てづくり(211018)
屋上のフェンス近くに級友と並んで座って、弁当を開く。今日のメニューは昨日の夕飯の残りの肉料理と、レタスとミニトマトを並べた簡易サラダ。母の特製の肉料理は美味しいのだ、と級友に自慢する言葉が唇を動かし、気の抜けた笑みを浮かべた。
「……」
給水塔の上に膝を立てて座り、その一連の様子を眺めていた男、雲雀恭弥。彼は頭に黄色い小鳥が乗ったことを察しながらも、特にアクションは起こさない。じっと、肉を頬張ってモグモグ動く頬を見つめる。
「……小動物」
沢田綱吉を小動物と称したのは、他でもない雲雀恭弥だ。それは偏に、彼の弱気面を見せながらも懸命に足掻くがゆえに見せる強さを評価してのこと。
しかし如何して、今足元に見える間抜けな面もまさしく小動物に総称される小さな生き物のようだ。
勉強は苦手。運動も苦手。学校の終了を告げるチャイムの音が好きで、可愛らしい女子の笑顔も好き。友だちとおしゃべりして、母親の手作りに頬を緩める姿が、何より似合うただの中学生。
それもまた、小動物の名詞がぴったり当てはまる人間、沢田綱吉である。

「ヒバリさん?」
数か月ぶりに雲雀が顔を見たとき、彼の男は一人暮らしを始めた部屋の中で膝を抱えて座り込んでいた。
「お久しぶりです。あれ俺、部屋教えてましたっけ?」
ヘラリと笑って見せるが、いつもの覇気がない。彼の家庭教師から大体の状況を聞いていた雲雀は、勝手に開いた窓からヒョイと室内へ身を滑らせた。
「赤ん坊から聞いた」
「リボーンらしい」
膝につけていた顔を上げた綱吉は、お茶を入れるからと立ち上がった。
「別にいらない。長居するつもりもない」
「そう、ですか」
少し残念そうな声色。弱弱しくて、いつかの戦いの様子を思い出す。
状況は違うが、似ているところはあるのだろう。そのときと同じくらい、綱吉の心は迷いの渦中にある筈だから。
「山本武がプロ入りを断ったってね」
「……」
「並盛はその話題で持ち切りだ」
綱吉はなにも答えない。答えないまま、俯いた。
夕暮れ時、綱吉の足元には黒い影が落ちている。雲雀は真っ赤な夕陽を背後に背負っているので、伏せた彼の表情は見えない。それにムッとした感情が沸き上がって、雲雀は腕に下げていた袋へ手を入れた。
「顔上げな」
「へ――むぐ」
ポカンと開いたままの口へ、間髪入れず物を突っ込む。一瞬喉から変な音が聴こえたが、気にせず吐き出させないように、顎と頬を手の平で掴んで覆った。ミシミシ、と顎の骨が軋む音がしたが、雲雀が気にすることではない。
一分ほど時間をかけて口の中のものを噛み砕き、ゴクンと綱吉の喉が上下した。そこでやっと、雲雀は手を離す。
「……これ」
ポカン、とまた口が開く。雲雀は「うん」と頷いて、机に紙袋を置いた。
「君の母親から。手作りの肉団子」
それは一部に過ぎず、一週間分のおかずが数種類、タッパーに詰め込まれている。
「どうして……」
「頼まれた」
誰に、とは雲雀は言わなかった。綱吉も聞かなかった。
紙袋を見つめる綱吉の瞳から、ポロリと雫が一粒落ちる。
獄寺隼人はとっくにイタリアへ留学している。笹川了平も、イタリアのスポンサー企業と契約を結び直し、クローム髑髏もイタリア留学のため語学勉強中。ランボはイタリアへ戻っており、六道骸の行方は知らないが想像は間違っていないだろう。
「僕は、日本を、並盛を離れるつもりはない……でも、たまになら持って行ってあげるよ、君の母親の手作りおかず」
綱吉はいつの間にか座り込んでいて、俯むかせた目元に手を押し当てていた。
「……ヒバリさん、甘やかしすぎじゃないですか……?」
「哲にも言われたよ、僕は小動物に過保護らしい」
きっと草壁の言った小動物とは、黄色い小鳥や針鼠のことだろうが。その微妙な勘違いを察したのか、綱吉は小さく噴き出した。
「ありがとうございます。……おいしいなぁ」
目尻に浮かんだ雫を指で払い、綱吉は顔を上げる。膝を曲げてそれを覗き込んだ雲雀は、満足げに口元を緩めて頷いた。
「せめてそれを食べるときくらい、そんな顔で笑っていなよ、小動物」
「……どんな顔してます?」
ヒクリ、と頬を引きつらせて綱吉は雲雀の目を見つめ返す。口元へ手をやった雲雀は――綱吉曰く、黄色い小鳥や針鼠を見つめるように――目を細めて、フワフワとした髪に指を絡めた。
「小動物らしい、間抜けな顔」
酷い、と綱吉はショックを受けたように顔を顰める。中学生時代の調子で声を上げる綱吉に、雲雀はすっかり満足して笑みを浮かべた。
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