希望の行方
(アスタリア、追憶の楽園、レイザベール組)


帝都シャングレイスから辛くも逃げおおせたベルベットたち一行は、この世界のミクリオの家がある市街レイザベールへとやってきた。
「ローエンは、スレイが咎人かもしれないと知っている。それでも、僕を行かせてくれたんだ。しっかり話せば、力になってくれる筈だ」
そうミクリオが言ったからだ。目的の人物の首をまたも取り損ねたベルベットは至極不服そうだったが、ティアたちの説得を受けて了承してくれた。
「そういえば、ミクリオの幼馴染はエレノアっていう女の子で、その騎士がクラトスだったね」
不思議な組み合せだ、とスレイは腕を組みながら呑気に呟く。ミクリオも思わず、クスリと小さく笑った。
「ああ。しかも、僕の友人がクレスとガイだからね。この世界は、天帝が意図して配役しているのか知らないが、不思議な関係性だと思ったよ」
「ガイが?」
ティアは小さく呟き、ほんのり頬を染めた。期せずして同僚と再会――という言葉が適切かは分からないが――できるかもしれないと思ったのだろう。彼女の隣では、予想外の人物が驚いたように目を開いていた。
「エレノアが……」
「何々? ベルベットちゃんの知り合いなわけ?」
小さい彼女の反応を目敏く見つけたレイヴンが、ニヤニヤと笑いながら顔を覗きこむ。ベルベットは目を閉じて顔を背けた。
「……さあね。同姓同名の赤の他人かも知れない――いや、例え名前や姿形が同じでも、記憶がなければそれは赤の他人ね」
後半はまるで、自分へ言い聞かせるような声音だった。コレットはコテンと首を傾いで彼女の顔を覗きこむ。
「ベルベットにとっては大切なんだね、そのエレノアって子」
「はあ?」
思わず、といったようにベルベットは顔を崩した。
(さすがコレットちゃん)
ゼロスはこっそり肩を竦め、頭の後ろで手を組んだ。コレットはベルベットや周囲の微妙な空気に気づいた様子を見せず、手を合わせて嬉しそうに笑っていた。

「ミクリオ!」
庭先でローエンと会話していたのはクレスだった。彼は鎧を鳴らしながら、嬉しそうに顔を綻ばせて駆け寄ってきた。ミクリオも口元を緩め、クレスに頷く。
「少し、寄ってみたんだ。ローエンもクレスも、変わりないようだね」
「ああ。……そちらはスレイ、と、お友達かい?」
旅立ちの時よりも大人数で、しかも年齢層も幅広い。困ったような顔をするクレスに苦笑して、一先ず屋敷の中へ入ろうとミクリオは彼らを促した。
豪奢な屋敷の内装に、初めて足を踏み入れるコレットたちは感嘆の息を漏らす。ティアはファブレ家のようだと感想を溢し、ベルベットは興味がないと吐息を溢した。ルドガーなどは暗い影を背負ってガックリ肩を落としている。
「……成程、それは大変だったね」
ローエンの用意した紅茶を一口飲んで、クレスは眉を顰めた。
ローエンが先導したのは見事な調度品で彩られた客間だった。庭園を一望できる窓の近くに置かれた二組のソファに座り、ミクリオはクレスとローエンに全てを話した。事前にスレイたちに了承は得ていたが、ベルベットとヴェイグ、そしてゼロスは良い顔をしなかった。口には出さなかったが、ルドガーやエリーゼも不安そうにしていた。しかし、スレイが咎人の可能性があると知りながら大切な主人を――例えそれが仮初だとしても――見送ったローエン、そしていつも遺跡探索に付き合ってくれた友クレスを、ミクリオは信じたのだ。
ミクリオは賭けに勝った。クレスとローエンの顔を見て、ミクリオは安堵した。二人はミクリオたちの旅の苦労に同情していたが、咎人へ対する嫌悪や敵意を浮かべてはいなかったのだ。
「……騎士団へ私たちを突き出さなくて良いの?」
つい、ベルベットはそんなことを訪ねていた。壁へ寄りかかり腕を組む彼女へ、クレスはキョトンとした視線を向ける。
「どうして?」
「どうしてって……」
「咎人が、ラザリスさまの言うような悪人ではないと言ったのは、ミクリオたちじゃないか」
「……咎人は言葉で惑わす。ラザリスはそう言っていた筈だけど?」
窓の近くで外を眺めていたゼロスが、目を細めてクレスを観察する。「そうだね」と頷いて、クレスはカップを机に置いた。
「だけど、僕はミクリオが嘘をついているとは思えない。そりゃ、ラザリスさまの言葉を疑う理由はないけど、僕には友であるミクリオの言葉を疑い、否定する理由の方がない」
「私に関しましては、何も言う必要はないかと存じます」
「クレス……ローエン……」
ミクリオはホッと安堵し、強張らせていた頬の力を解いた。礼を呟く彼の表情を見て、スレイもまた口元を和らげる。そんな二人の様子を見て、クレスは「やはりね」と呟いた。
「え?」
