フーガは逃がさない
またお前達かと、白み始める空を背に、綱手は溜息を吐いた。

「師匠、お願いです」

通して下さい。
そんな愛弟子の頼みを聞いてやれない自分が悔しい。

「ダメだ」

再度綱手は首を振る。
目を固く閉じ、唇を噛み締めながら。

「綱手様」

と、チョウジが一歩前へ出た。
自然視線が彼へ集まる。

「僕も、気持ちは解ります。綱手様がナルトの決意を無下にしたくない気持ちが」

自分もそうだから。
彼が自分達の為としてくれたことを無駄にしてしまいたくは、ない。
けど、

「僕が嫌なんだ!」

誰かの為とかいって。
全てはエゴでしかない。
なら、それを貫いたって構わない筈だ。

「…傍に、」

ヒナタがゆっくりと、はっきりと呟く。

「傍にいてくれれば、それだけで良かった」

九尾も英雄も関係ない。
ナルトはナルトだ。
大切な、

「仲間なんです!」

師匠!と勢いのままサクラは叫ぶ。
中忍達の強い視線も集まって、綱手は気圧された。

思わず身を引く彼女を、隣に立つカカシが見つめる。
彼の眼光に当てられ、綱手は寸でで踏み留まった。
そうだ、ここで許可するわけにはいかない。
全て、彼の計画全てが水泡に帰してしまう。



「もう、いいだろう」



ふ、と沸いた声。
驚く綱手と中忍達の間で砂が舞う。
砂、と聞いて思い付く人物は。

(間に、あった…)

綱手の瞳から滴が落ちる。

「間に合ったじゃん」

「ギリギリだろうけどな」

渦になる砂が晴れた時、そこにいたのは我愛羅達砂の三人だった。

「火影、例のものだ」

「…遅かったな」

「すまない、頭の固い御隠居ばかりで。ついでに風の国大名と雷影からも一筆もらってきた」

「…それは、有り難い」

呆然とする中忍を他所に、綱手と我愛羅は何かの巻物を片手に去っていった。

「…どういうこと?」

やっと思考力が戻ってきた中忍達を代表してテンテンが訊ねる。
妖艶な笑みを湛え、テマリが口を開いた。

「山中のが持ってきてくれた巻物があったろう」

名指しされて、いのは首を傾げる。
確かに、前回の任務で資料用にと火影から預かった巻物を風影に渡した。

「あれ実は手紙じゃん」

内容はナルトの処刑を阻止する為に力を貸して欲しいということ。
すぐに我愛羅は上層部を召集し反対の意を示す文書を作成した。
風の国大名と雷影にも、連名を依頼して。

「『風影と雷影の弟の友人及び恩人のうずまきナルトを処刑するとは、火の国は我が国との友好を破棄するつもりか』ってね」

テマリは実に軽く言うが、要は脅しである。
国と国同士の、下手なことをすれば戦争にもなりかねないほど危険な。

「奈良上忍が処刑の時間稼ぎをしてくれたんだよ」

ぽん、とサクラの肩を叩くカカシ。
咄嗟に彼の背中を目で追って名を呼ぼうとしたけれど。
背を向けたまま黙って手を振るその姿に。
言葉を、飲み込んだ。

「…有難うございます!」

腰を折って深々と頭を下げる。
それにも返事をしないカカシにサクラは背を向けた。

「行こう」

おお!

仲間の声がする。
サクラは胸元で拳を握った。
走り出す彼らを、カカシは背中で見送る。

彼らは子供だ。
大人達の作った道で進むしかないほど、無力。
けれど、

(託されたものがあるんだよ、君達には…)

託されたものの為に走れるのは、子供だけだ。



***



懐かしい、歌が聴こえた。
嗚呼、これは子守唄だ。
知らないと首を傾ぐ彼を抱き寄せて、お気に入りの場所で寝転んで。
柄にもなく歌ってやった。
調子の外れた女のそれより汚い歌を、彼は好きだと言った。
いつの間にか腕の中で眠る彼を抱き締めて、自分も寝ていた。
思えば、意識し始めたのもあの頃だ。



***



懐かしい歌が、聴こえた気がしたが、目を覚ましてやっぱり幻聴なのだと知る。
同じ牢に入れられたのだろう、サイに揺すり起こされ、シカマルは溜息を吐きつつ体を起こす。
慌てる彼の理由を察して、シカマルは格子の向こう側に立つ人物を睨んだ。

「なんでここにいる――サスケ」

無表情で佇むサスケは静かに腰の刀を引き抜いた。



それは砂の堕ちる音
耳鳴りにも似た
タイムリミットを告げる
時の音




2011.08.22
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