カプリチオの真意
――……
――キバ?どうかしたの?
――…いや
――…ああ、あの二人。焦れったいよね、早く付き合っちゃえばいいのに
――え、付き合ってないのか?
――うん
――…あいつのがよっぽど馬鹿だな
――だよね。でも、
そう言って、奴は所謂慈悲深い笑みを浮かべた。
――だから僕は、
***
「…キバ!」
名を呼ばれ、キバの意識は覚醒した。
目を開いて映ったのは振り上がるサクラの拳。
寝起きで鈍っていたキバはそれを顔面に食らってしまった。
「ってー!」
「やっと起きた」
「この!」
がばりと体を起こしたキバは、見慣れない景色に驚き彼女への文句を飲み込んだ。
薄暗くそれでいて狭い部屋である。
光源は壁に掛かるランプの炎だけで、窓もない。
無機質な石の壁と床に一方を塞ぐ鉄格子で、ここが牢屋だと判った。
「ここは…?」
「木の葉の暗部特製牢。暫くここで頭を冷せとのことだ」
壁に背を預けシノが言う。
どうやら、囮役もガイ班も捕まってしまったらしい。
キバは胡座をかき、未だ残る眠気から大きく欠伸をした。
「なんで俺寝てたんだ?」
その至極当然な質問にサクラは戸惑ったように目を伏せ、シカマルよ、と呟いた。
「煙玉タイプの睡眠薬を使ったの。私もさっきまで寝てた…本人は逃走したって、カカシ先生が」
床に座り込むサクラの顎から雫が滴り落ちて、染みを作る。
その震える肩をいのが支えた。
「なんで…なんでよ、シカマル…!」
忌々しげにキバは舌打ちする。
「もう、止めない?」
不意に部屋の隅で膝を抱えていたチョウジが呟いた。
思わず彼の名を呼ぶ幼馴染みに一瞥もくれず、彼は繰り返す。
「もう、諦めよう」
ナルトのことは。
そう言った瞬間、チョウジは激昂したキバに胸倉を掴まれた。
「ダチを見捨てんのかよ!」
「…親友、だから」
か細いチョウジの呟きに、いのが目敏く反応する。
「チョウジ、あんた知ったの」
「…」
チョウジは答えず、石の床に視線を落とした。
しかしそれはいのの感情を昂らせる。
「解ってたのね!こうなることも!シカマルが始めっから一人で行くつもりだったことも!」
それはその場にいた他の者達にとって寝耳に水だった。
猪鹿蝶として共に戦ってきたいのだからシカマルの行動の真意が解り、親友であるチョウジだからこうなることは予測できた。
シカマルはナルトより師をとった。
人の想いを無下にしてまで。
そうではない。
シカマルは巻き込まない為に自分達を引き離したのだ。
ナルトを連れ帰っても今の里の状況では同じことが繰り返される。
生きていくには抜け忍になるしかない。
助けた者も抜け忍となるのは当然。
しかし向かう未来は決して明るくない。
そんなことに巻き込みたくなかったのだ。
仲間だから。
「…なんで、黙ってた」
キバが怒りを必死に抑えながら訊ねる。
返事をしないチョウジは壁に叩きつけられ、そのままずるずると座り込んだ。
「…分かったから…」
キバに見下ろされながらチョウジは呟く。
途端彼は箍が外れたように声を荒げた。
「分かっちゃったんだよ!シカクのおっちゃんやカカシ先生の気持ちが!」
親友だから。
大切なひとだから。
彼が決めたその道を。
歩かせてやりたいと。
覚悟の強さを、知っているから。
「苦しいんだ」
眼球を濡らせない涙が、心に貯まる。
泣いてはいけないのだ。
だってそれは、きっと喜ばしいこと。
大切なひとが選んだ道に、文句なんてつけられない。
「だって、それが彼の選んだ幸せなんだ…」
俯くチョウジを見下ろし、キバは唇を噛み締めた。
「チョウジ、お前は…」
口を開くキバの肩を押し退けたサクラは、無言のままその拳をチョウジの頬に叩き込んだ。
一同が呆気にとられる中、みしりという音がして、壁に亀裂が入る。
殴られた頬を押さえ、チョウジは呆然と、仁王立ちするサクラを見上げた。
「…イエスかノーで答えて。あの馬鹿二人を助けたい?」
「…僕は、」
「答えて」
チョウジはサクラを見つめる。
真摯な眼光が交差した。
「…イエス」
ふ、と和らぐ空気。
微笑むいのの後ろでヒナタは何度も頷いた。
「シ、シカマルくんばっかり、ずるいもんね…」
「ナルトを独占してねー」
和気藹々とした雰囲気の中、立ち上がるチョウジにキバが近寄った。
「お前、あの時から変わってねーな」
にやりと口角を上げるキバに首を傾げながら、チョウジも微笑んだ。
サクラの拳が鉄格子を破る音がする。
どんだけ馬鹿力だと呆れるキバと共に、チョウジは仲間達の元へと急いだ。
――力になりたいって思うんだ
二人が
幸せになって欲しいって
願うんだ
2011.08.16