ダンス(211129)
――雲雀恭弥の真価とは、孤高である。何者にも囚われず束縛されず、自由気ままに戦いの場を駆け回るのが、本来の雲雀恭弥の姿、生態。それに自分は惚れたのだ。つまり、純粋なるファンである。
名前も知らない少年はそう言って、ニタリと笑った。その足元には、泥と血に塗れて意識を保っているかも怪しい小動物。それと、それに泣きながら縋りつくマフラーを巻いた子ども。
正面にはそんな三人。背後には鉄パイプ等を武器のように持った素行の悪そうな青少年がずらりと並ぶ。
それらをザッと見回して、雲雀は目の前に立つ少年――ここへ呼び出した相手へ視線を戻した。
「……それが、風紀委員を襲って並中関係者に付きまとって、自分が狙いだと勘違いして飛び出した小動物を、そこの子どもを人質に叩きのめして、あろうことか僕を呼び出す材料に使った理由?」
くだらない。一笑に付することもなく、雲雀はため息を吐いた。それを少年がどう捉えたかは分からない。少し不機嫌そうに眉を顰めた彼は、転がったままの小動物を蹴り飛ばした。「ツナ兄!」と子どもが悲鳴じみた声をあげ、ゴホリと唾を吐いた身体へ抱き着いた。
「アンタのトモダチ?」
「まさか。……興味をそそられる存在だから顔を覚えているだけ」
「気に入らないな」
少年はさらにグリリと小動物の頭を踏み潰す。「ぐぇ」と声が上がったので、気絶していたわけではないようだ。ただ、子どもを人質に取られている上、一番の武器である拳を後ろ手で拘束されている。そのせいで体の良いサンドバッグになってしまったわけだ。
「それはこっちの台詞だ。……小動物、いつまでくだらない草食動物でいるつもりだい? 失望させるんじゃない」
ギリ、と歯を噛みしめる音が少年から聞こえた。しかし、雲雀の知ったことではない。
ゴホ、とまた息を吐いて、地面に擦りつけられていた頭が少し持ち上がる。それも少年は片足で押し留めて、雲雀を睨みつけた。
「下手な動きをするんじゃねぇよ。アンタ、今の状況分かってる?」
ジリ、と背後を囲む集団が一歩踏み出す。雲雀はチラリと視線をやった。
「草食動物が幾ら束になったところで意味はない。僕のファンを名乗る割に、そんなことも分からないのか?」
「分かっているさ。ファンだからこそ、アンタの本来の姿を取り戻したいのさ」
恐らく武器を構えて好戦的な態度を見せる青少年たちは、雲雀に一発でも入れて憂さを晴らすなり名前に箔をつけるなりしたい輩ばかりなのだろう。だが、彼らを招集した少年は雲雀の勝利を確信している。風紀委員や並中生といった柵を捨てて戦い、勝利する雲雀を見たいと願っている。
売られた喧嘩は買うし、縄張りを荒らしたと言っても過言ではない彼らを咬み殺すのは、雲雀とて心外ではない。しかし、全てこの少年の望み通りにするのは気に入らないし、そうならないだろうと予感している。
「……そのまま草食動物の真似事をしているなら、途中で踏みつけられても文句はないね」
聞いているか分からない相手へ呟いて、雲雀は袖に仕込んでいたトンファーを構えた。この程度の相手に、ボンゴレギアまで使うつもりはない。尖らせすぎた牙で鈍間な草食動物を咬み殺すのは、雲雀だってつまらないと感じるものだ。
ピクリ、と微かに動いた肩を確認して、雲雀は殺気を高める集団へ向かい合った。

「すごい……」
フゥ太は小さな腕の中の温もりを失わないよう必死に抱きしめながらも、目の前で繰り広げられる光景を見入っていた。
雲雀恭弥が並中一の強さを誇ることは、ランキングを作ったフゥ太がよく知っている。それでも、彼の戦いを目にするのは初めてだったかもしれない。
