きえないことば
・「遺品整理」と「音声データ」と「バイタルウォッチ」と「捜査一課バレ」がテーマ(詰め込みすぎなんだなぁ)
・取敢えず一度はやっておきたかった個人情報処理ネタ。
・諸伏警部の動き方がちょっと強引だなと思うけど、二次創作だから赦してほしい。あと漢詩は難しすぎて全カットしてます、ほんと申し訳ない。
・あと某電子機器についての知識がほぼ皆無。WPSでそれっぽい絵があったので勝手に持たせただけ。
・ハロ嫁後、組織も壊滅してそう。


そう言えば、彼の顔をどこかで見た気がしていた。IOTテロの捜査会議より以前に。警視庁の中で、一度だけ。
「あ」と思ったのは、ロッカールームの前でその本人と鉢合わせたからだ。彼――風見は突然立ち止まった佐藤を怪訝そうに見やって、特に用件はないと判断したのかサッサと歩いて行ってしまった。
「佐藤さん?」
「……松田くんの、ロッカー」
「え?」
「いや、違う、伊達さんの、」
「佐藤さん!」
そこは男性用だと高木が止めるのも構わず、佐藤はロッカールームへ飛び込むと目的のロッカーを開いた。以前佐藤が、長野県警の諸伏警部宛の封筒を見つけたときにも開いたロッカー。細かい荷物が乱雑に積み込まれていたが、あのときはもっとごちゃごちゃとしていた筈だ。そう、何かが失くなっている。
「……警察学校の、写真」
先ほど風見は、段ボールを持っていた。あの中に全て回収されているのだとしたら。それが、先日の爆弾事件で存在を示唆された『フルヤレイ』に関するものだとしたら。
ダン、と佐藤はロッカーに拳を叩きつけた。ただでさえ音の鳴りやすい素材で、そんな衝撃を受ければ廊下にまで響く。すぐ隣に立っていた高木は、ビクリと肩を震わせた。
「――人の思い出を、何だと思ってるのよ」
低く呟かれた声は、憤りに満ちていた。

【きえないことば】

「スマートホン、ですか」
「はい、失礼を承知で、お訊ねしています」
諸伏は深々と頭を下げる女刑事に、顔を上げるよう促した。
「以前、あなたの先輩刑事経由で、私に届けてくれる予定だったという、弟のスマホですね」
「はい。伊達刑事と弟君は警察学校時代に同期だったと伺いました」
顔を上げた佐藤は、真っ直ぐとした視線をしていた。彼女の連絡で持参していた穴の開いたスマホを机に置き、諸伏はそっと顎を撫でた。
「このスマホのデータを解析し、弟たちの警察学校時代の情報を探りたいと」
「はい。どうやら伊達刑事の所持していた写真は、全て処理されてしまったようなので」
それは恐らく、彼と同期の松田や萩原も。
「……以前も少し言いましたが、弟は恐らく公安の潜入捜査官だったと思われます。あなた方が探そうとしている『フルヤレイ』という人物も、それほど存在が秘匿されるのならば同じ立場にいるのでしょう。安易に詮索するのは悪手ですよ」
「……それでも」
きゅ、と佐藤は揃えた膝の上で手を握りしめた。
「それでも、それを大切にしていた故人の思い出まで、処分されるべきではないと思います」
「彼らを危険にさらすことになっても?」
「……」
佐藤は押し黙る。潜入捜査官が写真を一つ残らず処理したのは、自身の命を守る一手。それは、刑事である佐藤には痛いほど理解できる。しかし同時に、伊達や松田の仲間としての佐藤が悔しさを訴えるのだ。
口を開いたのは、ずっと佐藤の隣に座っていた高木だった。
「伊達さんも、恐らく松田刑事や萩原隊員も、彼を大切に思っていた筈です。それなのに、その繋がりを全て切ってしまったら亡くなった彼らの想いは……彼らが仲間と呼んだその人物は、どこへ帰ると言うんですか」
伊達も松田も萩原も、そして諸伏の弟も既に故人である。『フルヤレイ』の家族構成は分からないが、ここまで徹底するということは、家にすら写真の類を残していない可能性が高い。国のために生きている彼の、彼らの過去が、この国から消えてしまうことは、本当に正しいのか。多数が是と答えても、高木は否と言いたかった。
「僕は、一緒に思い出話をしたいです」
「高木くん……」
諸伏はゆっくりと息を吐き、一度目を閉じた。それからゆっくりと目蓋を持ち上げ、膝の上で組んだ指を解く。
「基盤が破壊されているうえ、細かい部品が血液の影響を受けて酸化しています。SIMカードも、破損していました。残る希望はメモリーカードですが、それも取り外されていました」
「諸伏警部……?」
「私も、弟の思い出を語り合いたいと思っていたんですよ」
小さく微笑みを浮かべて、諸伏は立ち上がった。
「一つ、心当たりがあります」

