馴れ初め(211206)
高校一年の春、綱吉はちょっとした騒動に巻き込まれた。
詳しい経緯は省くが、住み込みの家庭教師を始めとした知人たちは帰郷や部活で忙しい時期だった。そのため、並盛を混乱の渦に陥れようとした敵のアジトへ飛び込んだのは、綱吉と雲雀恭弥の二人だけ。
そんな最中。敵の親玉は雲雀が咬み殺した、周りを囲っていた部下たちも綱吉が一掃した――一言で表すなら『油断した』のだ。これで終わったと死ぬ気状態を解いた綱吉の足元が、ガラリと崩れた。
「え」
暴れ回ったせいで脆くなっていた足場が崩れる。確かこの下は廃材ばかりの地下室だった筈。綱吉の頭が回転したのはそこまでだ。
「――小動物っ」
だから、傾く視界いっぱいに雲雀の顔が広がる理由に気づいたのは、彼と共に砂だらけの床へ倒れこんでからだ。

「……反応なしか」
放置されて久しい山奥の別荘を改造した敵アジト。彼らも地下まで手入れをする余裕はなかったらしく、古い家具や廃材が散乱したままだ。そんな部屋の真ん中に落ちた綱吉と雲雀は、すっかり用をなさない携帯端末をポケットへしまった。
綱吉は大きく息を吐いて頭上を仰ぐ。
老朽化が進んでいたらしい別荘の床は、綱吉が穴を開けたことで倒壊寸前といった風体だ。今にもこちらへ倒れこみそうな屋敷を支えているのは、ロールの球針体である。因みに雲雀も雲雀で気力の限界だったらしく、上るための足場を作れるほどの球針体は量産できなかった。
「哲にここの位置情報を送っておくべきだったな」
「夜になっても戻らなければ、正一くんが連絡してくれますよ」
今回の作戦を知っているのは、雲雀と綱吉の他に入江正一だけだ。不審者を見つけたと報せてきたのが、彼だったのだ。
綱吉の言葉に、片膝を立てて天を仰いでいた雲雀は彼へジロリと視線を向けた。
「夜まで? 少なくともあと半日はここにいることになる」
「そ、うですけど……」
入江の報せからアジト突入まで三日間。かなり急ぎ足でことを進めたから、不備は出るものだ。
口元を引きつらせる綱吉からサッと視線をそらして、雲雀は「まあいいか」とぼやく。それからゴロリと床に寝そべった。
「ひ、ヒバリさん?!」
「どうせ哲が来るまでやることないだろう」
「そうですけど……」
砂と埃の区別もつかない床は、お世辞にも寝心地が良いとは言えないだろう。誇りだと大切にしていた腕章と黒い上着が汚れてしまっているが、気にしないのだろうか。
「……」
ものすごくくだらないことを考えてしまった、と綱吉は自己嫌悪に陥った。
綱吉は胡坐をかいたまま項垂れる。頭の後ろで手を組んで枕を作り、雲雀はチラリと綱吉を見やった。それから手を片方頭の下から引き出して、スルリと綱吉の首筋に触れた。
「ひ! な、なんですか!」
ビクリと肩を飛び上がらせた綱吉は、触れられた箇所を手の平で抑える。雲雀は少しの沈黙の後「さあ?」と呟いた。
「さあって……」
「ただ昼寝するだけじゃあつまらないな。ゲームでもしようか?」
「静かにするゲームは絶対に勝てないので勘弁してください!」
懇願するように綱吉は指を組む。雲雀は持ち上げていた手で、ガシとその手を掴んだ。またビクリと飛び上がりかけた綱吉は、ふと何かに気づいたように目をパチリと一つ。
「……ヒバリさん、疲れてますか?」
「さあ?」
適当にはぐらかして、雲雀は掴んだ綱吉の手を引いた。するりと指が解け、綱吉の片方の手が雲雀の胸元へ引き寄せられる。手の甲越しに伝わる熱と振動に、綱吉はじっと意識を傾けた。
「……やっぱり」
「もう黙りなよ」
口を開きかけた綱吉の腕を、雲雀はさらに強く引く。抵抗する力を込めていなかった綱吉の身体は、ストンと雲雀の腕の中に収まった。
綱吉の右耳に、ドクドクとした音が滑り込んでくる。じわ、と汗でもかくようにそこから熱が広がっていく心地がして、綱吉はそっと目を閉じた。綱吉の頭が乗る胸が緩く隆起して、くぁ、と空気の抜ける音が聴こえる。
「ねむい」
「やっぱり眠いんじゃないですか!」
起き上がろうとした綱吉は、しかし強い力でそれを阻まれた。少し動いただけで潰すような力で身体を押し付けられ、綱吉は仕方なく起き上がることを諦める。雲雀は既に目を閉じて寝る体勢に入っていた。
「静かにしてなよ。僕の隣で眠ることを許可しているんだから」
「……起きたら忘れたとかなしですよ」
綱吉はつい唇を尖らせる。雲雀は目を閉じたまま、口元をフッと緩めた。
「さあね」
今日はそればかりだ。綱吉はギュウギュウと胸に押し付けられたまま、溜息を吐いた。それから少し体勢を楽な方へ整えて、自分も目を閉じる。
すっかり寝入った二人が入江の連絡を受けた仲間たちに発見されたのは、それから丸一日経ってからのことだ。



カラン、と氷が硝子にぶつかる。思わず取り落としそうになったコップをテーブルへ置き、入江はズレた眼鏡の位置を正した。数分前まで赤くなっていた頬から熱が引き、頭をぼんやりとさせていた酔いが引いて行く。
「えーっと……僕は君たちの馴れ初めを聞いたつもりだったんだけど……」
入江の態度とは逆にすっかり赤ら顔の綱吉は、空になったコップを揺らして氷を鳴らした。
「だから馴れ初め。あれ、馴れ初めって付き合うきっかけのことだよね?」
まさかまた自分は言葉の意味を勘違いしていたのだろうか、と綱吉は口元を歪める。入江は慌てて手を振った。
「いや合ってる、合ってる。しかし……まさかあのときそんなことになっていたなんて」
口ではそう言いながら、入江の心境は混乱真っただ中だ。その流れで数年後にはシルバーリングを交換し合う仲になるのか、入江にはとんと理解できない。
綱吉は照れ臭そうにクスクスと笑っている。
「俺もびっくりだよ」
照れの傍らから滲む、幸せの色。趣味で作曲を続けている入江は、詩的な感想を抱いて口元を和らげた。
綱吉は知らないのだろう。高校時代のその四日間は、彼の友人たちの間で特別な四日間となっていることに。そのせいで入江たち三人は、ボンゴレだけでなく白蘭たちにまで『油断ならない』と認定されていることを。
彼らに今日聞いた話が伝わってしまうと、さらに酷く睨まれてしまうのだろうなぁ。
綱吉から手酌で注いでもらったお代わりを口にしながら、入江はぼんやりと思案する。まぁどうにかなるだろうと楽観的なことを考える彼もまた強かに酔っており、後日胃を痛めることを想像できないでいるのだった。
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