第4話 chapter2
「うがー!!」
重い沈黙を切り裂くように、メイクラックモンは叫び声を上げた。ヤマトたちは驚き、その大きさに身を竦ませる。
芽心は頬に貼りつく髪を手で抑えながら、顔を上げた。
「メイちゃん……私が、止めないと……!」
恐怖で足が震える。芽心の足を辛うじて動かしていたのは、ヒカリたちの言葉だった。

――パートナーなんだから。

「私が、メイちゃんを……」
メイクラックモンはワーガルルモンを触手で振り払う。それから地面を蹴って跳躍すると、エンジェウーモンに向けて腕を振り上げた。
一息で近づいてきたメイクラックモンに、エンジェウーモンは対応できない。腕を掲げたが、全ての衝撃をいなすことができず、エンジェウーモンは地面に叩きつけられた。
「くあ!」
「エンジェウーモン!」
叩きつけられた衝撃で、エンジェウーモンはテイルモンへと戻る。さらに追撃しようとするメイクラックモンへ、ワーガルルモンは体当たりして軌道を逸らした。
歩道橋に落下したメイクラックモンは、ワーガルルモンを触手で投げ飛ばした。
「やめて、メイちゃん!!」
思わず叫んで駆け出した芽心は、腕を掴まれて引き留められた。振り返った芽心は、驚いて目を見開く。
芽心の腕を掴んでいたのは、息を切らした父だったのだ。
「お父さん、どうして」
「ここで収録中だったんだ。それに、お前こそ何をしている」
強い語調に気圧されながらも、芽心はキュッと唇を噛む。
「……関係ないけん。腕、離して。私、メイちゃんを止めんと」
「メイちゃん? まさかあのデジモン、メイクーモンなのか?」
芽心の目線で、望月はメイクラックモンがメイクーモンであることに気が付いたようだ。さらに彼が強く腕を引いたので、芽心は昨日の怪我が痛んで小さく呻いた。
そこで望月は娘の傷にも気づき、ますます顔を顰めた。望月は娘の腕を掴む力を少し緩める。
「暴れているのか。何故だ」
「分からんけど、でも」
「まさかその傷もあいつのせいか。得体のしれない奴だと思っていたが、やはりデジモンは危険な生き物……」
カッと芽心の頭に血が昇った。熱くなる腹の衝動のまま、芽心は父の腕を振り払った。
「やめて! メイちゃんのこと悪く言わんで! お父さんがそんなんだから、お母さんもいなくなるんだけえ!」
「母さん? 何を言っているんだ、母さんは、」
娘の言いたいことが分からないといった風に、望月は戸惑いを見せる。それに気づかず、芽心は頭を振り乱して父を拒絶した。
「やめていな! 来ないで!」
芽心が叫ぶ度、彼女のポケットから黒い光があふれだす。そこには、彼女のデジヴァイスが入っていた。
それに反応してか、ピクリとメイクラックモンは二人へ視線を向けた。
腕を振って拒絶する芽心と、そんな彼女へ無理やり腕を伸ばす男。メイクラックモンの毛がザワリと逆立つ。
「メイコ」
ポツリと呟き、メイクラックモンは鋭い爪を持つ手を、身体の前で交差させた。
ワーガルルモンやリリモンたちを薙ぎ払い、メイクラックモンは交差させた腕を戻す勢いで赤い斬撃を飛ばす。それは、望月親子を狙っていた。
「芽心さん、逃げて!」
ミミが叫んだことで、錯乱していた芽心もハッと我に返る。彼女の瞳に、襲い掛かる赤い斬撃とそれを放ったメイクラックモンの姿が映りこんだ。
「芽心さん!!」
斬撃は二人の立っていたコンクリートの地面を抉り、砂煙と大きな音を立てる。
「大丈夫か、望月!」
霧のように辺りを覆った砂煙の中、倒れこんだ芽心は咳き込みながら身体を起こした。
衝撃は余波を食らったようだ。攻撃が直撃する瞬間、誰かに身体を押された気がする。お陰で攻撃を生身で受けることはなかった。左腕は痛んだし擦り傷はできたが、動けないほどではない。
「え……」
芽心から少し離れた場所で、倒れる人間がいた。頭から赤い液体が零れ、瓦礫を汚している。
芽心は震える手で口元を抑えた。
冷静になればすぐに出る答えだ。庇ってくれた『誰か』など、この状況では一人しかいない。
「いや……いやあぁぁ!! お父さん!! なんでぇ!!」
