1
「お前は強い」

そんな声で上げた視線の先。夕日に眩む目でははっきりと解らなかったけど。確かに彼はそこにいて、自分を真直ぐ見下ろしていて。不意に込み上げる熱が堪らないのに、そこに名づける感情は解らないままだった。










アラベスク










そんな出来事があっても世界は回る。クリスマスも終り、来るべき新年へ向けての準備に慌ただしくなってきた頃。それは、突然齎された。

「…天界が…!?」

驚愕に顔を歪めるヒルダに、いつもと打って変わって真剣なアランドロンがゆっくりと頷く。腕を組み眉根を寄せるヒルダの様子に、部外者である男鹿達にも只事ではないと察せられた。

「…なんかあったのか?」

古市は、ムームーを抱きしめて顔を固めるラミアに耳打ちする。隣で一緒にベッドに乗っていた男鹿も、彼の背中に負ぶさるベル坊も、不思議そうにラミアを見やっていた。

「…一大事よ。天界が魔界に侵入してきたの」
「天界…?」
「やっぱ、悪魔がいるんだから天使もいるのな…」

ひくり、と頬をひきつらせ古市は乾いた笑みを浮かべる。なんだか物凄く嫌な予感がしてきたのである。

「天使と悪魔、ってやっぱり犬猿の仲なのか?」
「まあね。でもお互い住んでる所が違うから、争いなんてしないわ。悪魔は天界に行かないし、天使だって魔界は勿論人間界にも滅多に降りてこないから」
「なんで?」
「知るわけないでしょ」
「でもその天使が魔界に来ていた…」
「天使であることを誇りに思い、悪魔を不浄と罵る高慢な奴らよ?そんな奴らが態々魔界に…何か企んでるとしか思えないでしょ」

確かに、と頷いて古市は顎に手を当てた。普通に考えてこれは偵察だ。魔界を攻め滅ぼす為の。しかし清浄だと豪語するような奴らが態々自らが不浄と呼んでいる輩を取り込もうとするだろうか。いや、単に滅ぼすことだけが目的か。だが今更になって何故。ラミアの言う通りなら二者間に争いはない。つまり攻め入るに値する理由はない。まさか天界の長も魔王みたいに適当なのではあるまいな。そこまで考えて古市は背筋が寒くなった。大丈夫か、この世界。

「兎に角、男鹿」

と、丸くなって顔を突き合わせていた三人の頭上に影がさした。ヒルダである。どうやらアランドロンとの会話は終わったようだ。

「貴様はしっかり坊っちゃまをお守りするのだぞ」
「あ、なんで?」
「馬鹿者。もし奴らの狙いが魔界なら、魔王の御子息である坊っちゃまに危険が及ぶ。私はアランドロンと共に一度魔界へ帰って、情報収集をしてくる。後は頼むぞ」

言うが早いかヒルダは衣を翻す。―――それが、三日前のこと。

で、それがどうしてこうなったのか。目の前の状況から逃げ出したくても動かない足を地べたにつけて、古市は目に薄ら涙を浮かべた。折った足の上には、血まみれのヘカドス。震えを抑え込もうと力を込めた腕に、しがみ付いてくるのは必死に涙を堪えようと唇を噛締めるラミア。そして上げた視線の先には、

「あんたが『フルイチタカユキ』?」

思ってたより可愛い〜!なんて両頬に手を当てはしゃぐ、人様宅の屋根上に立った可愛らしい少女。古市より年下で妹ほのかと同じくらい。背中に白い羽があるから、天使とかいう奴らなのだろう。細い肢体を隠す服は、流石天使と言うべきか悪魔より露出の無い禁欲的なもの。口調や雰囲気はアギエルに似ている。少女は真っ白な羽根を広げ、にんまりと笑った。その笑みは、悪魔に似ている。愉しくて面白い、

「大人しく捕まってちょーだいね!そこの悪魔みたいになりたくなければ…」

暇を潰すには丁度良い玩具を見つけた時の、笑顔だ。
×
「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -