第3話 chapter7
「西島先生? 今日は見てないなぁ」
「あの人は休日出勤しないですよね」
「というか、八神くん、部活動以外で勝手に校内に入ってはダメよ」
何人かの教師に声をかけたが、皆の答えは揃って同じだった。ついには休日に学校内へ入ったことを注意されてしまい、太一は苦笑しながらタケルと共にそそくさとその場を去った。
「やっぱ、休みの日じゃ話は聞けない?」
「ああ。しかももうすぐテスト週間に入るから、先生たちもピリピリしてる」
ゲンナリと顔を顰め、太一は吐息を漏らした。タケルも苦笑して、学校を出ようと促した。
「八神」
「あ」
タケルと校門へ向かっていた太一は、声をかけられて足を止めた。タケルがそっと見やると、練習着姿の男子生徒が笑いながら駆け寄ってきた。どうやら、サッカー部の同級生らしい。
「お前、まだ復帰しないのかよ」
「悪い」
「足の怪我が長引いてんのか? けど、見学くらい来いよ、鈍るぜ」
男子生徒は早口で、次は絶対練習に参加するよう言い、また駆けて行った。
「タイチ?」
「悪い、アグモン」
足元からこちらを見上げるアグモンの頭を撫でて、太一は校門へ足を向ける。
「太一さん、」
「今は、こっちが優先だろ」
タケルの言葉を遮って、太一は振り返ると「な」と微笑んだ。

◇◆◇

太一とタケルが月島総合高校を後にした頃、ヤマトたちはテレビ局にいた。裕明の口利きで用意してもらった入局カードを首から下げ、ヤマトと空は父母と控室で対面していた。
光子郎の推理を伝えると、春彦は渋い顔で腕を組んだ。
「お父さん?」
「実は、望月教授なんだが……」
春彦は口ごもりながら、先日の控室での望月教授の発言を告げた。
「怪しいな」
「じゃあ、望月教授が?」
空とヤマトは顔を見合わせる。異を唱えたのは、奈津子だった。
「本当にそうかしら?」
「何だ、何か気になることでもあんのか?」
裕明が訊ねると、奈津子はうまく言葉にできないのだが、と顎へ手を添えた。
「どうも、望月教授が家族にそんなことする人には思えなくて……だって、あの人、スケジュール帖に家族三人の写真を入れていたのよ?」
「家族三人……でも、芽心さんは父子家庭の一人っ子だって」
どういうことだとヤマトは眉を顰めた。そこで控室のドアがノックされ、収録の時間だと報せる声が聞こえる。
「収録後に、望月教授と少し話をしてみるよ」
「ありがとう、お父さん」
「スタジオで見学していっても良いか?」
「ああ、静かにな」
裕明たちと共に廊下へ出たヤマトたちは、スタジオに入った。
裕明はディレクター席へ。スタジオに用意された席へ奈津子と春彦が座る。
ADの声が響き、収録が始まった。

◇◆◇

一方、望月教授の在籍する大学へ来ていた丈とミミ。学生から教えてもらった望月教授の研究室から退室した丈は、腕の中のゴマモンと顔を見合わせて吐息を漏らした。
「丈先輩」
校舎を出たところで、大学の事務室へ行っていたミミとパルモンと合流した。
「だめ、姫川さん、今日は出勤していないって」
「研究室の方にも来ていないみたいだ」
ヤマトたちからの連絡では、スタジオの方にも姿を見せていないらしい。どうしたものかと、丈は頭を掻いた。
「姫川さんってちょっとした有名人だったみたい」
「ああ、研究室でもそんな話聞いたよ」
冷静沈着、頭脳明晰、一視同仁。姫川の人物像はこれらに象徴されると皆口を揃える。あまりプライベートを開くことがなく、そのミステリアスさも彼女の魅力を引き立てていると、熱弁する者もいた。
「やっぱり、私は信じたくないな……」
姫川を嫌う者はいない。芽心も、姉のように慕っているのだ。それを裏切っていると、ミミは思いたくなかった。
「……だったら、しっかり情報を集めて証明しよう」
俯きかけていたミミは、丈に肩を叩かれてハッと顔を上げた。
「姫川さんは本当に良い人だったって、僕らで証明するんだ」
「丈先輩……」
「そうよ、ミミ。あの人、私たちを撫でる手が優しかったもの」
「オイラはそんなに会ったことないけど」
ミミやパルモンがそう言うなら、信じる意味はあるとゴマモンも同意する。
「うん!」
ミミは口元に笑みを浮かべ、強く頷いた。

◇◆◇

光子郎はテレビ局の一般待合室で、ノートパソコンを睨みつけていた。隣に座っていたモチモンが、労わるようにペットボトルを差し出す。
「こないなところでまで、精がでますな」
「揶揄わないで、モチモン。……時間が足りないんです」
ウイルスプログラムを除去する方法。それを見つけるまで、あと一歩なのだ。光子郎は顎へ手をやり、じっとデータ配列を見つめた。
「アグモンから、抗体はとれたんでっしゃろ?」
「そうなんですけど……」
吐息を漏らして、光子郎はモチモンから受け取ったペットボトルの蓋を回した。
ウイルスプログラムとは、一般的に言うようなデータを破壊するものではない。データの配列を、無理やり組み替えるのだ。それは、どうやらデジモンを強化する目的があるらしい。
しかし殆どのデジモンがその負荷に耐え切れず、暴走してしまう。ワクチンプログラムは、先に無理なくデータを強化し、ウイルスプログラムの動作を失くすことができる。その強化の過程で、究極進化が必要となるのだ。
アグモンから検出された抗体とは、つまりデータ強化プログラムのことである。
「既にウイルスプログラムの組み換え動作が始まってしまった場合、この抗体では太刀打ちできません。どちらも大きな括りではデータ強化プログラムですから」
喉を潤し、光子郎はまた大きく溜息を吐いた。
「ほな、その組み換えを止めるとか」
「暴走状態になると、その組み換えは完了しているようなんだ。ただ、元々のデジモンの身体に合わない配列だから暴走してしまうみたいで」
「なら、配列を戻せばええんとちゃいまっか?」
「そう……だね」
それは思いつかなかった、と光子郎は丸い目を瞬かせた。ふむ、と顎を撫で、光子郎はもう一度画面に目をやる。
「強化されたデータを元に戻す……つまり、進化エネルギーを使い切って幼年期に戻るときと同じように考えれば……」
ふと、光子郎は動きを止める。
「……ダークタワーのデータを、使えば」
「進化の力を抑制するあれでっか?」
「少々癪ですが……進化を抑制するこのデータを使えば、ウイルスプログラムによる配列の組み換えを阻害できるかも」
「なるほど」
モチモンに説明することで頭の中を整理しながら、光子郎はデータを並べていく。やがてエンターキーをゆっくりと押し、光子郎は詰めていた息を吐いた。
「……できた」
「ほんまでっか?」
頷いて、光子郎は画面をモチモンへ見せる。ヌメモンから採取したウイルスプログラムが、活動を停止している様子が、モチモンにもはっきりと分かった。
「さすが、光子郎はん」
「けど、これだけじゃあ通常の進化もできない状態になる。四聖獣の力も加えて、微調整しないと……」
光子郎は口を閉じると、またパソコンの画面に集中し、キーボードを叩き始める。そんな彼の横顔を見つめ、モチモンは微かに表情を和らげた。
「……ワテ、光子郎はんを信じていて、良かったと思いまっせ」

◇◆◇

お茶から湯気は消え、すっかり冷めている。
俯く芽心と、彼女を真っ直ぐ見つめるヒカリ。テイルモンは少々不安気に二人を見守る。
机の上には、芽心の黒いデジヴァイスと、ヒカリの桃色したD3が並んでいた。
重い唇を動かしてゆっくりと芽心が告げた真実に、テイルモンとヒカリは目を見開いた。
「それって――」
ゾクリ、と背筋が騒めいてヒカリは言葉を止めた。
机を二つに分けるように、影が一つ伸びている。
芽心とヒカリは、ベランダに面した窓へ顔を向けた。
ベランダの手すりに、見覚えのあるデジモンが立っている。
「――メイちゃん!」
慌てて外へ出ようと、芽心は鍵に手をかける。その瞬間、メイクラックモンの姿は別の影によってかき消された。
「!」
芽心とヒカリたちはベランダへ飛び出し、二つの影が消えていった下方を覗き込んだ。すると、近くの建物の屋根の上に転がるメイクラックモンと、それを見下ろすセイバーハックモンの姿を見つける。
二体は暫く睨み合っていたが、メイクラックモンは踵を返して逃げ出した。セイバーハックモンもその後を追っていく。
「どうしよう……」
「テイルモン、追うよ!」
「ああ」
困惑する芽心を余所に、ヒカリはディーターミナルを取り出した。
「デジメンタルアーップ!」
「テイルモン、アーマー進化――微笑みの光、ネフェルティモン!」
ネフェルティモンへ跨ったヒカリは、ふと芽心へ目を止めた。それからスッと手を差し出す。
「行きましょう、芽心さん」
「え……でも……私……」
「出会い方とか、デジヴァイスのこととか、気になることは確かにあります。でも……メイクーモンがあのとき進化したのは、紛れもなく芽心さんのためです。メイクラックモンのこと、芽心さんの目で確かめないと」
「……ヒカリさん」
コクリと唾を飲みこみ、芽心はヒカリの手を取った。

