ティアドロップに捧ぐ
ポロポロと掌に零れ落ちる石は、生命の証である炎を固めたように輝きを秘めている。道端に転がる黒いものではない。日の加減によっては自ら光を放つような代物だ。美しいと、雲雀が思ったのは一度きりである。
曰くそれは、脳の一欠けらの細胞まで死ぬ気――即ち臨死体験に陥ったことにより、生命維持活動を優先するように脳が指令をだした状態であるらしい。脳は瀕死と誤認した細胞の保持に専念するため、保存優先度の低い記憶リソースを留めておけず、かといって消去はこれまた彼の意思が強く拒絶したために、炎の結晶として排出することを選んだ。
ポロポロと、それは目から零れ落ちる。太陽とはまた違う、あらゆるものにスッと馴染む柔らかさを抱いた暖かい色の結晶となって、掌の器に溜まっていく。
どうしよう、と困惑するのは器を作った人物であり、結晶を排出している張本人だ。茫然と、その記憶まで零してしまったのか、どうして結晶が目から出るのか、これらの行く先をどこにしたらよいのか、さっぱり分からないといった顔をしている。
チリチリと、固い結晶が目尻から落ちるたび、小さな擦過傷を作る。不思議と、網膜には傷がついていないらしい。それでも皮膚は傷つくようで、遠くからでは擦りすぎたように見えるほど、彼の目の周りは真っ赤になっていた。
「いた」
小さく呟いて、彼は片方の手を目元にやる。ばらら、と器が破けて石が幾つか足元に転がった。
雲雀はそ、と手を伸ばして、目元を抑える彼の手首を掴んだ。
「擦るな」
短い言葉をどれほど彼が理解したかは分からない。不思議そうに琥珀色の瞳を瞬かせ、コクリと頷いた。
雲雀は手首から手を離し、足元に転がった石を一つずつ拾い上げる。
指で摘まむたび、キラリキラリと石は煌めいて、ファセットの一つに風景を浮かび上がらせる。それは彼が友人たちと笑い合う学校での風景だったり、家で幼子たちと遊ぶ様子だったり――家庭教師と並んで夕焼けを見る背中だったり、そういうものだった。
全て彼から切り離された、彼が消去を拒んだ記憶。今目の前にいる彼へそのことについて告げても、そんなことがあったのか、と首を傾げるだけだろう。
彼の手で器を作らせて、転がった石をまた積んだ。彼は大人しく、されるがまま。
雲雀は最後の一つ、手の平サイズの石を持ち上げて、ふと目を細めた。
キラリと光ったファセットに映るのは、間違えようもない雲雀の顔だった。ガラスの代わりに映したもの、ではない。それは嘗ての彼へ、雲雀が向けた顔の一つ。柔らかく細めた目と、緩く弧を描いた口元。戦いに高揚したり相手を嘲り笑ったり、そういうときとは違う笑い顔。
ぐ、と雲雀は石を握りしめた。
「あの……?」
動きを止めた雲雀に、彼は不思議そうな顔をして首を傾げる。雲雀が口を結んだままなので少々困惑していたようだが、ふと何かを思いついたように顔を覗き込んだ。
「それ、あげます。なんだかこんなにあるし、多分、俺にとって大切なものなんだろうけど、あげます」
だから、だから。彼は言葉を続けようとしたが、それ以上続く何かを掴むことはできなかったようだ。小さなもどかしさを感じたような顔をしたまま、下唇を噛む。
「……そう。貰っておく」
雲雀が呟くと、彼は安堵したように頬を綻ばせた。
「あの、お名前は?」
無邪気に訊ねる彼へ、雲雀は顔を向けた。できるだけ柔らかく、口元と目を緩めることを意識して。彼の記憶に残る自分の表情を、思い出す。
「次に会ったとき、君が覚えていたら教えてあげる」
キョトンと一度瞬きした彼は、「絶対ですよ」と可笑しそうに笑った。
雲雀はそっと、手の平にしまい込んだ石を親指で撫ぜた。
応接室の引き出しには、アンバー色の石が九個並んでいる。
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