覚悟(220516)
【お題:覚悟】

『覚悟』とは。
一、 危険なこと、不利なこと、困難なことを予想して、それを受け止める心構えをすること。
二、 仏語。迷いを逸脱し、真理を悟ること。
三、 来たるべき辛い事態を避けられないものとして、諦めること。観念すること。

辞書の文字を目でなぞり、綱吉はゆっくりと息を吐いた。それを確認してから、机の隣の辺で座っていたバジルが、口を開く。
「日本語とは奥深いものです。リボーン殿や未来のラル・ミルチたちはどのような意味で、それを使ったと思われますか?」
まさか、諦めなどというマイナスの感情で炎を灯していたとは思えない。
「まぁ近いとしたら、一番なんじゃない?」
綱吉を挟んで、バジルの向い側に座っていた炎真が、机上に広げられたままの辞書から顔を上げる。
まぁそうだろうとバジルも頷いた。
困難を予見し、それを受けとめる心構えをとる。その心構えというのが、困難へ立ち向かい戦うための理由。未来の世界でアルコバレーノたちは、その心の姿を『覚悟』と呼んでいた。困難に背を向けて逃げ出すような心では、死に瀕した際の火事場の馬鹿力――即ち死ぬ気の炎は燃え上がらないといったところか。
深い話だと、バジルは感じ入ったように首を動かす。
指輪を手にしたとき、立ち向かう以外に道がなかった炎真としては、そこへ至る違いがいまいちピンとこない。特に労せず炎を灯すことができたからだ。しかしバジルの話を聞いたところ、綱吉や彼は少し手間取ったらしい。
「……」
「ツナくん?」
「如何されましたか?」
「いやぁ……」
苦いものを舌にのせたように、綱吉は口を歪めた。
「……ヒバリさんは『むかつき』で炎を灯すんだと思ってたらしいんだよね」
そしてその通り、雲雀が『むかつき』を感じると、炎は大きく澄んだ色で燃え上がったという。
「……」「……」
炎真もバジルも黙り込み、チラリと綱吉を見やる。
「ひ、雲雀殿の覚悟がむかつきと同じ種類だったということでしょうか」
ポンと手を打ったバジルが、言葉につっかかりながら意見を述べる。それもどうなんだと炎真は思ったが、口を噤んだ。まぁ、敵意をむかつきと言い換えて戦う理由としているなら、少しは納得できるか。
炎真がそんなことを心の中で呟いていると、綱吉は机に顎をつける勢いで深く息を吐いた。
「……俺と戦っているとき、ずっとむかついてたってこと?」
「……」
バジルが、助けを求めるような視線を炎真に向ける。こちらを頼られても困ると、炎真はブンブン首を振った。ぺったり額を机につけた綱吉は、頭上で交わされるそんな動きに気づかず、また深い息を床へと落とした。
「さ、沢田殿、覚悟とはあくまでも炎を灯すきっかけです! 雲雀殿も、ずっと沢田殿にむかつき続けているわけでは……!」
あたふたとバジルが声をかけても、綱吉は一向に顔を上げようとしない。どうしたものかと炎真は首を回して、そこでふとあることに気が付いた。それから背後に向けていた視線を、もう一度綱吉の後頭部へと戻す。
「……ツナくんは、どう言ってほしかったの?」
「……」
沈黙。炎真はため息を吐いた。親友のことを悪く言いたくはないが、今回ばかりは面倒なことに巻き込まれてしまったと思わざるを得ない。
「ツナくんに足りないのは、向かい合う覚悟だよね」
「古里殿……?」
コテンと首を傾げたバジルは、炎真の背後を見てピッと姿勢を正した。炎真は鞄を手にして立ち上がる。それを見て、バジルも慌てて荷物をかき集めると、炎真の後を追って立ち上がった。
「え、エンマ、バジルくん……?」
二人の慌ただしい気配を察し、綱吉はやっと顔を上げた。すぐ隣に立った、黒い影に気づかないまま。
「沢田」
低い声。ピャッ、と綱吉の肩が、彼の髪の毛のように飛び上がった。「ちょ、ちょっと待って二人とも」――パタン。心の中で手を合わせながら、炎真は扉を閉める。これ以上後ろ髪を引かれるような声が聞こえないうちに、炎真はしっかり手を合わせるバジルの肩を叩いて階段を下りて行った。
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