「以前、ガイと話していたんだ。ミクリオは僕らよりもずっと、スレイと並んでいる方がしっくりくるってね」
それは外れていなかったようだと、クレスは少し残念そうな、しかし嬉しそうに笑った。
「そうだ、ガイはどうしているんだい?」
もう一人の友の姿を、ミクリオはまだ見ていない。するとクレスとローエンは顔を見合わせ、言い難そうに眉根を下げた。
「クレス?」
「……ミクリオさまの言葉が本当ならば、危険……いえ、御覚悟を決めていただかなければならない状況やもしれません」
「それはどういうことなの?」
反応を示したのはティアだ。元の世界の同僚と再会できるかもしれないと喜色を浮かべていた彼女は、嫌な予感に思わず口元へ手をやった。クレスは膝に乗せた手を組み、視線を少し動かした。
「……ガイは、数日前、ミクリオと入れ替わるように、帝都へ行ったんだ。何でも、……グランツ宰相の、護衛騎士に選ばれたんだって」
嬉しそうな顔をしていたと、クレスは言った。ティアは絶句し、口を手で覆う。
「ヴァンの、護衛騎士……?」
ミクリオは馬鹿な、と呟いた。ガイは確かに騎士の家系だが、貴族ではない。この世界では城に出入りするような騎士は貴族出身者という不文律がある。それは貴族たちにとって名誉ある役職であり、だからこそエレノアはその任を軽んじる――別に軽んじていたわけではないのだが――ミクリオに難色を示していたのだ。
「ガイ自身も驚いていたよ。特別、試験を受けたわけではないようなんだ。ただ、通知文書が来ただけで……」
ラザリス直々の文書を反故にする考えなど、元の世界の記憶を持たない人間にある筈がない。他言しないよう注意する文言もあったようだが、ガイはローエンとクレスにだけはその文書を見せてくれた。
――ミクリオは自分にできることでラザリスさまに貢献したいと言っていた。これが俺に、俺ににしかできないことなのかもしれない。
音機関を見つけたときのような、興奮の滲む瞳のガイをクレスは今でも思いだせる。
ジュードは困惑した視線をミクリオたちへ向けた。
「どういうことなんだろう」
「コレットちゃんみたいに、ガイにも、ラザリスにとって厄介な何かがあるとか?」
レイヴンは顎を撫でながら眉を顰める。「さてね」と肩を竦め、ゼロスは両手を挙げた。
「違うわ」
否定をしたのは、ティアだ。微かに顔を青くするティアを、エリーゼは心配気に見やる。
「……ガイは、兄さんの……ヴァン・グランツの、元主なの」
「それはどういう……」
ティアは震える息を飲みこみ、膝の上で手を握りしめた。
「ガイは本当の世界で、貴族だったの。でも戦争のせいで家は潰され、ルークの使用人にまで身を落とした……」
「つまり、ヴァンはそのときのガイの」
「ええ。……忠誠を誓った騎士だった」
ティアの生まれる前の話なので全ては兄から聞いたことだった。他言無用と兄に言われていたので、ティアからその頃の話をガイに振ったことはない。しかし時折二人が会話するときに見せる表情や雰囲気の柔らかさが、彼らの間にある絆がまだ繋がっていることを示していた。
「しかし、何故このタイミングでガイを帝都に呼びよせたんだ」
新世界で共に在りたいと望むなら、初めからそう設定すれば良い。ティアのように。ヴェイグの言葉に同意して、スタンも腕を組んだ。
「何かきっかけがあったのかもしれないな。咎人の大量出現とか……」
「俺たちの存在とか?」
似た顔で同じように首を傾げ、カイルはこめかみを指で抑えた。
「そこの姫さまの逃亡とか、ね」
ベルベットはチラリとティアを一瞥して、目を閉じる。ビクリと肩を揺らすティアの手を握り、エリーゼはベルベットを見やった。
「そんな。まさか、ティアさんの代わりってことですか?」
「さぁね。私にはわからないわ。こんな仮初の世界を望み、守ろうとする人間の気持ちなんて」
しん、と部屋へ重い沈黙が落ちた。ミクリオは目を伏せ、裾を握りしめるように拳を握った。
「……ガイとも戦う覚悟を決めなければならないってことか」
今更でしょ、とベルベットが呟いた。その通りだとヴェイグは固い顔で頷く。ロイドやミラ、ユーリは既に敵として戦わなければならない立場にある。彼らと比べれば、ミクリオやクレスという友の存在がある分、ガイと話し合える可能性は高い。
ティアの肩をそっと撫で、ルドガーは見上げてくる亜麻色の瞳へ安心させるように微笑みを返した。
「大丈夫だよ、ティア。まだ希望はある」
「……ええ、そうね」
口元を少し緩めて、ティアは頷く。まだ彼女には探さなければならない人もいる。そして彼らと共にガイも――願わくば兄も、救いだせると信じていたかった。
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