第3話 chapter5
「フォックスファイアー!」
ガルルモンが青い炎を吐く。身体にまとわりつく炎を振り払いながら、レオモンは木々の生い茂る歩道へ飛び込んだ。
「ヘヴンズナックル!」
道を逸れよとすれば、エンジェモンが牽制した。足元近くに落とされた技を見て、レオモンはギラギラとした瞳をエンジェモンに向けた。
「GUOO!」
抜刀した剣を振りかざし、レオモンはエンジェモンに飛び掛かる。地上近くまで下りていたエンジェモンは杖を掴まれ、バランスを崩した。
「エンジェモン!」
「シャットクロー!」
エンジェモンを引きずり降ろそうとするレオモンの腕を、鋭い爪がひっかく。悲鳴を上げ、レオモンはエンジェモンから手を離すと、地面に尻餅をついた。
「メイクーモン」
「は、はあ……間に合った……」
走り慣れていないため大きく息を切らした芽心は、足を止めて膝に手をついた。
「ポイズンアイビー」
「!」
蔦のようなものがレオモンの腕に巻き付き、身体をグルリと投げ飛ばす。宙に浮いたレオモンを、エンジェモンが追撃する。レオモンは開けた場所に倒れこんだ。
それは丁度、太一たちがオロチモンたちと対峙し、ゲートが開いていたあの場所であった。
「来た!」
空の声に反応し、セイバーハックモンの視線がレオモンに止まる。地面に倒れ伏すトリケラモンから矛先を変えようとしたセイバーハックモンの前に、メタルグレイモンが立ち塞がる。
「行かせない」
「……」
チラリとセイバーハックモンは、メタルグレイモンンの背後を一瞥した。
「ガルルモン、進化だ!」
「ガルルモン、超進化――ワーガルルモン!」
二本の脚で地面を踏みしめたワーガルルモンは、レオモンの両手を掴み、ギリギリとその場に押しとどめる。
集まった子どもたちやデジモンたちが、レオモンをゲートへ入れようとする姿を見て、セイバーハックモンは刃を握る手に力を込める。
「そんなことをしてどうする」
「何?」
「デジタルワールドへ帰すだけでは、問題の解決を先延ばしにしているだけだ」
「それは……」
太一は口ごもる。オロチモンに圧し掛かっていたアトラーカブテリモンはつい力を緩めてしまい、オロチモンの振り回した尾に顔を叩かれた。
「ぐぁ……っ」
「! アトラーカブテリモン!」
「ち」
セイバーハックモンは紅刃を振り、オロチモンの本体の黒い頭を残して残りの頭と尾を切り落とした。
「甘い、何もかも。そんな甘い考えで、よくホメオスタシスは『選ばれし子ども』などと呼んだものだ」
「なんだと……!」
「だからホメオスタシスは、私に騒動の収束を依頼したのだな」
「ホメオスタシスが……?」
光子郎が眉を顰めるが、セイバーハックモンは説明する義理はないとばかり顔を背けた。セイバーハックモンは地を蹴ると、メタルグレイモンの頭上を飛び越えた。レオモンをゲートの方へ追い込もうとしていたワーガルルモンたちの傍に着地する。
「しまった!」
すぐさま反応したのはアトラーカブテリモンだ。羽根を動かして移動したアトラーカブテリモンは体当たりする形でセイバーハックモンの背に飛び掛かり、四つ腕で押さえつける。
「先延ばしにしているのは分かっとります。けど、今は見逃してくれまへんか?」
「……貴様は、それが正しいと思っているのか」
セイバーハックモンは上げた腕を振り下ろすことができない。アトラーカブテリモンは足に力を入れて身体を抑え込んでいた。
「正しいか正しくないか、ちゅうより――ワテは光子郎はんを信じてますさかい」
「アトラーカブテリモン……」
いつでも変わらない力強いパートナーの言葉に、光子郎は下唇を噛みしめた。パソコンを握る手に、自然と力が入った。
「僕が見つけます……必ず! 暴走を直す方法を、見つけて見せる……!」
ドクン、と光子郎のデジヴァイスが脈打つ。
セイバーハックモンは強く身体を捻り、アトラーカブテリモンを振り払った。アトラーカブテリモンの巨体が地面に転がり、蹲ったままだったトリケラモンとぶつかる。
「GYAAA!!」
痛みに呻き、トリケラモンは頭を振りながら身体を起こした。振り上げたトリケラモンの角が、アトラーカブテリモンを襲う。
「アトラーカブテリモン!!」

――アトラーカブテリモン、究極進化――

「――ヘラクルカブテリモン!」
ヘラクルカブテリモンはトリケラモンの足を掴み、引き倒す勢いを利用して身体を起こした。そのまま空中飛び立ち、トリケラモンの身体を引きずりあげる。グルグルと回転し、ヘラクルカブテリモンはトリケラモンをゲートの方へ投げ飛ばした。
「ギガブラスター!」
手の間に貯めたエネルギーを照射し、ゲートの奥へトリケラモンを押し込む。悲鳴が尾を引いて、黒いゲートの向こうへ消えていった。
ガッとメタルグレイモンはセイバーハックモンの腕を掴んでその場に押しとどめる。
「今のうちに!」
「ワーガルルモン!」
「う、おおおお!」
ワーガルルモンはレオモンの腕を掴むと、グルングルンとハンマー投げの要領で回転する。そしてタイミングを計り、ゲートへ向けてレオモンを投げ飛ばした。
メタルグレイモンに腕を掴まれたまま、セイバーハックモンは、投げ飛ばされていくレオモンを見定めた。
「メテオフレイム!」
カパリと開いたセイバーハックモンの口から、炎が飛び出し、レオモンへ向かう。エンジェモンは飛び出して、杖を回転させることで炎をかき消した。
レオモンは黒いゲートへ吸い込まれていく。ヤマトたちはホッと息を吐いた。
そのとき、飛び散った炎の欠片が、オロチモンの黒い頭に落ちた。熱さに悲鳴を上げ、オロチモンは身体を捻じって周りを取り囲んでいたバードラモンたちを振り払う。オロチモンはそのまま、混乱したように駆け出した。
「きゃあ!」
オロチモンは、ゲートの様子を見守っていた芽心の方へ向かう。咄嗟に逃げようとした芽心だが、オロチモンの方が早く、振り上げた足に左肩を蹴られてしまった。
「芽心さん!」
「メイコ!」
倒れこんだ芽心は、駆け寄ってきたメイクーモンに大丈夫だと引きつった笑顔を見せる。しかし起き上がろうとした彼女は、左肩の痛みに動きを止めた。隣に膝をついたミミは襟の隙間から見えた肌が青くなっていることに気づき、慌てて丈を呼んだ。
メイクーモンの丸い瞳に、痛みで涙を浮かべる芽心が映る。
「――メイコを、悲しませるもの……」
ぞわ、と肌を撫でる嫌な空気に、タケルは思わず腕を摩った。
「……よくも、メイコを……」
「メイちゃん?」
芽心の呼びかけに答えず、メイクーモンはクルリと踵を返して駆け出した。
「だああ!」
牙を剥きだし、メイクーモンは地面を蹴る。飛び上がったメイクーモンは大きく口を開き、黒い毛玉のような光球を吐き出した。
「トリコベゾアール!」
カッと放たれた光球は、真っ直ぐオロチモンへ。それを受けたオロチモンは悲鳴を上げながら、データに分解されていった。
「すごい……」
思わず感嘆の声を漏らす光子郎と太一の横を、突風が吹き抜けた。その正体はセイバーハックモンで、彼は紅刃をメイクーモンへ向けて突き刺した。
「メイちゃん!」
思わず芽心は声を引きつらせた。立ち上がろうとしたが、痛みに呻いて、手当てする丈の身体に寄り掛かった。