振り向きざまにトンファーで二人の顎を砕くと、崩れ落ちた後頭部を踏み台に飛び上がる。ヒラリと揺れる裾。宙でクルクルと回り、落下のエネルギーも乗せてトンファーでこめかみや額を殴打する。悲鳴や血しぶきが飛ぶ中、着地した雲雀は攻撃の手を緩めずにトンファーを振るう。
まるで踊るような姿に、フゥ太の目は奪われたのだ。
綱吉を踏みつけていた少年は既に足を離し、雲雀の姿に見入っていた。彼の意識はこちらへ向いていないようだ。フゥ太が腕に抱いた身体を動かすように引きずると、ピクリと傷だらけのそれが動いた。
「ツナ兄?」
フゥ太の中で、綱吉が身体を起こしたのだ。
フゥ太の声でそれに気づいた少年が、舌を打ってナイフを取り出す。白銀に煌めくそれを振り上げた途端、彼は吹き飛ばされた青年の身体に押されゴロゴロと地面を転がった。
「くそ、なんだよ!」
自分よりも体格の良い青年の下敷きになり、地面を叩いて悪態をつく少年。そちらを茫然と見やったフゥ太は、青年を吹き飛ばしたであろう男の方へ顔を向けた。膝をつく程度に身体を起こせるようになっていた綱吉は、青く腫れた口元を持ち上げる。
「言った筈だよ、踏みつけられても知らないって」
「はは……すみません、ヒバリさん」
綱吉はゆっくりと立ち上がった。痛みで軋む骨を耐えるような顔が見えて、フゥ太は思わず彼へ手を伸ばす。それを押しとどめたのは、綱吉の微笑みだった。大丈夫、と唇だけで告げた彼は一度目を閉じ、調和を示す炎を額と瞳の中へ燃え上がらせた。
雲雀の死角を狙う鉄パイプを、綱吉の足が弾き飛ばす。手助けされたことにムッと口を曲げながら、雲雀は別の方向から飛び掛かって来た青年の鳩尾をトンファーで突き上げた。
トン、と二人の背中が僅かにぶつかる。
「その手錠、いつまでつけているつもりだい?」
「肩が外れている」
「そう」
雲雀のトンファーが背後の空を切る。綱吉は身体を屈めてそれを避け、足を使って取り囲む集団の一部を崩し倒した。それから背中を地面へつけるように足を振り上げ、目の前の男の顎を蹴り砕く。
雲雀はトンファーから仕込み鉤爪を出した。目の前に立ちふさがる三人を足蹴りにし、返す刀の要領で鉤爪を下に振り下ろす。
思わず、フゥ太は引きつった声を上げた。パキン、と音がして砕けた鉄の破片が宙に舞う。手錠が砕かれた、と意識の片隅で理解する。フゥ太の目が捉えたのは、綱吉の腕が自由になった途端、トンファーを握る拳で彼の肩を思い切り殴り飛ばす雲雀の姿だった。
簡単に吹き飛ばされた綱吉は、数人の青年をクッションにして衝撃を和らげる。きっちり足の裏からぶつかった辺り、彼も受け身をとっていたのだろう。
ボゥと立ち上がったオレンジ色の炎が、立ち込める砂煙を切り払った。
「……荒療治すぎるぞ、ヒバリ」
どこか呆れたような声色で呟き、綱吉は具合を確かめるように肩を回した。
額と両拳に宿る炎を瞳に映し、雲雀は口元を細めた。満足そうな顔をしている、とフゥ太は呑気な感想を抱いてしまう。
「踊ってみせなよ、小動物。彼らに、よぅく見えるように」
ジャラリと垂らした鎖を回しながら、雲雀は呟く。綱吉は腹に溜まっていた息を全て吐き出すように深く肩を動かし、握った拳を持ち上げた。
それからの展開は、語るべくもなく。あっという間に場を制してしまったのは、雲雀恭弥と沢田綱吉の方だった。死ぬ気を解いて普段通りお人よしの笑顔で駆け寄る綱吉に声をかけられるまで、フゥ太は呼吸する暇すら惜しいというようにじっと二人に魅入っていた。
踊るように戦場をかける二人の姿は、嘗て瞳に映っていた星々よりもキラキラと輝いて見えていたのだ。
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