「あれ」
「どうした?」
阿笠邸で鞄の整理をしていたコナンは、見覚えのないものが入り込んでいることに気が付いた。
「それは、バイタルチェックができる時計じゃな」
「ああ、睡眠の質や脈拍を記録するっていう……」
黒い画面で電源が切れているらしいそれをマジマジと見つめ、コナンは首を傾げた。白いバンドのそれは、勿論コナンのものではない。全体的に傷も目立つそれは、どこかのタイミングでコナンの荷物に混じってしまったのだろうか。
「電源切れるほど長期間持ち歩いちまったのか?」
トントンと四方を叩くが反応がない。これでは持ち主を探すことも難しい。コナンが唸っていると、ヒョイと覗き込んだ博士がやるだけやってみようかとパソコンを立ち上げた。
「バッテリーの復活くらいならできるじゃろ」
「サンキュ。しかしどこで混じったのかな。この鞄、ここ最近は事務所とこの家の往復にしか使ってねぇぞ」
「どこかでひっくり返したことはないのか?」
「そんなおっちゃんみたいなこと……」
阿笠の隣でパソコンの画面を覗き込みながら笑い飛ばそうとしたコナンは、はたと言葉を止めた。
「……あるんじゃな?」
「一昨日、ポアロで殺人事件が起きたときに、犯人ともみ合ってぶちまけた」
阿笠は大きく息を吐いた。
「全く。じゃあ、そのときにポアロにいた誰かのじゃな。まさか容疑者か被害者じゃないじゃろうな?」
「……いや、」
コナンは記憶を手繰りながら、口元へ手を添える。あのとき、暴れる犯人を取り押さえようとして動いた人物、彼に庇われた際、コナンは鞄をひっくり返してしまったのだ。丁度帰るところだったと、その人物はバッグを持っていた。それ以外、その場にいた人々は席に荷物を置いていて、手に持っていなかった。
「まさか……」
「お、データが見れるようになったぞ」
コナンは阿笠に促され、パソコンの画面を覗く。そこに表示されたデータ、日付を見てコナンは眉を顰めた。
「おい、博士これ……」
「ああ、ちょっと変じゃの……」
その時、コナンの携帯に着信が入った。画面に表示されたのは、捜査一課の女刑事の名前。思いもよらない人物からの連絡に、コナンはキョトンと目を瞬かせた。

「えっと、これはどういう案件でしょうか?」
ニッコリと微笑みを浮かべながら、安室は隣に立つ風見に、周りには気づかれないよう肘をぶつけた。ダラダラと冷や汗をかく風見はそれを甘んじて受け入れるものの、言葉を発さない。
警視庁の会議室の一つに、安室と風見は呼び出された。何故か長野県警の諸伏と、発明家の阿笠、繋ぎの役割をしたと思われるコナンまで。
ニコリと微笑んだ諸伏は、安室の前に立ち手を差し出した。
「お久しぶりです」
「どうも。教会の事件のときに、少しお会いした警部さんですね」
安室も手を取り、握手を交わす。握手をほどいた諸伏は、佐藤と高木を手の平で示しながら、一連の事情の説明を行い、最後に穴の開いたスマホを見せた。
「メモリーカード」
安室は顎へ手を当てて首を傾げる。諸伏は頷きながら、スマホを阿笠に渡す。
「僕にその調査を依頼したい、ということでしょうか?」
「ええ、まあ似たようなものです」
諸伏はにこやかな笑顔を、安室から隣の風見へ向けた。身体を強張らせる風見へ諸伏の視線が向いている間に、コナンがそっと安室の手を引いた。
「コナンくん、」
「ほら、安室さんはこっち」
彼に導かれるまま、安室はストンと椅子に腰を下ろした。諸伏たちと阿笠たち、双方の中心地点に当たる場所だ。阿笠は佐藤と高木に見守られながら、何やらパソコンを操作している。何をしているのか、安室の位置からは分からない。
「えっと、コナンくん?」
「もう少し待ってて」
ニッコリとした笑顔は、何かを誤魔化すときに彼が浮かべるものだ。安室も同じように微笑み返して立ち上がろうとするが、コナンが小さな手で強く腕を引いたので、安室透が振り払うこともできない。
阿笠が、頭を抱えるように唸り声を上げた。
「やっぱりダメじゃな。基盤が壊れておるし、他もすっかり錆びておる。保存状態が悪かったようじゃな」
「そうですか――では、こちらを」
諸伏が指で挟んで見せたのは、指先程の大きさのメモリーカード。匿名で風見の元に届いたという、メモリーカードが入った封筒の消印は、あの日の翌日になっていた。裏面に、特徴的な『H』の文字がある、封筒。
安室の瞳が僅かに大きくなる。彼の視線は真っ直ぐ風見を射抜き、射抜かれた男は覚悟を決めたように口を引き結んでその目を見つめ返した。
少し欠けた部分のあるそれを阿笠は受け取り、蛍光灯に透かすように持ち上げた。
「フム、これくらいなら大丈夫じゃろ」
阿笠はメモリーカードを何かの機械へ入れる。ジワリ、と安室の背に汗が浮かんだ。
「メモリーカード、見つかっていたんですね。ますます僕がこの場にいる意味がない」
失礼します、と安室は立ち上がろうとする。しかし、諸伏にグッと肩を掴まれ、椅子に押し留められた。
「もう少しだけ、お願いします」
有無を言わさぬ雰囲気に、さしもの安室も従うしかない。
メモリーカードには音声データだけ入っていると、阿笠が言った。
音声データ――単語を頭の中で繰り返すうち、ハッと記憶が蘇った。それではない可能性も考えられるが、あそこまでして残そうとしたならば恐らく。
「ま――」

