手紙(211108)
オレンジの混じった白い封筒。しっかりと蝋で封をされたその宛書は、こなれた筆記体が踊っている。英語とは異なる配列のため、なんと記してあるかは分からなかった。
そんな封筒を指で摘まみ、並盛中学風紀委員長・雲雀恭弥は天井の灯りに透かして見た。

とある未来のXデー後、ボンゴレの十代目守護者たちに配られたものがある。彼らのボスから守護者各個人に当てた恋文――というふざけた宛書のされた遺書である。
獄寺隼人には、各地に散っている守護者たちの招集と森に隠された棺の守護を。
山本武には、並盛の地下アジトを訪れるだろう援軍のサポートを。
ランボには、イーピンと協力して笹川京子と三浦ハルの保護を。
笹川了平には、イタリア本部との会談とその後にもたらされる筈の救難信号への返答を。
六道骸とクローム髑髏には、それぞれの意志の下に仲間と自分の身を優先するようにと。
今考えれば、それは遺書であり、この後に目論まれていた計画のための指令書であった。
ならば、と戦いの後に目覚めて記憶を受け取った守護者たちは考える。ボスの遺体を棺に納めた際、雲雀恭弥も、同じ封筒を手にしていた。そこには、何が記されていたのか、と。
あの戦いで唯一、ボスの意志を知っていた雲の守護者へ、彼は何を告げたのかと。
「雲雀、あの手紙読んだか?」
恐れ知らずにも初めにそれを指摘したのは、山本武だった。獄寺は思わず彼を罵倒しそうになったが、寸でのところで堪える。
雲雀は常に涼しく細めている目を僅かに開き、「手紙」と反芻した。
「ほら、ツナからのラブレターだか遺書だか指令書だかさ。お前も貰ってただろ?」
「……ああ」
そこでやっと雲雀は、何のことだか思い至ったようだ。
獄寺は書類整理の手を止め、じっと耳を欹てた。部屋の隅にいたランボも、怖いもの見たさといった風にチラリと視線を向けている。
雲雀はフ、と羽根でも払うように息を吐いた。
「……さてね。中身に興味がなくて部屋に置いていたけど、いつのまにかなくなってたよ」
「そっか……まあ、俺らの内容がアレだったから、単なる白紙(ブラフ)だったのかもな」
頭の後ろで手を組み、山本はつまらなさそうに天を仰ぐ。
「差出人に直接聞けば?」
これで話はしまい、もう興味はない。雲雀はそういった態度で手をヒラリと振ると、目的の書類を二三枚浚って部屋を出て行った。
廊下へ消えて行く背中を見送り、ランボは詰めていた息を吐く。獄寺は眉間を揉みながら、ぶらぶらと足を揺らす山本に声をかけた。
「急に何言い出しやがる、このバカ」
「みんな気になってるだろ?」
「そうですけど……しかし山本氏、雲雀氏の言う通り、ボンゴレに聞いた方が早いのでは?」
それにその方が、ランボとしても容易いように思う。すると山本はもう聞いたのだと事も無げに言った。
「でもツナも覚えてないってさ」
「……お前、それで雲雀にも聞いたのか」
藪蛇を突きやがって、と獄寺は顔を顰める。ランボも頬を引きつらせ、肩を竦めた。山本はカラカラ笑って、二人の懸念事項に気づかないふりを通した。

いつの間にかなくなっていた。それは間違いではない。ボンゴレのアジトから繋がる風紀財団の地下アジトの私室。その引き出しに、雲雀は封を切らないまましまった記憶がある。
人差し指を引き出しに引っかけてカラリと開く。しかしそこに数点のリングが転がるだけで、例のオレンジと白が混じった封筒は見当たらない。
――十年前の恭さんが、帰還前に部屋中を触っていたようですが。
戻ってきた二十五歳の雲雀が他人の匂いに気づいて不機嫌になる前に、と草壁が告げた言葉が蘇る。
引き出しを指一本で押し戻し、雲雀はフッと息を吐いた。羽根が吹き飛ぶような軽い調子。口角は、軽く持ち上がっている。
「手癖が悪いね」
十年前の自分に、今更何も罰を与えられはしない。だから、そう咎めるように呟くしか、今の雲雀にはできなかった。

沢田綱吉、十四歳。現在、校舎裏に尻をつけて座り込んでいる。何故かって、目の前に片足を壁につけて立ち塞がる、並盛最強の風紀委員長がいるからだ。
「ひ、ヒバリさん……俺、まだ授業中……」
「これ」
ぴ、といつもはトンファーを握る指が、オレンジのような白のような不思議な色をした封筒を摘まんでいる。宛書は筆記体。ブロック体の英語すら満足に読めない綱吉に、意味が理解できるわけない。
「『愛する人へ』だって」
「……それ、そう読むんですか?」
「そう。なのに本文は『遺書』って表題みたいに書いてある。とんだラブレターだと思わないかい?」
雲雀恭弥になんて手紙を送るんだ! 綱吉は震えながら、顔も知らない要らぬ勇気を持った相手の身を案じた。
「あ、悪趣味ないたずらですかね……は、果たし状ってことですか?」
「いや、正真正銘のラブレターだとは思うよ」
ストンと雲雀は、座り込む綱吉と目線を合わせるように膝を折った。
既にペーパーナイフで開いていた隙間へ指を入れ、中身を取り出す。便箋も、封筒と同じ色をしていた。入っていたのは一枚だけ。折りたたんだ裏側から見えるインクの滲み方からすると、便箋の半分も文字は綴られていないようだった。
目をパチパチとさせる綱吉の前へ、雲雀は広げた便箋を突き付ける。
困惑する琥珀の瞳が文字を追って動く。全て読み終えたのか、瞳は丸くなり、目尻は朱に染まった。
「ストレートすぎて、逆に腹立たしくなる」
それはラブレターであり遺書であり――いや、わざわざ一転させて奇をてらう必要はない。それはまさしく、宛書の意味をそのまま読み取るべきものだった。
「さて、小動物」
差し出し人は目の前の少年――正しくは、その十年後。しかし彼の未来がその差出人へ繋がるのならば、今ここで雲雀が手紙の返答をしても問題はない筈である。
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