はじまり
平和は、突然終わりを告げる。
突如宇宙より現れた、所属不明の謎の艦隊。それは、未知の機械を搭載した巨大な戦艦の群れだった。意志を持つ戦艦――それは生物としての群れを称するに相応しい侵略者たちであった。
圧倒的な技術力、戦闘力の差の前に、人類はなす術もなく蹂躙される。一時、世界は『滅亡』の未来を見た。――だが、たった一つの希望が残されていた。
それは、人類との対話に成功し、人類との共存を望んだ、侵略者たちの中にごく少数いた『反逆者』たち。『彼ら』は、自らの姿を小さな指輪に変えて、その心と力を、手にするに値する人の子に託した。かくして、人類の生き残りをかけた最後の戦いが始まったのだ。

「――そして、その少数の『彼ら』の指輪に適合した『力を手にするに値した人の子』たちが集まるのが、ここ第一軍画」
今日から君も僕らの仲間だ、とその青年は微笑んだ。柔らかい萌黄色の髪が揺れ、隠れていた黒い眼帯を覗かせる。その下にも、左目と同じペリドットがあるのだろうかと少し想像して、駆は小さく頭を下げた。ちらと視線を横にやると、凛とした琥珀の瞳と口元に浮かんだ溌剌とした笑みが見える。彼も駆と同じ、今期の新人なのだろう。
駆の視線に気づいたのか、琥珀の瞳がきょとりとこちらを向いた。ドキリと焦るが、少年がニコリと柔らかい笑みを浮かべてくれたので、駆はずっと見つめていた気まずさもなくほっと胸を撫でおろした。
形式的な賛辞、証書授与――式がようやっと終わるころには、駆の肩は岩のように固くなっていた。ゴリゴリ肩を解しながら居住地区へ向かっていると、背中に声をかけられた。
「ねぇ」
「!」
駆は思わず目を丸くして立ち止まる。声をかけてきたのは、先ほどじっと見つめていた琥珀色の少年だった。彼の背後には、色水を固めて宝石にしたような美しい少年が立っている。無表情な少年はじっと駆を見つめており、その観察するような視線はいっそ睨みつけているのではと感じるほどであった。
「さっき式で一緒だったよね」
琥珀色の少年は、背後にあるそんな視線に気づいていない。駆は居心地悪さを感じながら、コクリと頷いた。
「今から指令室に行くんだろ。道が分からないなら、一緒に行こう」
「へ」
指令室、とは何の話だろう。駆はこのまま自分の部屋へ行って夕食までひと眠りするつもりだった。少年は少し不思議そうな顔をしながら、「春さんが言っていただろ」と言った。
「春さん?」
「あれ、知らなかった? 初めに喋っていた人、弥生春さん」
あの眼帯の青年か。駆が納得する間に、少年は言葉を続けた。
「俺たち適合組は、式が終わったら指令室へ来るようにって――聞いてなかったの?」
少年が困ったように眉根を下げた。駆は何も言わず、一度肩を竦める。少年はクスリと笑った。
「俺は神無月郁。君は?」
「師走駆。ごめん郁、良ければ指令室まで一緒に行ってくれないかな」
「勿論」
人の良い少年で良かった。駆は心底安堵した。
式には他にも多くの新人たちが集まっていたが、その中でも招集を受けた適合組は駆と郁の二人だけだったらしい。適合組は腕章をつけていたから、すぐに分かったのだ。この腕章にそんな意味があったとはすっかり知らなかった駆は、気まずさをそっと咳払いで吐き出した。
しかしそれならば、駆や郁と同じ腕章をつけたその少年は何者なのだろう。先ほどからずっと郁の傍に立ち、無言のまま道を共にしている。チラチラと駆が見ていることに気づいたのか、郁が「ああ」と思いついたように言った。
「こっちは涙。水無月涙。俺たちの先輩で、俺の教育係なんだ」
「……どうも」
やっと小さく呟き、涙は頭を下げる。同い年ではあるが、適合したのはずっと早かったらしい。
「じゃあ、最年少で適合したのって」
たしか第一艦隊に、十三歳で適合した者がいると聞いたことがある。最年適合齢として、ちょっとした有名人となっているらしいが。
「それは別」
あっさりと涙は否定する。「何も知らないんだね」という嫌味つきである。
「あはは……それは第一艦隊の現隊長だよ。涙は第二艦隊だし」
場を取りなすように、慌てて郁が説明した。「へえ」と駆が頷いたところで、指令室に到着する。涙がまずノックし、室内からの返答を受けて扉を開いた。
「――!」
ちか、と駆の視界が瞬く。部屋にいたのは数人の青年たちだった。その中でも駆の目を惹いたのは、桃色の髪の少年。甘い砂糖菓子のようなその色は、駆の網膜を鮮やかに焼いた。
「駆?」
足を止めた駆を心配して、郁が声をかえる。駆はハッと我に返って、慌てて室内に入った。
部屋に誂えられたソファに三人――うち一人は式で賛辞を述べていた弥生春という青年――。部屋の正面にある机には、宇宙(そら)のように壮大なオーラを感じさせる青年が座っていた。
頬杖をついた青年は軍帽の隙間からじ、と駆たちを見つめる。骨の髄まで見通されてしまいそうなアメジストに、駆と郁は思わず背筋を伸ばした。
「始」春が窘めるように声を上げる。するとアメジストの青年はフッと表情を崩し、一度目を閉じた。
「そんなに固くなるな」
青年が頬杖を外すと、駆と郁はホッと身体の力を抜く。後ろに回した手の平が、じっとりと汗ばんでいた。
「俺は第一艦隊隊長の睦月始だ」
彼が、先ほど郁たちが言っていた最年少で適合者となった人間。ごくり、と駆は唾を飲み込む。カカと音を立てて踵を揃え、駆と郁は同時に敬礼をした。
「先ほど、艦隊への入隊を拝命しました、神無月郁です」
「同じく、師走駆です」
「元気が良いねぇ」
ソファで春の隣に座っていた白い青年が、のんびりとした調子で言った。敬礼をやめ待機の姿勢になった二人へ、白い青年は立ち上がって近づく。ジロジロとあからさまに観察するその様子が居心地悪かったが、動くこともできない。しばらくして、色素が薄い髪の青年が止めるように窘めた。
「で、決めたのか?」
「そんなもの、涙がもう決めているからねぇ」
白い青年の視線を受けて、涙がコクリと頷いた。何のことだと内心駆が首を傾げていると、グイといきなり腕を引かれる。
「なら、俺の担当は君だね」
間近に迫る、砂糖菓子。香りこそしないが、視覚的に甘さが伝わって少し胸やけしそうだ。
「……へ?」
「俺は如月恋。今日から君の教育係だ」
ようこそ、第一艦隊へ――そう付け加えて、恋と名乗った少年はニッコリと笑った。

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