硝子細工のように脆く
(手天)



盛上り始める酒宴の中、席を立つ背中にネジは声をかけた。

「テンテン?」

「…あはは、酔っちゃった」

あまり酒に強くないから顔は真赤で足は覚束ない。
それを心配してか送ると申しでてくれたネジとリーを断って、テンテンは一人店を後にした。





咎なくて死す・弐





藍色の夜空に浮かぶ月が道行く自分を見下ろしている。
体を撫でる風が心地よくて、アルコールも手伝ってか高揚した気分でテンテンはそれを見上げた。



――砂のテマリだ



ふと浮かんだのは、先程の酒宴での言葉。
酔いも興も冷め、テンテンは立ち止まると目についた小石を蹴飛ばした。

有り得ないと、何度も自分に言い聞かせる。
有り得ない、あの人に限って。
自分に何も言わず、結婚だなんて。
テマリは、テンテンの恋人なのだから。

「…テマリさん」

けれど拭い切れないこの不安は何なのだろう。

彼女と付き合い始めたのは、ほんの二三年前だ。
告白されてそのままなし崩し的に唇を奪われて…

(って何思い出してんのよ!)

冷めた筈の熱が振り返す。
人気がない場所で良かった、なんて今更だ。

クールに見えて実は情熱的な彼女は、自分に酷く優しい。
髪を鋤く指も、瞼に落とされた唇も、映してくれる瞳さえ、こちらを甘く溶かすようで。

「テマリさん…」

高鳴る胸に手を当て目を閉じれば、彼女が笑い返してくれる様が容易に想像出来た。

「好きです」

この告白が風にのって届けばいい。
そう願いをこめて呟いた。

不安はまだ消えていなかったけど、幾らか気持ちは落ち着いた。
次に会ったら真っ先に抱き締めてもらおう。
それで文句を言うのだ。

それを楽しみに、テンテンは軽い足取りで夜道を歩いた。



***



そう、文句を言うつもりだった。
なのに。

「…すまない、テンテン」

そんな顔されたら、

(何も言えないじゃないですか)

深く項垂れてテマリは謝罪の言葉を繰り返す。
辛さを押し込めたその言葉はテンテンの涙腺を緩めるには十分過ぎる程で。

「…しょーが、ないですよ」

里の為なんでしょ。
弟さんの為なんでしょ。
貴女は悪くないですよ。
だから、だからどうか。

「…泣かな…で…」

頭で思い浮かべた言葉は、言えなくて。
代わりに嗚咽が漏れた。
子供みたいに声を上げて泣いたら、大好きなその腕で抱き締められた。
自分も腕を回して、互いに強く抱き合う。

「すまない…すまない…っ」

潤んだ声が耳元で囁く。
少し体を離して見つめ合って、どちらからともなく唇を重ねた。

「…すまない、テンテン」

謝らないで。
こちらこそ、ごめんなさい。
耐え症がなくて。

貴女を笑顔で、送ってあげられなくて。
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