう。
「けど今は可能性がそこにある! 小さくても可能性があるなら、足掻けば良い!」
ヤマトの拳から、青い光が溢れる。それに呼応して、ワーガルルモンの身体も発光した。
「お前の諦めた可能性、俺は絶対に諦めない!!」

――ワーガルルモン、究極進化。

「メタルガルルモン!」
青い装甲の獣は、ローダーレオモンへ向かって飛び掛かった。
ハックモンが少々呆気に取られる中、メタルガルルモンはローダーレオモンの頭に爪をかけ、地面へ叩きつけた。
「バクモンのことは、確かに今回の原因の一つかもしれない……けど、お前自身だって、本当はデリートなんてしたくなかったんだろ? 大切な仲間だったんだから」
「石田ヤマト……」
ハックモンは、こちらを真っ直ぐ見つめるヤマトの瞳を見つめ返した。
メタルガルルモンは、ローダーレオモンへ向けて口を開いた。攻撃を避けようと、ローダーレオモンは身を捩るが、メタルガルルモンは足を踏ん張って逃がさない。
「コキュートスブレス!」
パキキキキ――ン。
メタルガルルモンの攻撃を受けたローダーレオモンの身体が、氷で覆われていく。
「!」
ハッとして、ハックモンは氷漬けになったローダーレオモンへ駆け寄った。
メタルガルルモンのコキュートスブレスは、生命活動すら停止させる。しかし、覗き込んだ氷の下で、ローダーレオモンがデータに還る気配はなかった。
「行動だけ停止させた。これで、ワクチンプログラムをインストールさせやすくなる筈だ」
メタルガルルモンはハックモンへそう告げると、ツノモンへ戻った。地面に着地したツノモンを、ヤマトはそっと抱き上げる。
「サンキュ、ツノモン」
「へへ。折角回復したのに、もうエネルギー使いすぎちゃったな」
「ご飯ならまだ残っているわよ」
別の方向から声が聞こえた。ヤマトたちが振り返ると、そこには空や太一たちが揃ってこちらに笑みを向けていた。
「もう、勝手にどこかへ行ったと思ったら」
「空、男の子はそういうものだって、空のお母さんが言ってたわ」
囃し立てるピヨモンの額をペシリと叩き、空は柔らかい笑みを浮かべる。太一はヤマトの側へ歩み寄って、強めの肘鉄をヤマトの肩へぶつけた。
「一人で恰好つけてんなよ」
「うっせ」
肩に乗る腕を叩いて、ヤマトはスタスタと空達の方へ歩いて行った。
「……どうして、お前たちはそんなにも構う」
ヤマトの背を見送る太一は、ハックモンの呟きを聞いてガシガシ頭を掻いた。
「まあ、俺たちもお前の話をよく聞かずに悪いことをしたって思っているんだ」
「ボク、二回くらい君の爪を折っちゃったしね」
それがジエスモンへ進化できない要因となってしまったのなら、申し訳ない。アグモンは「ごめんね」と頭を下げた。
ハックモンはオレンジ色の頭を見つめ、やがて深く息を吐いた。
「……気にするな。それでロイヤルナイツの資格を失ったというのなら、俺はそれまでだったというだけだ」
「お前な……」
太一は大きく息を吐き、またぐしゃぐしゃと頭を掻く。ポン、とハックモンの赤いマントで隠れた背を、アグモンが押した。
何をするのだ、とアグモンを一瞥したハックモンは、押し出された方向に立っている人物を見て顔を強張らせた。
西島は、静かにハックモンを見下ろしている。
ハックモンは視線を地面に落とした。何を言ったら良いのか、分からなかった。太一や西島たちがいつからいたのか知らないが、きっとヤマトへ告げた話も全て聞かれていたのだろうと、ハックモンは確信していた。
殴られることも、罵倒されることも、恨まれることも、覚悟していたつもりだ。いつかこういう日が来るだろうと、どこかで想像していた。それが、今なのだ。
西島が、ハックモンの前で膝を折る。
「――ありがとう」
飛んでくるだろうと予想していた拳は現れず、代わりに耳に届いたのは掠れた声だった。
「ベアモンのこと、諦めないで、救おうとしてくれてたんだな」
ベアモンが、西島のことを覚えている保障はどこにもない。西島と同じような絆やシンパシーを感じてくれていたかどうかも怪しい。西島の一方的な片思いだとしても、この巡り合わせには感謝しているのだ。
「ありがとう。ベアモンの……ベアモンたちのために戦ってくれて」
ニカリと西島は笑う。細くなった目の端に、小さな雫が滲んでいた。
「……」
ハックモンは一度だけ、ベアモンから人間の話を聞いたことがあった。
あれは現実世界のネット上で、八神太一たちがディアボロモンと戦いを繰り広げた頃。彼らの戦う様子はデジタルワールドでも見守ることができて、その様子にベアモンは酷く興奮していた。

