20:かいがらのあめ
「お、古里じゃん」
窓側を歩く山本が、そんなことを呟いて足を止めた。山本と綱吉と獄寺、三人でこれから下校しようと廊下を歩いていたときのことだ。立ち止まった山本と同じように綱吉も足を止め、彼の横から窓の外を覗く。
雑草が生えた校舎裏。足元にすり寄る猫の腹を撫でる炎真の後頭部が、綱吉の目に映った。
だらしなく天へ向ける腹を、指で擽る。ピクリピクリと足が動いて、時折喉元に触れるとグルルと鳴く。その様子を見て、出会った頃は力なく結ばれていた唇が、ふわりと綻んだ。
「……」
「ツナ? なんか変な顔してるぜ」
「え」
足より下の方に見える姿を見つめていると、そんな言葉をかけられる。思わず顔を上げると、山本はカラカラと笑った。
「変なって、どんな……?」
なんだか恥ずかしさがこみ上げてきて、綱吉はゴシと手の甲で頬を擦る。綱吉の問に山本は頭の後ろで手を組んで「んー」と首を傾げた。
「おい、野球馬鹿。十代目はいつも凛々しいお顔だろ」
「いや、まあ、パッと見いつもといっしょなんだけどよ」
何と言ったら良いか、と山本は少し言葉を探すように視線を動かした。
「ほら、ツナの家にいるランボたちみたいな」
「ランボ?」
「大切な宝物を見るような、でも誰かにそれを構われてちょっとつまらなさそうな。そんな感じ」
『ランボたちを見るような顔』で、とは度々言われることがあったが、まさか『ランボたちのような顔』だと言われるのは殆ど初めてだった。それも、とある人物を見つめていたときにだ!
綱吉はムニ、と自分の頬をつねる。
「十代目をアホ牛と同じにすんな」
黙り込んでしまう綱吉の姿に何を思ったのか、獄寺は山本の肩を叩く。山本は軽く笑って頬を掻いた。それから悶々と考え込むように自分の頭を抱える綱吉を見て、少し申し訳なさそうに眉根を下げる。
「悪いツナ。そんな悩ませるつもりで言ったわけじゃねぇぜ?」
「あ、いやまあ、それは分かるよ。ただ……」
山本の言葉にパッと顔を上げた綱吉は、すぐにまた表情を苦くして視線を外に向けた。琥珀色の瞳が何を見つめたのか、クッと皺の寄った眉間と微かに赤らんだ頬で容易に想像できる。
傍らの獄寺が僅かに口を曲げるのを横目で見やり、山本は軽く天井を仰いだ。
「よし」
「え」
「は、おい、この野球馬鹿」
何してんだ、と虚を突かれた獄寺も反応が一拍遅れた。
綱吉の脇に手を差し入れた山本は、彼の身体をストンと窓の縁に乗せる。それから階下へ声を張り上げた。
「古里ぉー!」
頭上から声をかけられ、赤い頭がビクリと震える。足元から猫が飛び出すのを見送り、彼はゆっくりとこちらを仰ぎ見た。それからぎょっと目を丸くする。
「頼んだー!」
「え、ちょ、やまも、」
「だいじょーぶだって」
幾ら二階で、相手は空を飛べる推進力持ちの綱吉で、下には重力を操れる炎真がいるとはいえ、これは暴挙すぎるのでは。そんな綱吉の言葉も間に合わず、山本の手が肩を押す。
ふわ、と小柄な身体が宙に浮く。ひえ、と声が出た。腕を伸ばすが、親友はそれを掴んでくれる様子を見せず、見送るように手を振るばかり。
綱吉は真っ青な空を視界いっぱいに収めながら、背後で受け止めようと待ち受けてくれる暖かい炎の気配に身を委ねるしかなかった。
「俺はツナに受け止めてもらったから」
「屋上ダイブは友情の印じゃないんだよ、山本!!」
さすがにやりすぎだ。既に獄寺からたんこぶをもらっていた山本を、綱吉も殴りたくなった。
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