香水(210830)
「あれ、炎真って香水つけてたっけ?」
親友と宿題をやっていたとき、不意に近づいた首筋からふわりと漂った香り。体臭とは違う甘い香りに、綱吉は首を傾げた。指摘された本人も自覚がなかったのか、首を傾げてクンクンと自分の腕を嗅ぐ。
「柔軟剤?」
「いや、多分アーデルのだ」
「アーデルハイトの?」
「そう。何かって言うと僕を羽交い絞めにするから、移ったんだと思う」
昔からの癖のようなもので、実際は怪我の絶えない炎真を心配した抱擁のことだ。
「それでナッツ、この前迎えに来たアーデルハイトに駆け寄ったのか」
今も炎真の膝の上でゴロゴロ喉を鳴らすナッツは、すっかり炎真の匂いを気に入っている。彼の匂いを察知すると、飼い犬よろしく玄関へ駆けて行くほどだ。以前、ナッツが寝ている間に炎がトイレに立った際、迎えに玄関前へやってきたアーデルハイトへ飛びついたことがあった。炎真と間違えたのなら、それも納得だ。
「……ちょっと気を付けよう。ナッツに間違われるほど匂いが移ってたなんて」
恥ずかしい、と呟いて炎真は腕で口元を隠す。
綱吉は何となく自分の腕を持ち上げ、クンと鼻を動かした。

雲雀恭弥は良い匂いがすると思う。これは綱吉個人の感想で、他の誰にも言ったことがないので同意をもらったことはない。廊下ですれ違ったときとか、こちらを見下ろす髪が頬に触れたときとか、不意に鼻を擽る香りは、不快にはほど遠い。
「雲雀さんも香水つけてるんですか?」
屋上で一人、放課後の空を見上げていた綱吉を、足を跨ぐような位置で見下ろしてきた雲雀。肩にかけた学ランが垂れて、綱吉の腕に触れた。またあの良い匂いが鼻孔を撫でて、炎真との会話を思い出した綱吉は思わず訊ねていた。
雲雀はキョトリ、と黒い目で一度瞬きをする。
「……それは、校則違反だ」
「で、ですね」
「何、香水つけたいの?」
「いや、良い匂いがしたので……」
単純な興味だが、そこまで言ってなんだかとんでもないことを言ってしまっている気がしてきた。サッと頭から血の気が引いて涼しくなる。
笑顔のまま青白くなる綱吉を見下ろして、雲雀は「ふうん」と腕を組んだ。それからさらに腰を曲げて、綱吉と距離を詰める。ひえ、と首を竦める綱吉を気にせず、雲雀はクンと鼻を動かす。
「君だってそんなに悪くないと思うよ。ロールも、君の匂いに気づくと寄っていくし」
「え、そうなんですか……?」
それは初耳だ。そう言われてみれば、雲雀と遭遇するとき、先にロールと出会ってから持ち主と顔を合わせることの方が多いかもしれない。今だって、先にロールが膝に乗ってきて、それを追うように雲雀が姿を見せたのだ。そんなロールはナッツと一緒に日向ぼっこに夢中だ。
「まあでも」
ヒョイと身体を離して、雲雀はロールを持ち上げる。ロールを胸ポケットにしまった彼は、ヒラリと学ランを翻した。
「そんなに香水をつけたいのなら、十年後に僕が選んであげる。それまでは許さないから」
どこか楽しそうに口元へ笑みを浮かべ、それだけ言うと雲雀は屋上を去って行く。
残された綱吉はゴロゴロ喉を鳴らすナッツを撫でながら、雲雀の言葉の意味を図りかねて首を傾げた。
帰宅後、そのことを相談したリボーンからは、「少しは本を読め」とイタリア語と英語の洋書を頭に積まれることになる。
×
「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -