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いけないことと解っていながら、逸る気持ちは足を加速させる材料にしかならない。受付で知らされた番号を流れる風景の中で必死に探して、見つけると同時に中へと飛び込む。真っ白な部屋には二人の人間しか見当たらず、内一人はベッドに病院服で座っていた。

「貴之」
「お兄ちゃん…」

あらまあと頬に手をあてる母は頭に包帯を巻いていて。その傍らに座るほのかの目は赤い。とにかく無事でよかったと。膝から崩れ落ちてしまった古市はそんな使い古された言葉すら、発することは出来なかった。

***

「何の用だ!」

警戒心も露わに睨みつける男鹿を気にした素振りなど微塵も見せず、ガブリエルはほわほわとした様子で座っている。

「おい!」
「ん…まずは、そこの人を…引き取りに…」

指差したのは、姫川が襟首掴んだままの男だ。

「ごめん…貴方のお母さん、襲ったの…うちの部下…」
「!」
「…命令、してないのに…勝手に行動した…」
「古市の母さん襲ったのは、手前らの意志でもないってことか」

姫川の問いに、ガブリエルはこくんと頷く。

「同じ髪…銀…だから、間違えた…みたい」

古市は目を見開き、思わず自身の胸を掴んだ。どくどくと煩いほど心臓は鼓動しているのに、指先は冷たく白い。ふと、垂らしたままだったもう片方の手に、小さな温もりが触れた。それはラミアのもので、安心させるようにきゅっと握りしめてくる。古市はふっと肩の力を抜き、彼女の手を握り返す。

「そこまでして古市を手に入れてどうする」

ポケットに手を突っこんだ神埼の睨みもガブリエルは平然として見返す。

「…古市貴之…は、世界再生の為に…必要」

世界再生。天界側が狙っているのはその為か。ラミアは唇を噛みしめる。今この場にヒルダはいない。魔界へ報告に行っている為だ。早くこのことを知らせなければと、気が逸る。
しかし事情を詳しく知らない神埼達の脳内では、世界の再生つまり不良界の新勢力創造に古市を求めていると―――かなりこじつけではあるが―――解釈した。

「上等だ」

ガンッ。神埼の蹴った椅子が机を巻き込んでドミノのように辺りに散らばる。

「世界が欲しけりゃ、まずは俺を倒してみろ」
「神埼、さん…」

勘違いではあるが自分を庇ってくれた神埼の背中に、古市は涙腺が不覚にも緩むのを感じた。と、その隣に立ち並ぶ背中が他にも。

「俺もな」
「俺もー」
「私も」
「あ、じゃあ私も私もー!」
「…私も」
「手前らうっせー!」
「勿論…」

一人その列の前に立ちガブリエルを正面から睨みつけたのは、男鹿だ。

「俺もだ。ミカエルとかいうロン毛に言っとけ―――その面、次こそ殴ってやる。それと、古市は渡さねぇ」

***

「お兄ちゃん?」

回想に耽っていた古市は、下から覗き込むほのかの顔にハッと我に返り、その時身を引いたせいで溢しそうになったコーヒーを慌てて持ち直した。兄のドジな様子に溜息を吐いて、ほのかは古市の腕に頭を擦り寄せた。彼女も不安なのだろう。
病院からの帰り道、真直ぐ帰宅する気にもなれず二人して立ち寄った公園である。傍らにはラミア。男鹿は名残惜しそうにしながらも早乙女に呼ばれて一度学校へ戻って行った。
古市の母は、買い物に出かけた際白い服装の男に殴られた。幸いにも人通りの多い場所だった為すぐに手当をされたから大事には至らなかった。地面に叩きつけられた際、足を折ってしまったらしく入院は免れなかったが。犯人は捕まっていない。

「…っ」

古市は歯を噛みしめ、缶を持つ手に力をこめた。もし、自分がさっさと捕まっていたら、母は傷つかなかったのだろうか。これから、ほのかまで狙われてしまうのだろうか。だが自分―――ひいては<霊珠>―――が天界側に渡れば待っているのは世界の再生―――それが何を意味するのかはまだ解らないが―――。

(どうしろってんだよ…っ)

所詮自分には男鹿のような力はないのだ。出来ることは、なにもない。それの状況は慣れたものである筈なのに、今は堪らなく悔しかった。
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