メイクーモンは空中でクルリと回転すると、突き付けられた刃を触手で受け止めた。そのままグルグルと触手を巻き付け、メイクーモンはセイバーハックモンの頭に飛び乗る。
「く!」
セイバーハックモンはメイクーモンを掴み、地面へ叩きつけた。紅刃がメイクーモンへ振り下ろされる直前、メタルグレイモンの爪が止める。
「メイクーモンは、暴走デジモンじゃないぞ」
「だが、このデジモンも対象だ」
「何?」
眉を顰めたメタルグレイモンの横顔に、セイバーハックモンが拳を叩きこんだ。メタルグレイモンは脳を揺らされ、手を緩めてしまう。再び紅刃を振り上げたセイバーハックモンは、しかしそこに対象が既にいないことに気づき、舌を打った。
「あれを見ても、まだ庇うか」
「え」
片膝をついたメタルグレイモンは、セイバーハックモンに促されて顔を上げる。太一たちも顔を上げ、目を疑った。
空中に開いたゲートが、閉じようとしている。
その下、木の上に立つ一体のデジモン。長い触手が、風に揺れる。鋭い爪と、長い尾――空にはその姿に見覚えがあった。
「メイ、クラックモン……?」
しかし文化祭で見たときより――何というか――禍々しさが増しているようだ。
芽心はミミたちに支えられながら、痛みで霞む瞳を何とか開いて顔を上げた。
「メイ、ちゃん……」
コロ、と彼女のポケットから零れ落ちたデジヴァイスが、黒く発光する。
メイクラックモンは振り返り、芽心の姿を見つけて口元を少し和らげた。
「メイコ」
パートナーの近くへ寄ろうとしたのか、メイクラックモンはそちらへ身体を向けた。
セイバーハックモンは体勢を低くし、紅刃を構える。その殺気を察したのか、メイクラックモンはピクリと動きを止めた。セイバーハックモンに目を止めると不快そうに顔を歪める。
セイバーハックモンが地面を蹴って飛び上がる。メイクラックモンはヒラリと後退して紅刃の斬撃を避けた。ぶわりと、首周りの白い体毛が逆立つ。そこから針のような毛が飛び出した。
「――フェルトメイド」
針のような毛がボワンと広がり、小さな分身を作り出す。纏わりつく分身に気を取られ、セイバーハックモンは膝をつく。その隙に、メイクラックモンは夜の闇へと沈んでいった。
「くそ、逃がすか!」
剣の一振りで分身を振り払うと、セイバーハックモンもメイクラックモンを追って夜の闇へ消えていく。
「メイ……ちゃ……」
芽心は必死に目を開いて、メイクラックモンを見つめていた。しかし、とうとう怪我の痛みに耐えきれず、カクンと丈に寄り掛かって意識を失った。
「お、俺たちも……」
「待ってください」
ハッと我に返ったヤマトが二体を追おうとしたとき、凛とした声がその足を止めた。振り返ったタケルは、思わず唾を飲みこむ。
「ヒカリちゃん……?」
「違う」
夜の闇の中薄く発光する少女は、ぐったりとするテイルモンを空へ預ける。タケルの言葉を否定した太一は、緊張した面持ちでその少女の前に立った。
「――ホメオスタシス」
「……お久しぶりです。選ばれし子どものみなさん」
太一の言葉を肯定するように、少女――ヒカリの身体に宿った『デジタルワールドの安定を望む者』は微笑んだ。
その言葉で警戒を解き、代わりに緊張を滲ませた子どもたちの顔を見回し、ホメオスタシスは胸元に手をやった。
「まずはお詫びと感謝を。何も説明せず、また戦いに巻き込んですみません」
「それは、今更だなぁ」
ポツリと丈が呟く。
「今回の危機は、ウイルスプログラムによってデジモンたちが暴走していることですね。そして敵は、現実世界にいる」
「ええ、概ねその通りだと思います」
ホメオスタシスは頷いた。続いて光子郎がワクチンプログラムに関する見解を述べると、ホメオスタシスはその通りだと、彼の仮説を肯定した。