『――ヒロ』

ピタリ、と動きが止まる。静かな会議室に、再生された音声が流される。
繰り返し、同じ名前を呼び続けるだけの音声。微妙にイントネーションの違いがあるから、一言だけのデータをコピーしたものではなさそうだ。
それはコナンたちには、ある男の声に聞こえた。視線が集まる、金髪の男の。しかし本人はその視線の意味を察しているのか、はて、と首を傾げる。
「これがメッセージですか? 誰かの名前のようですが……このスマホの持ち主の声ですか?」
「骨伝導と鼓膜による音は聞こえ方が違うのです。我々には相違ないように聞こえますが、そこまで言うのならここは警視庁。科捜研にでも調査を依頼しましょうか」
にこやかな安室と諸伏の視線が交わる。
「ゼロの兄ちゃん」
クン、と小さな手が安室の袖を引いた。
「これ、ゼロの兄ちゃんの声だよね?」
確信に満ちた声。当たり前だ、この少年は安室透の正体を知っている。彼が話したわけではなさそうだが、諸伏も察してはいたのだろう。予想外だったという顔をしているのは、高木と佐藤だ。
「これ、安室さんのスマホだったんですか?」
「違うわ、スマホは諸伏警部の弟さんのだって確認済みだから、中のメモリーカードが……」
「そのメモリーカードの持ち主が、スマホの持ち主とイコールだという証拠はないでしょう?」
「あら、スマホの本体と、メモリーカードの入っていた封筒に書かれた同じ癖のある『H』の文字が、証拠だと思うけど?」
佐藤は腕を組み、目を細めた。そこに先ほどまでの驚愕はない。凪いだ瞳が、真偽を見極めるように男を見つめている。
『ヒロ』
音声は、まだ続いている。実際、パソコンの画面に表示された再生時間は、一分もなかった。しかしもう十分だと思ったのか、阿笠は複雑そうな顔で、停止ボタンを押した。
「ゼロの兄ちゃん――その少年が呼んだのは、あなたの綽名ですね」
諸伏の言葉に反応を示さず、安室は顔を俯かせたまま。
「私も聞いたことがあります。共に警察官を目指す、カッコいい綽名の親友――弟はゼロと呼んでいた。名前はそう――降谷零くん」
フルヤレイ――フルヤ零。高木の頭の中で、ずっと片仮名だった名前が変換されていく。ゼロという綽名の情報が先に明示されていたことも、それを容易にさせた。
長い、沈黙だった。
それを破ったのは、微かに震えたため息だ。
安室は深くかぶった帽子に手をやり、ギリと歯を噛みしめたようだった。
「……風見、なんで捨てなかった」
低く、慣れた口調。突然無礼なことを言われた様子などなく、風見はピシリと背筋を伸ばした。
「自分も、恐らく、彼らと同じ考えでした。何も、故人の思い出の中でまで、あなたの存在が消えることはない、と」
「……これでよく公安が務まったな、アイツは」
諦念の吐息を漏らし、安室は帽子を握りしめる手の力を緩めた。パサリ、と帽子が彼自身の手によって外され、金色の髪が蛍光灯の下に晒される。
「ご推察の通り、僕が降谷零です。安室透は業務上の仮の名、所属については申し訳ありませんが控えさせてください」
安室透のときとは違う、低めの声と凪いだ青い瞳。
「安室さんが……フルヤレイ、さん」
高木はコクリと乾いた口を唾液で潤した。続く高木の言葉を待ってか、安室――降谷は彼を見やった。
「……大変、でしたね。潜入捜査中に、首輪爆弾つけられて」
「へ?」
「……高木くん」
ジトリとした佐藤の視線を受けてやっと、高木は自分がズレた発言をしたことに気が付いた。呆れたような風見の視線と、諸伏の笑いをこらえる肩を見て、カァと顔が赤くなってしまう。
「す、すみません!」
「いえ、伊達から聞いていた通り、素直な性格ですね、高木刑事」
帽子で口元を隠し、降谷は小さく笑った。
「やっぱり伊達さんの……」
「ええ、同期でした。松田も萩原も……諸伏も。警察学校時代、同じ教場、同じ班だった」
この場のみのオフレコで、と少し安室じみた仕草で降谷は付け加える。
「伊達や松田からメールで聞いていました。素直でかわいい後輩と、少し口煩い女刑事さんのお話」
「な! 松田くん、どんなメールを送ってたのかしら!」
「細かい文面は忘れてしまいました。彼らからのメールは、全て消してしまったので」
「え!」
帽子を机に置き、安室は空になった手をポケットへ入れる。
「どうして……潜入捜査官、だからですか?」
「そうですね……それが、僕にできる唯一の彼らへの手向けだと思ったので」
「そう……」
佐藤は少し目を伏せる。自身も松田からのメールを消去したから、何となく気持ちが分かったのだ。過去を捨てるためではなく、思い出として大切なものへ昇華するために。しかし、降谷にとっての消去はそれだけでない意味を含んでいる気がした。
「ゼロの兄ちゃん、この音声ってゼロの兄ちゃんが、その諸伏って人のために録音したの?」
「そうだよ。潜入捜査で偽名を使うから、自分を見失いそうになったとき、奮い立たせるために聞きたいって……一生分呼ばされたな」
そのときのことを思い出したのか、降谷は柔らかく目を細める。
「……馬鹿だな、アイツ。風見に託すなら、もっと別のデータもあっただろうに」
「失くしたくなかったんだと思うよ、誰かさんと同じように」
え、と降谷の口から洩れた音は、彼の素だった。コナンは阿笠に声をかけ、とあるデータをパソコンに表示させた。それを見た途端、降谷の青い瞳が大きく見開かれる。佐藤と高木もそれを覗き込んで、首を傾げた。
「これ……バイタルの記録?」
「でも、日付が古いわね」
「どうして……」
「ごめんね、ゼロの兄ちゃん」
コナンはずっとポケットに入れていた電子機器を降谷へ差し出した。
「僕の荷物に紛れ込んでた。返すの遅くなって、ごめんなさい」
「……失くしたと、思ってた」
ヒクリ、と口端を動かして微笑み、降谷は傷だらけのそれを受け取る。大切なもののようにギュッと手の平で握りしめ、降谷はそれを胸元に持っていった。
「諸伏さんの、バイタルウォッチなんでしょ、それ」
「……ああ。アイツ、一時期不眠症だったから」
「じゃあこの記録は……」
「諸伏さんが亡くなる直前まで記録されていたバイタル……日付がそこで止まったままなのは、ゼロの兄ちゃんが持っていても使わなかった証拠――諸伏さんの記録を、消したくなかったんだよね」
カタリ、と降谷の身体が机にぶつかる音がした。それを肯定と受け取って、コナンは続ける。
「諸伏さんも同じ気持ちだったんだと思うよ。写真もメールも全て消してしまったゼロの兄ちゃんの、声だけでも残しておきたかったんだ」
「……アイツらしいな」
水の中で息を吐き出すときのような、掠れた音。右手は胸元へ、左手は机について、グシャリと握りこむ。
「俺は、もうアイツの声を忘れかけているのに……」