◇◆◇

休まず動いていた光子郎の手が止まる。ジュースを飲んでいたモチモンはストローから口を離し、彼の手元を覗き込む。
「できたんでっか?」
「簡単な微調整はね」
ホッと息をついたとき、ドシンと大きな音が聴こえた。何だろうかと、モチモンと一緒に立ち上がり、光子郎は窓から外を見やる。
「! あれは……?!」
「メイクラックモンとセイバーハックモンでんな」
もみ合うように中庭で戦い合う二体のデジモンを見つけ、光子郎は慌てて荷物をまとめた。ディーターミナルにヤマトたちへのメッセージを打ち込み、荷物を背負うと、モチモンを腕に抱えて光子郎は外へ飛び出した。
「光子郎さん!」
「! ヒカリさん、望月さん!」
 丁度外へ飛び出したところで、ネフェルティモンに乗ったヒカリと芽心と会った。二人も、あの二体を見つけて追いかけてきたらしい。
「とにかく、メイクラックモンを落ち着けて……」
「うがぁ――!!」
光子郎の言葉を遮り、メイクラックモンは雄叫びを上げた。手近にあるオブジェや木を千切り取り、セイバーハックモンへ投げつける。セイバーハックモンは紅刃で、それを払いのけた。
「そうだ、望月さん、デジヴァイスを貸してください」
「え……」
「治療プログラムの試作品ができたんです、取敢えず試してみましょう」
光子郎は手を出し、デジヴァイスを要求する。しかし芽心はギュッと手を握りしめるだけで動かない。
「望月さん!」
「……っ」
光子郎の勢いに圧されて、芽心の目の端に涙が浮かぶ。
「フラウカノン!」
そのとき、光線が頭上を通ってセイバーハックモンたちの方へ飛んで行った。
「光子郎くん! 芽心さんを泣かせてるの?!」
「ミミくん、そんなこと言っている場合じゃないだろ!?」
ミミと、ゴマモンを抱いた丈が駆け寄って来る。光子郎に詰め寄られて涙目の芽心を見て、ミミは目を吊り上げた。しかし丈の言葉にハッとして、デジモンたちの方へ視線を向けた。
「メイクラックモンを落ち着けましょう、リリモン!」
「ええ、ミミ!」
リリモンは手を掲げ、花の首飾りを作り出す。それをメイクラックモンへ向けて投げるが、鋭い触手が無残にも切り裂いた。
「ハープンバルカン!」
「カースオブクイーン!」
進化したイッカクモンの角とネフェルティモンの光線が、メイクラックモンの足元を狙う。しなやかに身体を動かしてそれを避けたメイクラックモンは、フーフーッと威嚇をしながら歩道橋の屋根に飛び乗った。
「光子郎!」
「太一さん!」
連絡を受けた太一とタケルが、エンジェモンとアグモンを連れてやってきた。太一はセイバーハックモンの姿を見つけると、顔を歪めた。
「セイバーハックモン……!」
「行こう、タイチ!」
「……ああ!」
力強いパートナーに頷き、太一はデジヴァイスを握りしめた。
「アグモン、ワープ進化――ウォーグレイモン!」
ウォーグレイモンはセイバーハックモンと対峙し、メイクラックモンへの進路を塞いだ。
「僕らも……エンジェモン?」
加勢しようとしたタケルは、しかし様子の可笑しいパートナーに首を傾げた。何かを耐えるように杖を握りしめていたエンジェモンは、小さく震えながらタケルの方を向く。
「タケル……離れてくれ……」
「エンジェモン……? ……! まさか!」
「――!!」
鋭い咆哮が、天を貫いた。思わず、ミミたちは動きを止める。
「そんな……」
愕然と、タケルは空を見上げた。それから、思わず膝をつく。ウォーグレイモンの爪を紅刃で押さえつけていたセイバーハックモンは、舌を打った。
「恐れていたことが起きたか」
微かに黒ずんだ翼が、青空を隠すように広がる。仮面の下に隠れている筈の瞳が、赤くなっていることが分かる。
タケルは、ドクドクと脈打つ自身の心臓を服の上から掴んだ。
「エンジェモンが……」
ヒカリは口元を手で覆い、息を飲む。
タケルのポケットから零れ落ちたD3の画面に、砂嵐が起こっていた。
「――暴走、した」
×
「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -