08:それだけで、しあわせ
『幸せ』とは、如何様なものか。
「そりゃ今みたいなときだろう!」
胸を張って声高々に、スカルは断言する。長年苦しめられた呪いから解放されたことこそ、最大の幸福だと。しかしすぐに顔を曇らせ、「先輩たちのパシリもお役御免になれば、さらに言うことなしなんだが」とぼそりと呟いた。
膝を抱えてそれを聞いていた炎真は、コテンと首を傾げた。てっきり巨万の富や権力を主張すると思っていたのだ。
「そんなもん?」
「そんなもんさ。お前だって分かるだろう?」
スカルの視線を受けて、炎真は思わず目を揺らした。
身体を抑えつけ、暗闇へ引きずるブラックホール。誤解から与えられた偽りの歴史は、紛れもなく呪いだ。確かに、その頃と比べれば今は随分と楽に呼吸ができる。
「……そうかも」
ふ、と口元を和らげる炎真を見て、スカルはニカリと微笑んだ。
「その顔を見りゃ、誰だって分かる」
「え?」
「そら、さっさと行けよ」
スカルは短い足で炎真の脛を蹴った。弱い力は弁慶とて泣かないほどだが、炎真は急き立てられるように立ち上がる。
「せっかくこの俺さまが見立てた服装なんだから、失敗は許されねぇぞ」
「そんなんじゃないよ」
思わずと言った風に苦笑を溢し、炎真は鞄を掴む。それから小さく手を上げた。
「ありがとう、スカル。行ってきます」
とんたん、軽い足音を立てて炎真は外へ駆け出していく。窓の縁に飛び乗って、スカルは外の様子を見やる。
門で待っていた栗色の髪が、炎真の赤銅色の髪を見つけて嬉しそうに揺れた。
「なーんか最近雰囲気変わったと思ったら」
微笑ましくそれを眺めていたスカルの傍らに、ヌッと顔を出したのは砂漠を代名詞に持つ術士。スカルはチラリと視線だけ横にやって、彼の動向を推し量る。そんなスカルを気にせず、頬杖をついたジュリーは肩を並べて歩き出す二人を見て目を細める。
「……幸せそうで良かったぜ、エンマ」
フッと崩れた横顔は、時たまアーデルハイトが炎真に対して見せる顔に似ている。
スカルは内心ホッと息を吐いた。何だかんだ炎真を揶揄うことをしながらも、シモンという名で集まった彼らはボスを大切にしているらしい。
「ちょっと嫉妬しないと言えば嘘になるが、まぁエンマが幸せなら俺らだって文句ないんだぜ」
スカルの内心を読み取ったように、ジュリーは紫の頭をポンポン撫でた。素直に言葉として表さない彼は、確かに術士らしいのだろう。たまに生きづらいだろうなぁとこっそり思いながらも、スカルとて概ね同意である。
大切な人が幸せなら、それだけで幸せなのだ。
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