ワイン(211220)
「はい」
短い言葉と共に差し出されたのは、湯気の立つガラスコップ。
冷たい手すりに身体を寄せて遠くに見える海を眺めていた綱吉は、少し身体を起こしてそれを受け取った。耐熱性のそれを両手で包むと、強すぎない熱がじんわりと皮膚に染みる。
ドロリした深い赤が満ちたガラスコップ。鼻を寄せると、シナモンとアルコールの匂いが香り立った。
「ホットワインですか?」
「そう。今日は冷えるから」
そう言うと、雲雀は綱吉の傍らでアイアン製の手すりに肘を置き、自分のコップへ口を寄せた。ふわりと漂う香りからすると、中身は同じホットワインなのだろう。綱吉も有難く、ホットワインを口に含んだ。スパイスと、ちょっぴり隠し味になっている蜂蜜が舌先に広がる。
「美味しいです」
「それは良かった」
冷たい空気と共にスルリと耳へ入り込んだ声は、微かに感情を含んでいた。それは彼にしては珍しい『喜』の色を滲ませていて。綱吉は思わずパッと彼を見上げた。
黒いハイネック姿の雲雀は片肘と背中を手すりに寄せた格好で、ゆっくりとコップを傾けている。その背景に広がるのは、朝靄で白んだ煉瓦の街並み。絵になる、とはまさにこのようなことを言うのだろう。
湯気を揺らすように吐いた息から、アルコールが抜ける匂いがする。
贅沢だなぁと思う。自然と目が覚めた冬の朝。頬が触れる外気が冷たい中、柔らかいニットに腕を通して、暖かいアルコールで身体の中から体温を上げる感覚。炬燵で食べるアイスと似ている感覚だと綱吉は思ったが、口に出すと呆れられそうだったので控えた。
「あ」
ズ、とほど良い温度になったので一口を大きくすると、綱吉の尻ポケットに入れていた携帯端末がフルリと震えた。手に取ってスワイプすると、超直感を使うまでもなく予想できた名前が画面に浮かび上がる。
「タイムリミット?」
「ですね」
雲雀も端末を覗き込んできたので、綱吉は彼へ見えるように身体をずらした。雲雀は文字を目で追いながら、ホットワインを一口飲む。綱吉は彼が読み終わった頃を見計らって、ポケットに端末をしまった。
「今度は事前に連絡くださいね」
「君に会うために一々伺いを立てろって? この僕に?」
「リボーンに怒られるのは俺なんですから」
唇を尖らせて、綱吉は残っていたホットワインを一息で飲み干す。父譲りの肝臓を持っているのか、アルコールに負けた様子を見せず、綱吉は空になったコップを雲雀へ突き返した。雲雀は眉を顰めながら、コップを受け取る。
「素直に攫われた共犯が、随分文句ばかり言う」
「そ、れは……まあ」
綱吉が察してほしいと言葉を濁すと、雲雀は大きく息を吐いた。ふと、騒がしい足音が屋外から聞こえてくる。綱吉が身を乗り出すように下を見やって、「あ」と声を漏らした。そこに、驚きも焦りもない。
お迎えが来たようだとその様子で察し、雲雀は自分の目で確認しないまま部屋の中へと戻る。
「ヒバリさん」
綱吉へ投げつけようと雲雀は上着を手に取った。すると、ベランダから名前を呼ばれる。
ダークブラウンのニットを着た綱吉は、アイアンの手すりに足をかけていた。雲雀はそれを止めるでもなく、空のコップを机へ置く。
「また。さっきの話、忘れないでくださいね」
柔らかな笑みでそう言うと、綱吉は手すりの向こう側へ身を落とした。
わ、と外から聞こえる声。騒がしい、と小さくぼやいて、雲雀は大分熱を失ったワインへ口をつけた。
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