――すごいなぁ。俺もいつか、パートナーとあんな風に戦ってみたいぜ。
――ベアモンにも、パートナーがいるのか? 初めて聞いた。
――パートナーっていうか……俺たち、一度エージェントの庭に忍び込んだときがあるんだ。そのとき、偶然人間のパソコンに繋がったみたいでさ。で、そのとき人間の子どもと会ったんだよ。

これはそのときに貰ったものだと、嬉しそうな笑顔で見せてくれたゴーグル。強くなるお守りだと、ハックモンに貸してくれた、ベアモンの宝物。
ハックモンはゴーグルを首から抜き、それを西島に突きつけた。
「これ……」
「ベアモンから預かった。ロイヤルナイツになるまでのお守りだと。ロイヤルナイツになったとき、返す約束をしていた」
微かに震える手で、西島は小さなゴーグルを受け取る。
子ども用のそれは、成人した西島の首には小さく、手に収まるほどだ。
グッとそれを握りしめ、西島は唇を噛んだ。それから息を吸って顔を上げ、ハックモンを見つめる。
「……力を貸してくれ、ハックモン」
「――ああ」
ゴーグルを持っていない方の手を西島が差し出すと、ハックモンはそこに自分の手を重ねた。

◇◆◇

随分ぼんやりとしてしまった。いろいろと考えすぎて、脳が疲れてしまったらしい。軽い眠りのような状態から目を覚ました芽心は、ふと傍らの布団が空になっていることに気づいた。
そこには、年下の少女が眠っていた筈だ。
「ヒカリさん……?」
それと一緒に、芽心は自身と彼女のデヴァイスがないことにも気づいた。

◇◆◇

暗雲が空を覆い、デジタルワールドに暗闇を齎している。
ふらり、ふらり、と風に揺れる野草のように覚束ない足取りで、ヒカリは歩く。胸元に添えられた手の中には、二つのデヴァイスがある。
遠くで時折、雷のように二つの光が弾けている。
やがてヒカリが足を止めたのは、その二つの光の丁度真下に位置する場所だった。
「待っていたわ」
そこには既に先客がいた。上空の戦いを見上げていた少女は、視線をヒカリの方へ向けた。
「ヒカリさん!」
姫川の方へさらに歩みを進めようとしたヒカリは、突然背後から肩を掴まれ、足を止めた。
息を切らした芽心は、ヒカリの肩を掴んで大きく呼吸した。彼女がいないことに気づいてから、慌てて追いかけて来たのだと容易に想像できた。
「ヒカリさん、どうしてっ……」
パチン、と姫川は指を弾く。すると黒い光が二つのデヴァイスを包んだ。それはフワフワと宙に浮かび、姫川の手元に収まる。
その瞬間、ハッとヒカリは我に返った。
「わたし、どうして……」
「ヒカリさん?」
「お礼にあなたたちには見せてあげるわ。新世界の創造を」
状況を把握できず困惑する芽心たちをおいて、姫川は広げた両手にデヴァイスを乗せる。
二つのデヴァイスの画面から黒い光の柱が立ち上り、天を貫いた。光の柱が伸びた先にいたのは、オファニモンFMとラグエルモンだ。
「メイちゃん!」
二体のデジモンを飲み込み、光の柱は太くなっていく。やがて二本の柱は混ざり合い、一本の柱となる。それは姫川の持つデヴァイスから彼女自身も飲み込み、近くにいたヒカリと芽心も飲み込んだ。
「なんだ、あれ……!」
ゲンナイの家から姿を消した芽心とヒカリを探していた太一たちは、異常事態に驚き、足を止めて空を見上げていた。
暗雲に溶け込むように伸びて行く光の柱は、数分でおさまった。代わりに黒々とした暗雲に穴が開き、ズルリと不気味に白い手がゆっくりと姿を現す。
「なに、あれ……」
奇妙な細い手足を持つ女性体のデジモン。背中から伸びる黒い翼は暗雲と繋がっているかのように、大きく広がり、デジタルワールドの空を覆った。
「ラグエルモンとオファニモンが、融合した……?」
俄かに信じがたいが、光子郎がスキャンしたデータには、明らかに二体のデジモンの情報が読み取れた。
「ヒカリ……」
「望月……」
タラリ、と冷や汗が顎から地面へ落ちる。
全てを無に帰されるような、絶望感。
それを煽るかのように、デジモン――オルディネモンはパカリと口を開いて嘶いた。
×
「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -