成人式(220110)
大なく小なく並がいい。それを校歌で歌うのが、我が母校並盛中である。そのまま町歌に流用できるのではと思われるほど、故郷も平々凡々な町だった。
盛中を卒業して早十数年。久しぶりに故郷の土を踏んだのは、ある目的があってのことだ。成人式である。
「あ、黒川、久しぶり」
「あら、久しぶり」
会場の入り口で、懐かしい顔を見つけた。
黒川花。中学時代から大人びた雰囲気で、周囲から少し抜きんでていた同級生。今はさすがというべきか、年相応――下手をするとそれ以上に――上品な美しさを醸し出している。赤や桃の色が多い中、青と緑を基調とした竹模様の振袖は珍しく、しかし彼女の雰囲気によく合っていた。
昔から変わらない、緩く癖のついた髪を撫で、黒川はこちらへニコリと笑いかけた。その様子に、思わずドキリとする。
「す、すっかりおとなっぽくなったね」
「そう? そっちも素敵ね、その髪飾り」
黒川が指摘したのは、耳元まで垂れるオレンジを基調とした花の簪だ。レンタルだが一目惚れした一品で、褒められるのは素直に嬉しい。
「ありがとう。レンタルだけどね、気に入っているの」
式の開会までまだ時間がある。他の参加者も久方ぶりに会う級友たちとの談笑に花を咲かせており、会場へ入る者は少ないようだった。
「そう言えば黒川は一人なの? てっきり笹川さんと一緒に来るのかと思った」
「京子とはここで待ち合わせしてるの」
まだ支度に時間がかかっているらしい、と黒川は吐息を漏らす。
へぇ、と頷いたところで、道路の方からワと声が上がった。並中マドンナの登場だろうか、と振り返る。しかし予想に反してそこにあったのは、心臓に響くほど重低音を響かせたバイク。大中、背丈の違う二人の男の人が跨っている。ハンドルを握る方はライダースーツ、後方で彼に抱き着く方はスーツを着ていた。
ああ、式の参加者とそれを送りに来た家族かな。そんなことを呑気に思いながらその二人を眺めていた。しかし、ライダースーツの男の人がヘルメットをとった途端、その下から現れた顔に、ヒュと喉が鳴った。
雲雀恭弥。中学生時代、嫌と言うほどその名と暴力を見聞きした恐怖の風紀委員長。美貌を差っ引いても有り余る暴君ぶりから、百年の恋も砕いてしまう初恋クラッシャー。
記憶に間違いがなければ、彼は自分より年上、先輩の筈。成人式の参加者ではない筈だが、まさか来賓かなにかで呼ばれているのだろうか。
「お待たせー、花」
「やっと来た、京子」
自分を含めガクガクと硬直する人々を余所に、シャボン玉のようにフワフワした声が聞こえてくる。少しも緊張した様子を見せず、黒川は親友へ手を振った。二人の声で、固まっていた身体から力が抜けた。
カランカランと足音を立ててやってきたのは、笹川京子。橙色の振袖と彼女の雰囲気以上にフワフワと巻いた髪が、日光を受けて輝いている。中学生時代は可愛さが全面に押し出されていたが、成長したことで大人の美しさも垣間見せる。黒川とまた違った綺麗さに、思わず吐息が漏れた。
「久しぶり、笹川さん」
「久しぶりだね!」
ニッコリと微笑んだ笹川は、ふと辺りを見回して小首を傾げた。
「みんな、どうかしたの?」
「えっと、雲雀さんがいたから……」
失礼にならないよう、袖から少し伸ばした指で笹川に彼の居場所を知らせる。そちらをヒョイと見やった笹川は「ああ」と顔を綻ばせた。
「送ってもらったんだね」
「へ?」
笹川の言葉の意味が分からず、クエスチョンマークが頭上に浮かんだ。ふふ、と笑う笹川から、視線を雲雀恭弥の方へ向けてみた。
ヘルメットをハンドルに引っかけた雲雀は、後ろの男をチラリと振り返る。車酔いでもしたのか、ヘルメットもとらないまま、彼はグッタリと雲雀の背中に凭れかかっている。ピキ、と雲雀の眦がつり上がって、様子を見守っていた群衆の中から「ひ」と悲鳴が上がった。
雲雀は手を持ち上げて、バシンと男の背を叩いた。
「いった!」
痛そう、という感想と一緒に、あれ、と微かな疑問が浮かぶ。どこかで聞いたような声だ。
「早く降りろ」
「す、すみません。でもちょっと酔ったので待ってほしいなーって……」
「君が遅刻するかもって言ったんだ」
「言いましたけど」
よろよろと身体を起こし、男は渋々といった様子でバイクから降りる。
雲雀の知り合いだろうか。着ているスーツは中々上等そうなものだ。薄いカラーシャツも、派手過ぎない。男はバイクから降りると、やっとヘルメットをとった。
「え」とまた群衆から声が上がる。「あ」と思わず声を漏らしてしまったのは、先ほどの声に聞き覚えがあった理由が分かったからだ。
「ふぅ」
沢田綱吉だ。落ちこぼれで補習常連者だった彼が、何故雲雀と共に現れたのか。元並中で二人の顔と名前を知る者たちの間で、次々にクエスチョンマークが飛んでいる様子が見て取れた。
しかもオシャレなスーツをしっかり着こなしているのだから、ますます驚きが深まる。
沢田からヘルメットを受け取った雲雀は、それをハンドルの片方へ引っかけて彼を呼び止めた。
「はい?」
小首を傾げる沢田のネクタイを引っ張って引き寄せると、雲雀は何かを押し付けてからパッと手を離した。
「お祝い」
ポカンとする綱吉を、雲雀がどんな表情で見ていたかは分からなかった。丁度影になっていたし、彼はすぐにヘルメットをかぶってしまったからだ。
雲雀はそのまま、呆気に取られる衆目を余所にバイクを走らせてあっという間に見得なくなってしまった。
「ツナくーん!」
笹川がそう呼びかけたことで、ハッと我に返る。はしたなくも口を開いたまま、驚くべき光景に満っていたと自覚する。赤くなる頬と口元を袖で隠すうち、笹川に呼ばれた件の人物がこちらへやってきていた。
「京子ちゃん。久しぶり。黒川も」
「相変わらずみたいね、沢田。女性に会ったらまず言うことがあるでしょ」
「う……似合ってるね、綺麗だ」
「ありがとう、ツナくん」
笹川は微笑むが、黒川はあまり納得していない様子だ。
「雲雀さん、なにくれたの?」
「あ、これ」
笹川に見えるように、沢田はネクタイを持ち上げて見せる。そこには紫色の石があしらわれたタイピンがついていた。
「良かったね、ツナくん」
「……うん」
沢田は少し照れたように微笑んで、スリ、と紫色の石を親指で撫ぜる。
何となくその様子を眺めていると、大きく息を吐いた黒川が「もう中に入ろう」と促した。沢田たちと一緒に頷き、会場の方へ足を向ける。反応が少し遅れて、先に歩く三人の並んだ背中を追いかける形になった。
「あーあ、良いわねぇ、沢田は」
「何が言いたいんだよ、黒川」
「別に……同じ職場なのにどうしてこうも違うのかなって思っただけ」
「え、黒川、昨日会ったって」
「会ったけど、食事しただけ。前撮りも見せたのに、感想の一つもなし。京子からも何か言ってよ」
「あはは、お兄ちゃん、奥手だから」
三人の会話がコツコツとピースのように頭へ落ちて、先に別のパズルを完成させてしまった。
え、黒川と笹川のお兄さんってそういうこと?
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