すべて、闇にあげればよかった
(鹿鳴、手天)
死んだのは、恋心
咎なくて死す・漆
シカマルは荷造りに追われていた。
テマリの里帰りに同行することになったのだ。
暫くは滞在する予定で帰って来るのはかなり先の話だ。
必要品を鞄に詰めていくが向こうで買える物もあるから、量はそれほどない。
疲れてきたシカマルは散らかる物をそのままに、煙草を取り出した。
「窓開けろ」
脂がつく、と何時の間か部屋の入口に立っていたシカクが眉を潜める。
シカマルは窓を開けると、そこから身を乗り出す体勢で煙草に火を点けた。
背中に当たる視線を感じながら、濃い紫煙を吐く。
「何かあったか」
「あ?」
急に声をかけられたものだから、思わず柄の悪い声が出てしまったが、互いにそれを気にした風はない。
「落ち込むと吸うからな、お前」
猿飛上忍の時もだったと言外に含ませて薄く笑うシカクに、シカマルの眉間の皺が深くなる。
しかし彼は呑気に、程々にな、と言い捨てて階下へ降りて行った。
部屋で一人煙の燻る煙草を片手に、シカマルは呆然と空を仰いだ。
羊雲が点々と浮かぶそこを、真っ白な番の鳥が飛んでいる。
シカクの言葉は、正確にシカマルの心情を射ていた。
正直、煙草の味なんて解らない。
苦味しかないそれを美味いと思える筈もなく、なら何故吸っているのかといえば、頭がすっきりするからという理由に他ならない。
メンソールの少ない、師愛用の煙草。
気が滅入る時は無意識に手が伸びてしまう。
それが、まだアスマの影を追っているようで。
酷い自己嫌悪に陥る。
「……」
告白なんてするんじゃなかった、と今更な後悔を紫煙にのせて吐き出した。
決められた結婚。
全てはお膳立てされており、反論の余地すらなかった。
なら最後くらい、と欲をかいたから。
「…超馬鹿」
あんな所で泣いて、抱きついて。
誤解してくれと言わんばかりの。
いいんだ、そんな優しさは。
君を困らせると解って言った、自分が悪いのだから。
最後の紫煙を吐き出し、シカマルは煙草を灰皿で揉み消した。
「シカマル」
また部屋に現れるシカクを一瞥する。
「何だよ」
訊ねる息子の何処に呆れたのか溜息を吐いて、シカクは来客だと告げた。
「んな顔見せんじゃねぇぞ」
意味不明な言葉を残し、シカクは顔を引っ込める。
それに首を傾いで、シカマル立ち上がった。
「シカマル!」
「!」
しかし部屋に飛び込んできた来客に飛び付かれ、また床に座り込んでしまう。
今度は強かに臀部を打ち付けて。
来客は金色の髪――ナルトだった。
「ナルト、お前何で…」
何でここに。
そう訊ねようとしたシカマルを黙らせたのは、ナルトの水に濡れた瞳。
「好き」
真っ直ぐとこちらを見つめて彼は言う。
シカマルは耳を疑った。
そんな馬鹿な。
そんな都合の良い話
「何言って…」
「だから!」
背けようとした顔をナルトに掴まれ、鼻先が触れ合う程に近づけられる。
「俺も、お前が好きなんだってば!」
赤らんだ頬と潤んだ瞳が、その言葉は嘘じゃないと物語っていた。
バクバクと鼓動が五月蝿い。
頬に添えられるナルトの手に己のそれを重ねる。
重なる体温が、熱い。
「マジかよ…」
「マジだってば」
「夢みてぇ…」
「夢じゃないってば」
「じゃあ…」
キスしていいか?
そう訊ねた癖に答えを待たず、唇に噛みついた。
「俺さ…」
啄む唇を離してナルトは呟く。
「待ってるから。シカマルが補佐として俺の隣に立ってくれるの」
「ナルト…」
「だから…」
これで最後。
ナルトから送られた口づけを深くして、シカマルは彼の体を床に沈めた。
***
「いいのか?」
「うん」
満面の笑みを浮かべる彼女にそうかと頷いて、我愛羅はそっと離れた。
それを横目で捉えつつ、テンテンは火影岩の上から里を見下ろす。
大きく吸った空気が体を満たす感覚に、胸が透く。
「…テマリさん」
青い空を見つめ想うのは、愛しい人。
浮かぶその笑顔は不意に霞んだ。
「これからもずっと、大好きです」
だけどもう会うことはないのだろう。
(だって…)
自分の名を呼ぶ声がする。
聞き覚えのあるそれに振り返ると、視界が歪んだ。
(会ったら泣いてしまうもの)
柔らかい頬を、透明な雫が滑り落ちて行く。