駆け寄った丈たちは、芽心と彼女の父の様子を見て青ざめた。
丈は片膝をついて望月の呼吸や心拍を確認すると、すぐに光子郎へ救急車を手配するよう指示を出した。それから所持していたショルダーバックから三角巾を取り出す。そして、望月の傷へ宛がった。
「メイコ……」
芽心は顔を上げる。丈たちも、身を固くした。ヤマトや太一たちは、駆け寄ろうとして足を止める。
芽心の目の前に、メイクラックモンが立っていた。
パートナーを守るように、イッカクモンは丈の前に出る。しかしメイクラックモンは彼らの方へ一瞥も向けず、目の前の芽心を見つめていた。
「メイコ」
メイクーモンのときと比べると、随分と落ち着いて女性的な声だ。
メイクラックモンはそっと手を伸ばした。
そこから伸びる赤い爪が、たった今自分たちを傷つけたのだと思い出し、芽心は息を飲んだ。
「……来ないで!」
ピクリ、とメイクラックモンは動きを止める。頭を抱え、芽心はメイクラックモンから視線を逸らした。
ひとたび口から零れた言葉は止まらない。
「もう嫌だ……たくさん壊してたくさん傷つけて、そんな悪い子、私のメイちゃんじゃなか!!」
メイクラックモンは赤く濁った眼を見開いた。パートナーが、身を丸くして自分を拒絶している。ニヤリと歪む口元の紡ぐ言葉が、メイクラックモンの脳裏に浮かびあがった。

――生まれてくるべきではなかったデジモン――

「だ、があああああ!!」
パキン、と何かが割れるような音。背中の黒い翼のような靄がさらに吹き上がり、叫び声を上げるメイクラックモンの身体を包み始める。
「な、なんだ?!」
一緒に風が吹きあがり、丈は慌てて望月を庇うように体勢を低くした。
黒い靄――いや、羽根のようなものが渦を巻き、メイクラックモンの身体を造り変えていく。ギラリとした瞳が黒い渦の隙間から覗いた。
「――それはまだ早いだろう」
突然、メイクラックモンの身体が、それよりも大きな手に捕まれた。
その場にいた誰もが、息を飲んで目を疑った。
黒い闇を切り取ったようなゲートから、白くほっそりとした機械の『手』が伸びている。その手が、メイクラックモンを固く掴んでいたのだ。
メイクラックモンがじたばたともがくも、『手』は力を緩めない。手は、そのままメイクラックモンを闇へ引きずりこむ。
「メ……」
咄嗟に手を伸ばしかけて、芽心は指を握りこんだ。
あれだけの暴言を吐いた自分が、何と声をかけようとしたのか。芽心自身にも分からない。
芽心が茫然と見つめる中、メイクラックモンは闇へと飲み込まれていく。
すると、闇から、さらにもう一つの『手』が現れた。メイクラックモンを掴んだ方が引き下がると入れかわるように出てきた『手』は、座り込んだままだったヒカリの方へ向かう。
「ヒカリ、テイルモン!」
ぐったりとしたテイルモンを抱えていたヒカリは、兄の声に反応して顔を上げた。
「――させません」
ヒカリの唇が動く。
ピタリと、細い爪が彼女の鼻先で止まる。
ヒカリと『手』の間に滑り込んだセイバーハックモンとウォーグレイモンは、『手』を弾きあげる。二つの騎士の背中を見つめ、ヒカリはスッと立ち上がった。仄かに発光した彼女は、頭上を見上げる。
その目蓋を一度閉じて開く。すると、空が瞬きするように割れた。建物の二階相当の位置に浮かぶ穴は、太一たちに馴染み深い世界の風景を映していた。
「ゲート……また?」
「まさか、ホメオスタシス……!」
体表を薄く発光させた少女は、抱きかかえていたテイルモンを穴へ向けて掲げた。気絶したままのテイルモンは、少女の手を離れてふわりと浮かぶ。
そのままゲートへ吸い込まれていくテイルモンを、太一たちは思わず見つめた。
「わ!」
「え、ちょっと、リリモン!」
「モチモン!」
「す、吸い込まれるのよ、ミミ」
「こうしろうはーん」
ミミたちは慌てる。傍らにいたパートナーが、テイルモンの後を追うようにふわりと穴へ引き寄せられていったのだ。
「おい、どういうことだ!」
ワーガルルモンの腕を掴み、ヤマトは思わず鋭い視線を向けた。
凪いだ海のような瞳が、慌てる子どもたちを映した。
「……これ以上、好き勝手にはさせません。デジモンたちは、デジタルワールドで預かります」
デジタルワールド管理者による強制送還。それはセイバーハックモンも適応されているようだ。足を踏みしめ、ジロリと少女を睨んだ。
「ホメオスタシス、どういうことだ。私はまだ、」
「あなたの力はまだ必要です」
静かなホメオスタシスの声に、セイバーハックモンは少し悔しそうに顔を歪めた。それから、踏ん張る足で地面を蹴り、穴へと自ら飛び込んだ。
「そらぁ!」
「ピヨモン……!」
空と両手を握り合ったピヨモンは、強制送還の風から逃れようと身体を捻じる。その必死な姿の横を、モチモンやリリモン、イッカクモンたちが通り過ぎていく。
「モチモーン!」
「リリモン!!」
「イッカクモン!」
空はクッと唇を噛みしめ、指の力を緩めた。
「え……そら……」
茫然とするピヨモンの丸い瞳に、離した手を下ろす空の姿が映る。
「そら……!」
ピヨモンやワーガルルモンまで、ゲートの向こうに消えていく。
「タイチ……」
「ウォーグレイモン……!」
究極体でも強制送還の風には逆らえないようだ。じりじりゲートへ近づいていくウォーグレイモンへ、太一は駆け寄って腕を伸ばした。ウォーグレイモンも腕を伸ばす。
「待てよ!」
「タイチ、僕は、また――」
ウォーグレイモンの言葉が途切れる。
最後の言葉をはっきりと聞き取る前にデジモンたちはゲートの向こうへ消えていった。
いつの間にか、白い『手』と闇のゲートも消えている。
「そんな……」
「随分、荒っぽいのね」
ガックリと肩を落とすミミは、背後から聞こえてきた声にハッとして振り返った。
「姫川、さん」
スーツ姿の姫川が、腕を組んで立っている。口元には、薄っすら笑みを浮かべて。
その雰囲気が可笑しいと、ミミだけでなくその場にいた子どもたちは肌で感じ取る。
「姫川さん、どうしてここに……」
「メイクラックモンの様子を見にね」
「それはどういう……」
「――彼女こそ、ウイルスプログラムを造り、デジモンたちを暴走した張本人です」
固い少女の声に、ミミは思わず「うそ……」と呟いていた。
「嘘じゃないわ、ヒカリちゃん――いや、ホメオスタシスだったかしら、彼女の言う通りよ」
「どうして、こんなことを!」
光子郎が睨みつけると、姫川はチラリとテレビ局の方を一瞥した。人の声と気配がする。野次馬が集まって来ることを気にしているようだ。
「私のパートナーを取り戻すためよ」
「え……」
「そして彼もね」
姫川が、視線を向けた先へ微笑みかける。そちらを見やった太一たちは、目を丸くした。
「西島先生……!」
見慣れないジャケットに袖を通した西島が、黙したまま佇んでいた。姫川はニヤリと細く笑んだまま、彼の方へ歩み寄った。
「ありがとう、あなたなら私の目的に賛同してくれると思っていたわ」
姫川は手を差し出す。握手をしようとしたのだろうか。その手を一瞥し、西島はポケットへ入れていた手を取り出した。
――カチャン。
「へ?」
ポカン、とヤマトたちは言葉を失う。状況が把握できない。西島はポケットから取り出した手錠を、姫川の手首に嵌めたのだ。
姫川はチラリと、自身の手首に鎮座する無粋な腕飾りを見やった。
「……これは、どういうことかしら?」
「……ごめん、姫ちゃん」
物陰から、数人の大人が飛び出す。彼らは皆、西島と同じジャケットを着て、構えた拳銃の銃口を姫川に向けていた。
手錠を掴んだまま、西島はもう片方の手をポケットから取り出す。その手に握られていたのは、黒い革の手帳だった。
「警察庁情報通信局サイバーフォース・デジタルワールド解析班――西島大吾。姫川マキ、サイバーテロの容疑で逮捕する!」
ドラマで一度は目にしたことのある警察手帳。自分の顔写真付きのそれを掲げ、西島は声高々に言い放った。
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