風に溶けてララバイ
――酷く懐かしい歌が、聴こえた気がした。
「シカマル」
入るよ、とノックをして返事を待たずに扉を開き、チョウジは白一色の病室に足を踏み入れた。
途端、強い風が体に吹き付ける。
カーテンが派手に舞っていて、窓が全開なのだと知り、溜息を吐いてそれを閉めた。
大人しくなるカーテンを纏めて脇に避けると、澄んだ青空が露になる。
それを呆然と見つめベッドで上半身を起こすシカマルの手には、あの首飾りが握られていた。
蒼の硝子玉にこびりついた血は、ナルトのものだ。
それを見る度、チョウジは胸が締め付けられる想いがする。
結局、ナルトは救えなかった。
その事実が彼を含めた忍達、特にこの青年に重くのし掛かっているのだ。
シカマルの怪我は、貫通こそしていたものの大事には至らなかった。
それがせめてもの救いだ。
「チョウジ」
シカマルが口を開く。
最近めっきり口数の減った彼の、久方ぶりの声だった。
「頼みがある」
***
墓の前に立ち、シカクは吹き抜けて行く風を感じていた。
「…ミナト」
親友の名を呼び、先程花を供えたばかりのその墓を見下ろす。
「俺ぁよ…」
続く言葉が浮かばない。
謝ればいいのか、それとも。
「あ、奈良上忍」
声に顔を上げると、花束を携えたカカシが立っていた。
シカクに会釈して彼が見下ろす墓にそれを備える。
「…奈良上忍も先生に、」
隣に並んだカカシはそこで言葉を切った。
恐らく彼も何と言って良いか解らないのだろう。
「…さぁな」
適当にはぐらかして、シカクは空を見上げた。
青空に浮かぶ雲は風に押されてのんびりと漂っている。
何処からか、懐かしい歌が聴こえてきた。
***
「おめでとうございます」
有難う、と赤ん坊を腕に抱き紅は嘗ての教え子達に笑顔を向けた。
「可愛い、ですね」
頬を朱色に染めヒナタはその小さな手を指でつつく。
応えるように短い手を伸ばしてもがく様子に、自然と笑みが溢れた。
「あの子が下忍になったら、」
はしゃぐキバ達を一瞥して、チョウジは紅に微笑みかける。
「担当上忍になれるよう、頑張ります」
「あら、じゃあ…」
嬉しそうに、けれど何処か哀しそうに紅も微笑んだ。
チョウジは頷いた。
「さっきアイツから頼まれました。やっと覚悟を決めたみたいです」
「そう…」
赤ん坊が大きな泣き声を上げる。
抱いていたキバはその原因だと責められ、助けを求めるような視線を紅に向ける。
その様子に紅とチョウジは顔を見合わせ、くすりと微笑んだ。
「貸しな」
キバからしゃくり上げる赤ん坊を受け取り、優しく抱き上げた。
ゆらゆらと腕を揺らしながら、歌を口ずさむ。
次第に眠り始める赤ん坊と共に、チョウジ達もその歌に聴き入った。
懐かしい歌が、風にのって行く。
***
「態々そんなことしなくても」
「ねぇ?」
「うっせー」
「似合ってるよ」
唯一誉めてくれたチョウジにありがとよ、と返しシカマルは上着を翻した。
風に舞うその背には『六代目火影代理』の文字。
本当の六代目火影はアイツだと、彼は言って聞かなかった。
綱手は口許を綻ばせ、では、と集まった忍達を見渡す。
「六代目火影代理は奈良シカマルで異存無いな」
盛大な拍手がその答えだった。
胸元であの首飾りを煌めかせ、シカマルは空を見上げた。
彼の瞳によく似たそこを、雲がのんびりと漂っている。
(ナルト)
ふと、あの無邪気な笑顔が浮かんで、思わず頬が緩んだ。
――………
ふと、酷く懐かしい歌が聴こえた気がして辺りを見回したシカマルは、キバに強く背中を叩かれた。
「何ボーッとしてんだよ、六代目(仮)」
「何だよ、(仮)って」
「代理だから(仮)」
「…キバ、そんなにSランク任務が欲しいか」
「は?手前、ふざけんなよ!」
「安心しろ。死ぬようなやつじゃない」
ギャーギャー騒ぐキバ達を見つめ、サクラは苦笑を漏らす。
(これだから、男達は)
何と無く浮かんだ歌を口ずさむ。
青に溶けて消えていくそれは、子守唄。
いつか、彼らの哀しみが少しでも小さくなりますようにと。
そう淡い願いを込めて、風にのせた。
何時か生まれ変わっても
君と出逢えますように
君と恋ができますように
君の手を繋げますように
離さないで、いられますように
2011.08.25