ミッション(220523)
プラン、と雲雀の目の高さで揺れる足。ツツツと視線を持ち上げると、そこまで長くなかった足の根本へ辿り着く。雲雀が目を細めると、軒に爪先を引っかけて壁に貼り付いていた少年は乾いた笑い声を漏らした。
「何してる、小動物」
「は、はは……」
しゅぅ、と気の抜けた音と共に額から煙が上がっている。どうして応接室の窓の上にヤモリよろしくへばりついているのか、方法は察したが目的はさっぱりだ。
雲雀は一つ息を吐いて、「さっさと下りな」という言葉を残して窓辺から離れた。
トンタン、と軽い足音を立てて、背を向けた窓から室内へ飛び込んでくる小さな気配。随分、身軽になってきたようだ。これもあの家庭教師のお陰なのだろう。そんなことをぼんやり考えながら、雲雀はソファに腰を下ろした。
「で、今回はどういう宿題だい?」
沢田綱吉が学校というフィールドで雲雀の周囲をうろつくとき、理由は二つ考えられた。一つは、何やら事件が起きて雲雀の力が必要なとき。もう一つは、彼の家庭教師の気まぐれで宿題が出されたときだ。後者だと雲雀が判断したのは、天井に小さな気配を感じたからだ。予想通り、どこへ引っかけたのか電灯の紐よろしく垂れた綱を滑って、忍者衣装のリボーンが姿を現した。
「よ、ヒバリ」
「赤ん坊、何か用?」
「ツナにちょっとしたミッションを出した。暫く付き合ってくれ」
「僕にメリットは?」
「それはお前次第だな」
リボーンはニヤリと笑う。ふぅんと呟いて、雲雀は綱吉へ視線をくれた。そう鋭さを持たせたつもりはなかったが、まだ小動物の気性が抜けきらない彼は、ビクリと肩を揺らした。
「まぁいいけど、」
カタンと雲雀は立ち上がって、腕を持ち上げる。その腕にいつの間にか現れていた銀の武器に、綱吉の口元が引きつった。
「暇つぶしに、付き合ってくれるよね」
そう言い放った雲雀に首根っこを捕まれ、リボーンの見送る中、綱吉は屋上へと連行されていった。

日が傾き、空が淡い橙色と朱色によって彩られている。応接室でお茶菓子片手にすっかり寛いでいたリボーンは、遠くから聞こえる烏の鳴き声を聞きながら、ふぁと欠伸を零した。あれから二人はちっとも応接室に戻ってこない。
時計の針を見て、リボーンは今朝設定したミッションのタイムリミットが近づいていることを確認した。それからピョンとソファを飛び降りて、応接室を出て行く。
二人の行き先、というか雲雀の考えそうなことは分かっていた。綱吉のミッションの内容は分からずとも、それが雲雀に関わる何かということを、本人は察していた筈だ。ならば自分の暇つぶし――もとい戦いの誘いも断らないだろうと思考したことは、想像に難くない。
であるならば、行先は屋上一択。
リボーンが屋上の扉を開くと、そこは想像よりも随分静かだった。戦いの余波らしい凹みや煤汚れはあるから、ここで戦いが繰り広げられていたことは間違いない。
グルリと首を回したリボーンは、扉の死角になる場所から足が伸びているのを見つけた。そちらへ足を進めると、リボーンは小さく吐息を漏らした。
コンクリートの壁にもたれ掛かるようにして、綱吉は足を投げ出して座っていた。カクンと傾いた頭は隣に座る雲雀の肩に。それを受け止める雲雀もまた、少し首を傾けて綱吉のフワフワとした頭へ顎を乗せていた。二人の目蓋はすっかり降りており、すやすやと穏やかな呼吸音が聴こえてくる。
リボーンはふと、二人の間に目を落とした。口角は自然と持ち上がる。
「何だ、ツナのヤツ、ちゃんとミッション完了してやがるじゃねぇか」
報告もなしにこんなところで眠りこけているのは、減点物だが。小さく呟いて、リボーンは腰に手を当てる。
リボーンが課した特別ミッションは、対守護者鬼ごっこ。今日一日で、すべての守護者の身体に触れればクリアというものだ。他の守護者は昼休みまでに終えていたが、雲雀だけが最難関として残されていた。因みに、ミッション内容を彼に伝えていなかったのは、その違いで難易度に変化は起こらないだろうとリボーンが判断したためである。
「ママンの夕飯には遅れないようにしろよ」
聞こえているかも分からない相手へ呟いて、リボーンはそっと屋上を後にした。
地平線に近づいた太陽の、深い朱色の光が、残された二人の太腿で重なる二つの手を、照らしている。
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