「ウイルスプログラムが発動し、暴走してしまったデジモンは……」
「エージェントたちも解析は続けてくれていますが、現状データに戻して取り除くしかありません」
それはつまり、倒すしかないということだ。ミミはキュッと下唇を噛みしめる。
「四聖獣の結界の中なら、進行が遅くできるということも分かっています。レオモンは、そちらで保護しましょう」
安心させるようにホメオスタシスが微笑む。空たちはホッと息を吐いた。
「けどそれはセイバーハックモンの言う通り、問題を先延ばしにしているだけなんだよな……」
「そうだ、セイバーハックモン。アイツは何なんだ?」
丈の悔し気な呟きでハッと思い出し、ヤマトはホメオスタシスへ詰め寄った。
「彼はロイヤルナイツの末席――デジタルワールドを守護する騎士。今回、私が暴走したデジモンのデータ返還をお願いしたのです」
そこで、ホメオスタシスは眩暈がしたようにこめかみへ手を添えた。
「……闇の気配が濃くなったデジタルワールドは不安定です。私がこちらへ通信できているのは、ヒカリさんの特質をもってしても、そう長くはないでしょう」
「闇の気配……一体、デジタルワールドに何が?」
「……」
その問いには答えず、ホメオスタシスは手を下ろすと真っ直ぐな視線を太一へ向けた。
「選ばれし子どもの皆さん、今回の戦いからは手を引いてください」
「――え?」
思ってもみない言葉に、太一たちは言葉を失った。
「……そんな! なんで!?」
「……今回の戦いは、セイバーハックモンに任せてください」
「僕らは、お役御免ってこと?」
タケルの言葉に、ホメオスタシスはチクリと針でも刺されたように目を細める。
「そんな……なら、どうしてテントモンたちに簡易ゲートを渡したんですか!」
選ばれし子どもの力が必要だと思っていたからこそ、ゲートを渡しいつでも現実世界へ行けるようにしていたのではないのか。
ホメオスタシスはキュッと胸元で手を握って、小さく口を開いた。
「八神!」
ガサ、と土を踏んで姿を現したのは、息を切らした西島と姫川。
反射的にそちらを見やったホメオスタシスは、二人が映った瞳を丸く見開いた。
「あなたは……っ」
「?」
ホメオスタシスの反応に、太一は眉を顰める。少々慌てたように、ホメオスタシスは彼の腕を引いた。
「太一さん、ヒカリさんは今不安定です。闇の力に飲まれてしまいそうなほど」
「え?」
「どうか、気を付けて――」
太一にだけ聞こえるように、顔を近づけてホメオスタシスは囁く。太一は目を丸くする。ホメオスタシスは最後の一言を言い切ると、通信が限界だったのかスッと目蓋を閉じた。
同時に身体から力が抜け、クタリと太一にもたれ掛かる。
「ヒカリちゃん!」
「……寝ているだけだ」
駆け寄ったタケルに手伝ってもらい、太一は妹の身体を背負った。
「八神、妹は……それに、セイバーハックモンは……」
「すみません、先生」
キョロキョロと辺りを見回す西島の言葉を、太一は遮った。西島はさらに、酷い怪我をした芽心の姿も見つけ、顔を青くしていた。
「今は、何も聞かないでくれ」
太一の表情を見て、西島は叫びかけた言葉を飲みこんだ。代わりに大きく息を吐いて、太一の髪をかき混ぜる。
「大人も頼れよ」
「……うす」
西島が、自宅へ送ると他の子どもたちへ声をかける。その背中を一瞥する太一へ、ヤマトが声をかけた。
彼らの様子を、姫川はじっと見つめていた。
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