撮影1 ユノとアスタとノエル
「魔力がなくても、俺は、魔法帝になるぁああ!!」
飛んでくる鎖を弾き飛ばし、大剣を持った少年は地面を蹴る。魔法が無効化されたことで驚く男の無防備な身体へ、大剣の一太刀を叩きこんだ。
「――諦めないのが、俺の魔法だ!!」

▽撮影1

「カーット」
大きな声が、スタジオに響く。緊張感に包まれていた場は、その声でフッと空気を緩ませた。
緑色のシートが囲む中、大剣を振り払った体勢だった少年は、大きく息を吐いて腕を下ろした。
「お疲れ様です、チェック入ります!」
「お疲れ様です」
「アスタくん、タオルどうぞ」
血糊をつけた少年へ、Tシャツ姿の女性がタオルを差し出す。衣装を汚さないように汗を拭っていた少年は、パッと顔を輝かせた。
「ありがとうございます!」
眩しい少年の笑顔に、女性の頬が思わず赤らむ。彼女からタオルを受け取ると、少年はサッサとケータリングの方へ歩いて行った。
「お疲れ、アスタ」
「あ、お疲れ様です、ユノさん」
既にケータリングの一つを摘まんでいたのは、先ほどまで少年と撮影を共にしていた青年だ。彼は少年へ、冷たい麦茶を手渡した。少年が笑顔で礼を言うと、青年の無表情な口元が少し緩む。
少年の名はアスタ。青年の名はユノ。今話題のドラマ『ブラッククローバー』でメインの役を務める俳優である。
アスタは運動会での演技が動画サイトへ投稿され、それに目を止めたプロデューサーにスカウトされた異色の経歴を持つ子役。CMの仕事ばかりだったが、この度めでたく初主演作品で俳優デビューと相成った。
彼のライバル兼幼馴染を演じるのは、イケメン舞台役者のユノ。2.5次元舞台で目覚ましい活躍を見せていたが、昨年戦隊シリーズの追加戦士を演じたことで人気に火が付き、今回のドラマに抜擢された。役とは年齢差があるが、違和感なく演じている。
ユノはチラ、と辺りへ視線をやった。スタッフは次の撮影の準備や、先ほどの映像チェックに走り回っており、大立ち回りを演じたユノたちは休憩時間となっていた。それを確認し、ユノはアスタとの距離を詰めた。
「アスタ、あれ……」
「え」
アスタもスタジオを見回して、他のスタッフたちの意識がこちらに向いていないことを確認する。それから小さく息を吐いて、「ちょっとだけですよ」と囁いた。
期待で胸を高鳴らせるユノ。アスタは紙コップを机へ置くと、彼の視界からヒョイと一度身を外した。
「――お疲れさま」
上目遣いになるように身を屈めて、コテンと首を傾いだアスタが、ユノの視界に入る。
「あったかいの、用意してるよ。飲む?」
「……飲むぅぅぅ」
笑顔のアスタに、ユノは口元を手で覆った。ハラハラと涙を流し始めるユノに、アスタは頬を引きつらせる。
「ユノさん、好きっすね」
先ほどのは、アスタのデビューCMの台詞だ。
第三者視点で進むインスタント飲料のCMで、カメラが玄関からリビングへ入ったところで、パジャマ姿のアスタは登場する。眠たい目を擦っていたアスタは、パッと顔を輝かせると、画面から外れてどこかへ行ってしまう。しかしすぐに戻ってきて湯気の立つマグカップを差し出すのだ。「お疲れさま」と労わる笑顔と共に。
ユノが、まだ駆け出し中で居酒屋のアルバイトも掛け持ちしていた頃だ。ある夜、くたくたに疲れて帰宅したユノは、いつもの癖でテレビをつけた。そのときに流れたのが、件のCMである。
アスタの笑顔と言葉に音もなく涙が流れ、「頑張ろう」と決意した、とユノはとある雑誌のインタビューで答えている。その後彼は2.5次元舞台でイケメン俳優として名を馳せていくことになり、今に至る。
長々と説明したが、簡潔に言えばユノはファンや事務所公認のアスタファンなのだ。
「台本見ると別々の収録が多いけど、マジでこのドラマに参加できてよかった……アスタと幼馴染役とか、これ以上の幸運はないのでは……?」
「大げさな……」
手を合わせて天井を仰ぎ始めるユノに、アスタは若干引いている。CMという小さめの仕事ばかりの頃からファンだったと公言されて、アスタとて嫌な気持ちは起こらない。それに去年ユノが出演した戦隊シリーズはアスタも視聴していた。特にユノの演じた追加戦士は、アスタもフィギュアを購入している。
しかしそれを告げた後のユノの反応が怖く、アスタはまだカミングアウトできていない。
「あ、ノエルさん」
「!」
スタジオの隅でキョロキョロとしていた少女は、ビクリと肩を揺らした。それからおずおずと振り返り、アスタの姿を見つけるとホッとしたように息を吐いた。
「あ、アスタくん……」
「今日は収録じゃなかったでしょ?」
アスタが訊ねると、ノエルは口ごもって銀の髪を指へ巻きつけた。
彼女はノエル。知名度が上がりつつある、注目度ナンバーワンのアイドルユニットに所属している。今回はヒロインとして、キャスティングされている。
「ち、近くでレッスンだったから、ついでに寄ったの。ドラマのレギュラーは初めてだから、雰囲気を見ておこうと思って……」
「明日は一緒の収録ですもんね。楽しみです」
アスタが微笑みかけると、ノエルはカアと頬を染めた。それからもじもじと髪を弄りながら、視線を右往左往させる。
「あ、アスタくんは、その、興味ある? アイドルのライブとか……」
「んー、あんまり……中々、そういう機会なくて」
「そ、そう。なら……これ、私たちの今度のライブのチケット」
ノエルはそっとチケットを差し出した。アスタはキョトンと目を瞬かせ、貰って良いのかと首を傾げる。ノエルはコクコクと頷いた。
「か、関係者に配っているチケットだから、別に……」
「あ、これ夜のライブか」
チケットを眺めていたアスタが、声を上げた。
「十八時以降は、俺、保護者がいないと……」
「あ、じゃあ、俺も」
ヌ、とアスタの肩からユノが顔を出す。ノエルは驚いてピンと背筋を伸ばした。
「べ、別に来たいなら……くれば……」
それからまた別のチケットを差し出す。小さく震える指を一瞥し、ユノはそっとチケットを受け取ろうと手を伸ばす。
「ひ!」
チケットを掴むノエルの指ごと、手を包んだユノ。ノエルは顔を引きつらせる。ぞわと鳥肌立つノエルからすぐに手を離し、ユノはチケットを手元に引き寄せた。
「……あんた、相変わらずだな」
「あ、あんまりその顔近づけないで!」
ぎゅむ、とユノの顔を手の平で突き飛ばし、ノエルはスタジオを飛び出した。
「ノエルさん、どうしたのかな?」
「……さあな」
実はノエルは、イケメンと呼ばれる類の異性に免疫がなく、アレルギーに似た拒否反応を出してしまうのだが――それをアスタに説明する義理はないかと、ユノは一人で納得づけて言葉を飲みこむのだった。
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