わがまま(211011)
※怪物づかいツナ

ツナは酷く後悔していた。何をって、あの極悪怪物ヒバリンを易々と自宅に入れてしまったことだ。
隣町を蹂躙していたヒバリンを、怪物づかいの末裔として倒したツナ。初めて自分の頬に一撃を入れたツナに対し、真名を暴いて魂を縛る方法で雪辱を果たそうとしたヒバリン。彼がツナの前に再び姿を現したのは、つい一か月ほど前のことだ。
僅かな油断で侵入を成功させたヒバリンはこの一か月、ツナを家政婦のように扱って悠々自適な生活を送っていた。家主はツナの筈である。我儘放題な怪物へ文句を言おうにも、「文句があるの?」と静かな声と鋭い視線を浴びてしまうと、元来気弱なツナは何も言えない。
「でも可笑しいよな!」
今日も今日とてヒバリンのリクエストでハンバーグを捏ねながら、ツナは叫んだ。べしゃ、と生肉が俎板の上で泥団子のように潰れる。カーテンを閉め切った薄暗いリビングで椅子に揺られながらうとうとしていたヒバリンはピクンと肩を揺らした。
「僕の眠りを妨げるなんて……どうなるか知ってるかい?」
浅くゆるゆるとした眠りから覚まされて、不機嫌そうに顔を顰めたヒバリンがツナの背後に立つ。
思わず背筋を伸ばしたツナは「申し訳ございません!」と涙目で声を震わせた。
プルプル震えるツナを見下ろして、ヒバリンはちょっと視線を横にずらした。それから持ち上げていた手を下ろして、リビングへ戻って行く。
居候二日目で自分好みの薄暗さを保てるよう、ヒバリンはリビングを改造してしまった。それだけじゃない。寝室のベッドだって殆ど占領してツナの寝る場所なんてほんの少ししかないし、三食の食事全部とまでいかないもののおやつは大抵ヒバリンの好みのものを強制される。お陰で食糧保存庫はヒバリンの好物であるハンバーグ用の肉とココナッツが半分を占めていた。
「……ヒバリン、いつまでいるんだろう」
肉を捏ねる作業を再開させながら、ツナはぽつりと呟く。呟いてみたものの、ヒバリンがツナの真名を聞くまでは梃でもこの家を出て行かないだろうということはもう身に染みて理解していた。だからと言って真名を教えてしまえば、それはそれで後が怖い。
「はあ」
「ねぇ」
ツナはピャッと肩を飛び上がらせた。リビングで昼寝の続きをしていると思ったヒバリンが、いつの間にかまたツナの背後に立っていたのだ。
「いつまで捏ねているのさ。あまり捏ね繰り回すと、肉が固くなる」
「あ、はい」
「そもそも、夕飯の支度をこんな時間からしてどうするのさ」
時計の針はおやつ時を示す。ヒバリンの視線と一緒に時計を目で追って、ツナは肉の油で汚れた手をタオルで拭った。
「俺、手際が悪いから。ハンバーグなんて手の込んだもの、作るのに時間がかかるんですよ」
「知ってる。でも初めてじゃないんだし、そろそろ慣れても良いんじゃないの?」
「今日はちょっと多めに作ろうと思って」
ヒバリンは好物だけあって、二日に一度はハンバーグをリクエストする。肉はそこそこ高価だしツナが不器用なこともあって、一週間に一度で妥協してもらっている。今日は村で数少ない友人から肉をいつもより多く分けてもらったので、どうせならヒバリン用にたくさんハンバーグを作ってあげようと思ったのだ。
それらをツナが、時々時系列を行ったり来たり、余計な補足を入れながら説明すると、ヒバリンは鋭い目を丸くした。
「……君って」
「はい?」
「……君ってバカだね」
「な!」
いきなり罵倒されるのは初めてではないが、今のは脈絡がなさすぎる。
「せっかく人のために好物を作ろうとしてるのに!」
「お腹いっぱいハンバーグが食べられるのは良いね。ココナッツジュースもあると尚良し」
「そっちは勘弁してくださいよ。こんな田舎じゃ、ココナッツは中々手に入らないんです」
以前も説明して、一応納得をしてもらったことだ。
む、と口元をへの字に曲げたヒバリンは、ツナの言葉に不満そうだ。
「お城ならあるんでしょ? ならご飯はそっちで食べたら良いじゃないですか」
ヒバリンの元々の根城なら、ココナッツは自生していたしハンバーグだって配下の蝙蝠がツナより何倍も美味しいものを作ってくれていた筈だ。他でもない、ヒバリンがそう言っていた。なら、こんな片田舎の小さな家で文句を言わず、さっさと帰ったら良いのにとツナは思う。
しかしヒバリンはますます顔を険しくした。ツナの提案が不快だと言うような表情に、思わず肩を竦めてしまう。
「ヒバリン?」
「僕のことは僕が決める」
ズ、とヒバリンはツナとの距離を詰めた。ツナの腰がキッチンの台にぶつかり、ボウルが揺れる。ヒバリンは片手を台の縁に置き、ツナの身体を囲った。
「僕が何を食べようが、どこで寝ようが、僕の勝手だ」
「そ、それはそうかもしれないですけど……」
極悪怪物なんて呼ばれていたヒバリンだが、一緒に暮らし始めてからツナは、『極悪』なんて言葉で形容できるほど単純な怪物ではないと感じていた。
(傍若無人というか、我儘というか……)
「分かった?」
リボじいから渡された辞書の言葉へ意識を向けていたツナは、ハッと我に返った。いつの間にかヒバリンの顔が鼻先数センチまで迫っている。いつかと同じような体勢に、ツナの身体の芯がカッと熱くなった。
「わ、分かりました! ヒバリンのやることに口出ししません!」
殆ど悲鳴のようにツナが叫ぶと、ヒバリンは何かに満足したように眉間の皺を緩めた。それからサッと身体を離す。片側を腕で囲まれただけだったが、掴まれていた喉を離されたような解放感。ツナはストンと腰を床に落としてしまった。
「分かったら、さっさとハンバーグの仕込みを終わらせて。それからおやつ用のミルクを用意してね」
欠伸混じりにそう言い捨てると、ヒバリンは居心地よい薄暗がりのリビングへ戻って行く。
「……ほんと、よくわからない」
クラクラする頭へ手をやり、ツナは大きく息を吐いた。
いくら雪辱を受けた相手の弱みを握るためとはいえ、物足りないご飯を食べ、狭いベッドで眠る毎日を送るなんて、ヒバリンは本当に変わった怪物だと思う。
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