『ゼロ』

「――!」
ハッとして、降谷は顔を上げた。短い一言。この場にいる誰のでもないその声は、パソコンから聞こえていた。諸伏も目を丸くしている。
「弟の……景光の声ですね」
「なんで……」
「メモリーカードに入っておったよ。この一言だけじゃがな」
阿笠はそこでパソコンの画面を落とし、取り出したメモリーカードをコナンへ渡した。コナンが手の平に乗せて差し出したメモリーカードを、降谷は震える指で摘まんだ。
「今度は、消さないでね」
ピクリ、と指が一瞬動きを止める。それからまた動き出した手は、ゆっくりと掌にそれを握りこんだ。
「……写真、警察学校時代の。実は僕のパソコンにデータで残っているんです。僕が死んだら、消えるようにして」
「え!」
「もし、そのときは、」
驚く佐藤と高木へ、降谷はゆっくりと顔を向けた。
「……引き取って、貰えますか?」
パサリと落ちた前髪が、目元を少し遮っている。その下に浮かんだ笑みは、彼の名前のように透明で、どこかに消えて零れてしまいそうな。咄嗟にコナンは手を伸ばしていた。
ぱし。コナンが袖を、高木が肩を掴んだので、降谷の身体が揺れ、前髪に隠れていた瞳が蛍光灯を受けてきらりと光った。
「そんな悲しいこと、言わないでください!」
パシパシと、驚いたように降谷の目蓋が動く。グ、と高木は少し赤くなった目で降谷を見つめる。
「幾らでも思い出話をしましょう! 写真も見ながら。伊達さん、連絡のつかない同期のこと心配してたんです。お互いの知らない、伊達さんたちの思い出話を、僕はずっとしたいと思っていたんですから!」
「高木くん……」
キュ、と佐藤は手を握りしめた。それから踵を鳴らして、彼の隣に立つ。
「ええ、私も! あの松田くんがなんて私のことを説明していたか、洗いざらい吐いてもらうんだから!」
「私も同じです」
勢いに圧されえ後退しかけた降谷の背に、ポンと手の平がぶつかる。諸伏だ。
「小学校から私よりも景光の近くにいた君と、ずっと話をしたいと思っていた」
「……っ」
それが、最後の一押しになったのだろう。降谷はグッと唇を噛みしめて、背中を丸めるように顔を俯かせる。高木たちからは隠れた顔も、背の低いコナンにはチラリと見ることができた。海のように揺れる瞳がコナンの顔を見つけて、ふやりと歪んだ。

「……君みたいに、電話だけでもしていたら、何か変わったかな」
会議室を後にする際、機械の片付けをする阿笠を待っていたコナンは退出が最後になった。扉の隣で壁にもたれていた降谷は、コナンが外に出たところでそうポツリと呟く。
コナンが何かを言う前に、いや、と降谷は自分でその言葉を否定した。再びしっかりと帽子をかぶった彼は、前髪の影から廊下の先を歩く刑事たちの背中を見つめた。
「僕は連絡しなかっただろうし、してもその履歴すら全部消していただろうな」
「……降谷さん」
「アイツらは、僕にとって桜の花びらだったんだ」
五枚で一つを形作る、彼らの職業においては象徴のような花。一度は枯れて手の平から滑り落ちた欠片を、拾い上げてくれたのは、彼らの思い出を共有する人々だった。
空っぽだと思っていた手の平を見つめ、降谷は指を折る。
「……萩原の話も、できる人がいれば良かったな」
「多分、いるよ」
降谷は目を瞬かせてコナンを見やる。コナンはニッコリと笑って、その顔を見上げた。
「もう消さないって約束してくれるなら、教えるよ」
「……全く、なんて子だ」
「どうする?」
フ、と笑みをこぼして、降谷は答えた。
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