桜(220328)
「桜は嫌いだ」
頬に触れるそれをコバエでも扱うように手で払い、雲雀は不機嫌そうな顔で言った。
「そ」――口を開くと花弁を吸い込みそうになってしまったので、綱吉は首を振った。
「そんなこと言わないでください……」語尾が小さくなってしまったのは、雲雀の頑固さと桜嫌いになった原因を知っているからだ。
雲雀は、不意に手を持ち上げた。それを追いかけた綱吉の瞳に、黒い影が落ちる。
「え」
つい癖でビクリと肩を揺らすと、影を落とした手は少し止まる。しかしすぐに動いて、綱吉の視界から消えた。視界から消えた手が戻って来る。その指先には、薄桃色の何かが摘ままれていた。
「この時期はすぐにいろんなところへ入りこんでくる」
ペッと摘まんだ花弁を放る雲雀に苦笑いを溢しながら、綱吉はドキドキと脈打つ耳を指で擦った。
「ヒバリさんくらいですよ、桜を虫扱いするの……」
雲雀はフンと鼻を鳴らして、腕を組む。その様子に、綱吉は目元を和らげた。
「ヒバリさん、ご卒業おめでとうございます」
「……うん」
雲雀の指がまた綱吉の頭に触れ、滑るようにこめかみへ降りて来る。戦闘時は鉄の武器を握る手が、器用に花弁を掬いながら、行き先にあった水をじわと染みこませる。
「ま、卒業したからと言って何も変えるつもりないけどね」
「あはは、さすがヒバリさん」
綱吉がカラカラ笑い声を上げると、雲雀は少し目を細めた。
(あ)と、綱吉は心中で呟く。咄嗟に目に焼き付けようと目蓋を開くと、風に乗って飛んできた花弁が一枚、視界を隠した。三度目は掬い取ってくれなかった指の代わりに、綱吉は手を持ち上げた。
「――小動物」
花弁と手の影から、三日月のような口が随分と近くに見えた。
「わ」
「油断しないことだ」
何かが目蓋に触れたのは一瞬。綱吉が慌てて目を開いたときには、雲雀はすでに黒い衣を翻していた。
パタ、と綱吉は額へ手をおく。じわりじわりと、首から頬へ、頭へと血が昇って行く。
「……は、はい!」
裏返った綱吉の声を背に、雲雀は口元を擽る花弁を手で払い落とした。
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -