よいお年を(211227)
年末の過ごし方について。冬休み直前の教室で、そんな話題が出るのは至極当然の流れだった。
山本武は実家の寿司屋で出しているお節の手伝いをし、新年初日から野球部の初稽古。獄寺隼人はバイト先の店長に頼み込まれて、晦日から元日までコンビニのアルバイト。笹川京子は家族でテレビ番組を見ながら、年越しそばとお節を食べる。
成程、いろんな過ごし方があるのだなぁと炎真は話を聞いていた。
「ツナくんは?」
居候が多く特別なルーツを持つ彼は、盛大な正月パーティーにでも参加するのだろうか。炎真は『ボンゴレ式』と名の付く催しには参加しないようスカルにきつく言われているが。
炎真がそんなことをぼんやり考えながら傍らの綱吉へ声をかけると、何やら携帯端末を握りしめていた彼はハッと弾かれたように顔を上げた。
「ね、年末? 俺は……ちょっと約束が……」
ある、かも。消え入りそうな声で言って、綱吉は少し顔を伏せると握りしめた端末を鞄へ突っ込んだ。
「お供できず、申し訳ありません、十代目!」
頭を下げる獄寺へ渇いた笑みを向ける綱吉の横顔を、炎真はじっと見つめた。

学校での会話から数日、炎真は、帰省するべき場所もない仲間たちと共に冬休みを並盛で過ごしていた。アーデルハイトが新年は初詣へ行くと宣言していたから、自然他の者もそれに同行することになるだろう。それまで、どう過ごそうか。教室での会話を思い起こしながら、風呂上りでタオルを首にかけた炎真は窓の外を見やった。
ホカホカと湯気立つ炎真と対照的に、暗い夜を切り取った窓ガラスは氷のようにヒヤリと冷たい。すっかり冬の色をした外の空気は、これ以上の冷たさを持っているだろう。
ふと、炎真は窓の外に何か動くものを見つけた気がして、目を凝らした。
「……ツナくん?」
電柱が一つと民家から漏れる僅かな光だけが照らす道。そこを小走りにかけるのは、間違いなく綱吉だった。ダウンジャケットとマフラーを身に着けた彼は、真っ白な息を忙しなく吐いている。誰かに呼びかけているようだと思い至ったとき、炎真の視界の隅で黒い闇が動いた。
闇が動いた、ように見えたのはその人物が黒い装束だったからだ。炎真が覗く窓の方へ背を向けていたことも、一因だった。
綱吉に呼びかけられ、その人物はクルリと振り返った。黒の下に来ていた白がぼんやりと夜の道に浮かびあがる。
「あ」
ひた、と窓ガラスに手をつけて、炎真はマジマジとその人物を見つめた。
雲雀恭弥だ。アーデルハイトと委員会の縄張り争いをしている、綱吉の守護者の一人。何故か炎真を小動物と呼ぶ、肉食動物のような男。誰とも慣れ合わない孤高の存在だと評される一方、戦闘狂で縄張り意識が強く、その利害が一致したときは惜しみなく手を差し伸べる綱吉の先輩。
「どうかしたのかな……」
よくよく見れば、雲雀の傍らには中学生が乗り回すには厳ついバイクがある。ヘルメットを手に持っているから、雲雀の持ち物なのだろう。綱吉はそちらを見て、また何か白い息を吐いた。
ぽつ、と雲雀も白い息を吐く。綱吉の言葉に応えたこともそうだが、炎真は彼が体温を持っていることに少し驚いてしまった。どうしても人間離れしているように思えてしまうのだ。
「なにしてるんだろう」
綱吉は少し困ったような顔をしていたかと思えば、雲雀の白い息を見て頬を掻く。それから、へにゃりと相貌を崩した。
「え」
次の瞬間、雲雀が少々苛立ったように綱吉の肩を掴んで自分の方へ引き寄せた。
黒に溶け込んで、綱吉の姿が見えなくなる。丁度雲が移動して月が隠れてしまったせいもあった。
重なる影に息を飲み、炎真は身体を硬直させた。
数分にも体感した時間は、雲の動きから恐らく数秒もなかっただろう。音もなく別れた影は暫し見つめ合った後、先ほどよりも色の濃い吐息を漏らしながらバイクへ跨った。
静かな夜の住宅街に、バイクのエンジン音が響く。眠りを妨げるほど喧しくないそれは、流れる雲のように、すぐに姿を消した。
窓を開かないまま見送り、炎真はハアと息を吐く。冷えたガラスが一瞬にして曇り、そしてすぐに透明へと戻った。
成程、と炎真の胸にストンと落ちるものがある。数日前の教室での様子と先ほどの綱吉の姿が炎真の中で繋がった。
「初詣で会うのかな」
そのとき顔を合わせた彼がどういった反応を見せるのか、炎真にはまだ分からない。ただ、今日目撃したことは告げない方が良いだろうと、何となく思った。
「よいお年を、ツナくん」
既に夜の闇へ消えていった親友へそっと告げ、炎真はカーテンを閉じた。
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