我慢(211101)
夜の帳が落ちた町。いつもは静かなそこが、昨夜は光で溢れていた。飴玉のように町を彩る光とその間を思い思いの仮装で歩き回る子どもたち。一年に一度のお祭りに、浮足立つ者ばかり。網膜を焼くようなキラキラとした光景はチリチリと胸まで焦がし、ヒバリンの喉元に『不快』の二文字を突き付けた。
いや、それだけではない。これは『渇き』だ。
ゴクリ、と唾を飲む。ホットミルクを飲んでもココナッツジュースを飲んでも、砂漠のようにすぐ渇いてしまう。自覚はしている。これは、とある方法でしか癒せない渇きだ。
「……」
町はずれに立った一軒家の屋根に座り、昨夜の祭りの残滓を眺める。ヒバリンは立てた膝に頬杖をついた。チリリ、と喉が焼ける感覚。
「……ほんと、厄介だな」
ヒバリンの好物はハンバーグとココナッツジュース。『吸い殺す』と口癖にする程度に血も好むが、それは吸血鬼の生態故によるところが大きい。
「……生態、か」
なんだか、ムカムカと気分が悪くなった。あらゆる事象、常識にすら縛られることを嫌うヒバリンにとって、自身の生態に身体の調子が左右されることすら腹立たしい。そう考えると大人しくこうして座っていることすら馬鹿らしくなって、ヒバリンは立ち上がると窓から家の中へ飛び込んだ。
「ひ! ヒバリン!」
丁度夕食の準備をしていたツナは、突然現れたヒバリンを見てぎょっと目を丸くした。
「どこにいたのかと思ったら……また屋根に上ってたんですか?」
運んでいた皿を机に置いて、ツナはヒバリンに駆け寄る。初めの頃に比べたら、随分と警戒心は解けたものだ。ヒバリンは、餌づけされた小動物を思い出した。
キッチンから流れてくる匂いが鼻孔を突く。鼻から入った良い匂いは胃を擽り、ぐぅと音を鳴らした。
「お腹すいた」
「もう少し待ってください。まだ完成していないんですから」
「今食べたい」
「我慢してください」
初めの頃は一睨みすれば肩を震わせてヒバリンの言う通りにしていたのに、すっかり生意気になったものだ。少々怯えた様子はあるが、キッと眦を上げてヒバリンを見上げる。精一杯威嚇する小動物だ。
ヒバリンがジッと見つめると、ツナは慌てたように顔を背けてキッチンへ戻って行く。
(おなかすいた……喉も乾いた……)
グルグルと内臓がかき回されるような空腹感。これはきっと、喉の渇きとも関係している。
こちらに背を向けたツナの、栗色の襟足が躍る項。
「……――」
ヒバリンは無意識にツナの手を掴んでいた。
「わ、なんですか」
足を止められたツナが、驚いたように振り返る。その顎をもう片方の手で掴んで固定し、ヒバリンはパッカリと口を開いた。
「そうだ、なんで我慢なんてしてたんだろう」
「ヒバ、」
「そんなの、僕の性に合わない」
ヒバリンの行動を察したツナが、顔を青くする。やめろ、という声が部屋に響く前に、ヒバリンの牙がツナの肌に触れた。
「――『雲雀』さん!」
牙が皮膚を食い破る瞬間、引きつるように叫んだツナの声でヒバリンはその動きを止める。
「……今?」
「今以外使う場面が思いつきません!」
ビリビリと微弱な電流を流されたように、ヒバリンの身体が固まった。その隙をついて、ツナはヒバリンの手から逃れる。
「毎度毎度、急に吸い殺そうとするのは止めてください!」
「お腹がすくんだからしょうがない」
「う……でも、不意打ちはやめてください! 心の準備もあるので!」
漸く真名による拒絶の痺れが取れ、ヒバリンは上げていた腕を下ろすことができた。しかしツナの言い分には納得できなくて、口をヘの字に曲げる。
「正直に言ったって、何だかんだ理由付けて少ししか吸わせてくれないくせに」
「だって痛いし……」
口ごもるツナに、ヒバリンはため息を吐いた。
「さっさと真名を吐けば良いのに」
「真名で縛って吸い殺す気でしょ!」
「その理解力は悪くないね」
口元で弧を描いて見せると、ツナはあからさまに顔を青くして大仰に飛びのいた。その様子に、ヒバリンの口角はますます高く上がってしまう。
壁に背をつけて丸くなろうとするツナへ近づいて、ヒバリンはヒョイとその顎を指で持ち上げた。
「……僕、そう我慢強くないから……気を付けることだね」
「な、何に――!?」
ツナの悲鳴に応えず、ヒバリンは顎から指を離す。それからプルプルと震える彼をおいて、ヒバリンはサッサと最近お気に入りのロッキングチェアに腰を下ろした。
×
「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -