泣かないでソナタ
それは、昔日の思い出。

嬉しそうに妻の懐妊を報告する彼は、父親にしては幼く見えた。
それでも親友の自分は一足早く産まれた息子を抱え、それを祝福したものだ。
きっと子が産まれれば彼も変わるのだろうと想像して。

結局、父親の彼を見ることはなかった。



***



シカクは洞穴を利用して造られた牢獄の入口で、キョロキョロと辺りの様子を窺う挙動不審な人影を見つけた。
丁度外の空気を吸いに出る所で、暗部服の彼とすれ違う。
面倒臭く思いつつ、シカクはその暗部に声をかけた。

「んなことしてると、不審者と間違われるぞ」

暗部はシカクを見つめた。
仮面で隠されている為解り辛いが驚いているのだろう、返答まで三秒程間があった。

「ちょっと探し物を…」

「探し物?」

「ええ。狐が迷い込んでいたので…」

シカクは納得して頷く。

「金の毛波の奴か?」

「!…ええ」

「それならこの廊下の突き当りの階段から地下に行ったぞ」

「地下…」

有り難うございます、と頭を下げて暗部はシカクの横を通りすぎる。

「今度は首輪でもつけとけ」

足早に去る背中にそう声をかけると、苦笑して彼は返した。

「そうするよ」

それは紛れもなく倅の声で。
シカクは口許に薄く笑みを湛え瞼を下ろす。

「…悪い、ミナト」

脳裏に浮かぶ親友は透き通るような笑みで頷いた。



***



逸る気持ちが、呼吸を早める。
それを落ち着けるべく深呼吸を繰返ししかし見つからないよう息を潜めて、シカマルは変化を解いてシカクの言った地下への階段を降りていった。
薄暗い牢獄を照すのは、壁に一定の距離で掲げられた炎のみ。
それでも奥に行く程闇は深くなるように見えた。

シカマルは顔の横で燃え上がる炎を一瞥し、目前に伸びる暗闇を見つめる。
ぐ、と顎を引き、ゆっくりと足を進めた。

人の気配はない。
ずらりと並んだ檻の中は、空だった。
偶然か、それとも、元々ナルトを捕らえる為だけに造られたのか。
どちらでもいい、とシカマルの思考回路が飛んだのは、視界の端に炎とは違う煌めきを見つけたからだ。

少し汚れているが、見間違う筈がない。
あの、金色は。

「…ナルト…」

乾いた唇で紡いだ名は、彼の耳に届いたようで。

「…シカマル…?」

あの、愛しいと想った蒼が自分を映す。

それだけで胸は満ち、シカマルは堪らずナルトの入る牢の格子にすがりついた。

「ナルト…っ!」

標準的な広さの牢屋で、ナルトはその手足を拘束されていた。
シカマルが現れるのは予想外だと、目を見開き格子に手を置く。

「シカマル…なんで…」

震える声にシカマルは微笑みを返した。
格子の枠から腕を差し入れ、彼の痩せた頬に手を伸ばす。

「…なにしにきたってば」

存在を確めるよう頬から耳、髪へ指を滑らすと、俯いたナルトはそう呟いた。
思わず金糸から手を離す。
暫く見つめても顔を上げないナルトの、格子に触れる手に己のそれを重ねた。

「…お前を、助けにきた」

一緒に逃げよう、と彼の瞳を見つめる。
僅に揺れた蒼はしかし閉じられ、シカマルの肩が押された。

「ナルト」

「帰れってば」

頑ななナルトを見つめ、シカマルは重ねた手を強く握り締めた。

「…好きだ」

思いもよらない言葉に、ナルトの肩がぴくりと上がる。
シカマルは空いている手を彼の頬に添え、こちらを向かせた。
真っ直ぐに、ナルトを映す黒燿。
こくり、と思わず唾を飲み込んだ。

「好きだ」

言い逃げなんてさせない。
最期の言葉にもさせない。
もう、この手を離さない。

シカマルはポーチに入れたままだった首飾りを取り出し、ナルトの首にかけた。

「…これは俺のエゴだ」

君が望んでいなくても。
失いたくない。
ずっと傍にいてほしい。
生きてほしい。
どんな形でも。

「ただ、傍にいてくれ」

唯、それだけを願う。
君さえいれば、何も要らない。
君が。

「好きで好きで堪らねぇんだ…」

ナルトの手を包み、祈るように額に当てるシカマル。
まるで神に赦しを請うようなその姿に、抑え込んでいた想いが刺激される。

「…も」

囁かれた言葉。
シカマルが顔を上げると、今にも泣き出しそうな顔があって。

「俺も…っ」

開くナルトの唇に、衝動のまま己のそれを重ねた。

互いの存在を感じるように重ねるだけのそれを繰り返す。

涙を溢す瞳を閉じたナルトは抵抗しない。
それに更なる愛しさと名残惜しさを感じながら唇を離した。
熱い息を吐くナルトを格子越しに抱き締める。

「…好きだ」

「…」

耳元で囁く声を聞くと同時に、シカマルの意識は首筋の手刀によって、闇へと落とされた。



――ごめん



哀しそうな、声。
そんな嘘、聴きたくない。



誰かの為とか言って
結局は自分の為なのにね




2011.08.20
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