時の流れは酷く無常で
(鹿→←鳴前提鹿手)
カラン、と。
コップの中の氷が音を立てる。
騒がしい店内はそこだけ不自然な沈黙に包まれた。
「…シカマル」
同期のメンバー総勢十一人が凝視する中、青年は深い溜息を吐く。
「俺、今度結婚する」
淡々と言い放つシカマルは、グラスの中で液体に浮かぶ氷を見つめていた。
咎なくて死す・壱
久々の集合だった。
各々が上忍や中忍となり忙しい中、同窓会のノリで設定された飲み会。
何故その話になったかはよく覚えていない。
大方、また彼女に振られたと絡むキバにシカマルがウザいと呟いて、キバが酔った勢いで言ったのだろう。
ならお前はどうなのだ、と。
彼に長年想いを寄せる身としても気になる話題で、ナルトは内心ドキドキしながらシカマルを見やった。
黙ったままグラスを見つめるシカマルの横顔に何故か駆り立てられた不安は見事的中し、冒頭に戻る。
「…へぇー、おめでとうだってば!」
気がつくとナルトはそう言っていた。
四方から突き刺さる視線に気づかない振りをして、グラスの酒を煽る。
アルコールを急に摂取した所為か頭がくらくらしたが、気にしない。
「相手は誰だよ」
ナルトを一瞥したキバはシカマルの肩に腕を回した。
その頃にはもう周囲の喧騒も戻っており、ナルトは内心ホッとする。
酒を煽ったシカマルは何処かを一瞥して、その漆黒をナルトに向けた。
それに笑い返したナルトは視線を逸らして、グラスを掴む彼の手を見つめる。
一種の逃げだ。
彼の瞳を真正面から見つめ返せば、何かが溢れてしまいそうだったから。
「砂のテマリだ」
小さく、しかしはっきりと。
耳に届いた名前は頭の片隅で予想していたもので、聞いても驚きはしなかった。
***
夜も更ける頃、やっとお開きになった。
途中から全く酔えなかったナルトは、店を出た途端吹き付ける風に火照った体を冷された。
(なんで…)
ちらりと隣を歩く男を睨むが、相手は気がつかない。
今一番関わりたくないのに帰り道を共にするシカマルは、夜空を見上げ煙草を吹かしている。
相変わらず様になる。
「ナルト?」
じっと横顔を見つめていたら、それに気がついたシカマルに顔を覗き返された。
火照る頬を隠す為に視線を逸らす。
「け、結婚!」
視線に耐えきれずナルトは上擦る声で言った。
「おめでとう」
「ああ…」
シカマルは今思い出したといった風で頷く。
「テマリの姉ちゃんだっけ?やっぱ付き合ってたんじゃん」
「付き合ってねぇよ。好きでもねぇし」
「は?じゃあなんで…」
「政略結婚」
前方を見据え、シカマルは紫煙を吐き出した。
今回のことは全て、砂隠れとの友好の為、里間で取り決められたこと。
風影の血縁であるテマリと火影から信頼の厚いシカマルの婚約は、一大ニュースとなるだろう。
そこに二人の意志がなくとも。
「なんだってば、それ…」
ナルトは愕然とし、思わずその足を止めた。
少し離れた所でシカマルも立ち止まり、小さくなった煙草を足で踏み潰す。
「…お前は、それでいいのか?」
「何が」
「好きな奴とか、いねーの?」
何馬鹿なことを訊いているのだろう。
これ以上傷を抉る気か。
「いるぜ」
シカマルはナルトを見つめ返した。
きっぱりとした言葉。
そこに彼の意志を読みとれるからこそ、理解できない。
「ならなんで」
「反発すんの面倒臭ぇ」
「おま、好きなんだろ!」
思わずナルトは叫んだ。
好きな人の背中を押してどうするのだろう。
馬鹿だ、自分は、
「超馬鹿」
自分を罵倒する筈の言葉は目前の男に呟かれ、彼の手が目元を這う。
「何で泣いてんだよ」
言われて手で頬に触れれば、確かにそこは濡れていた。
濡れる手を呆然と見つめていると、シカマルにきつく抱き締められた。
「好きだ」
囁かれた声に耳を疑う。
けれど彼は少し体を離すと微笑んでまた繰り返すのだ。
「好きだ」
言わなければと心が叫ぶ。
応えなければ、と。
「俺」
「悪い」
ナルトの返事を聞く前にシカマルはあっさりと腕を解いた。
拍子抜けするナルトに苦笑して彼は頭を撫でてくる。
「気持ち悪いだろ。同性でさ」
「シカ」
「この結婚がお前の火影就任に役立つらしいからさ」
断れなかったのだと、シカマルは言う。
手を離して、距離をとって。
「傍いることだけは、許してくれ」
月明かりに照らされたその表情で、全てを理解した。
だから何も言えなくて、堪らなくて。
ナルトはシカマルに抱きついた。
驚きながらも腕を回してくれる彼が、やっぱり自分は好きだ。
「…勘違いするだろ」
頭を撫でながら呟かれた言葉に、
(勘違いしちまえってば)
そう言えない自分が、悔しかった。