第3話 chapter4
「きゃあ!」
後方から悲鳴が聞こえ、トリケラモンに気を取られていた太一たちは驚いて振り返った。
見ると、浜に少し埋もれるように倒れこむテイルモンの姿と、そこへ駆け寄るヒカリ。そして震える腕を自分で抑えるレオモンの姿があった。
「レオモン……?」
「離れろ……っ」
グシャリとレオモンは顔を手で覆う。指の間から見えた瞳は、赤く燃えていた。
「まさか……! 暴走!?」
「そんな!」
子どもたちが戸惑ううちに、レオモンは唸りを上げて腕を振り上げた。動けないテイルモンを抱えて、ヒカリは逃げる。彼女の背を切り裂こうとした腕を、バードラモンが蹴り飛ばした。
その隙に、ヒカリはタケルたちの方へ。彼らを守るように、エンジェモンが前へ出る。
レオモンはヨロヨロとふらつく足で立ち上がり、ギリギリと牙を噛みしめた。
「私を……早く!」
「そんなの、できるわけない!」
「この暴走は、何かを破壊すれば止まるものじゃない……! 早く……私がまだ……!」
そこまで言ってレオモンは天を仰ぎ、大きく咆哮を上げた。
「レオ、モン……?」
一瞬の静けさの後、エンジェモンたちへ向けられた双眸は、爛々と赤く揺らめいていた。
「GYAAAAAA――!」
空気をビリビリと震わせるほどの雄叫びに、タケルたちは思わず耳を塞ぐ。
「そんな……レオモン……!」
ミミは思わず戸惑う。同じように呆気に取られてしまった丈は、レオモンが抜刀したことでハッと我に返った。
「ゴマモン、進化できるか?!」
「ごめん、ジョー。まだ力が……」
「ミミ、私も……ごめんなさい」
「気にしないで、パルモン」
究極進化の反動がまだ残っているのか、ゴマモンたちは成熟期に進化できないようだ。
「め、メイちゃん!」
「んだ!」
メイクーモンは砂を蹴り、レオモンの顔面へ触手を叩きつけた。レオモンが顔を覆ってよろけたところへ、エンジェモンが杖を突きあげる。
「空!」
「こっちは任せて! ヤマトくんたちは暴走デジモンを!」
空たちに促され、ヤマトと太一は目前で起き上がるトリケラモンへ意識を戻した。鼻息荒く、トリケラモンは二本の角を向けて突進してきた。
「受け止めろ、グレイモン!」
グレイモンは足を踏ん張り、トリケラモンの突進を受け止める。しかしトリケラモンの勢いを全て受け流すことはできず、ズリズリと砂に線を引きながら後退してしまう。
「グレイモン、踏ん張れ!」
「ぅおおおお!!」
太一は声を張り上げた。そのとき、オレンジ色の光が太一のデジヴァイスからあふれ出す。
「グレイモン、超進化――メタルグレイモン!」
鋼の鎧を纏ったメタルグレイモンは、トリケラモンを掴む手に力をこめ、そのまま後ろへ向けて投げ上げた。
大きな音と砂煙を立てて倒れこんだトリケラモンは、叫び声を上げながら身体を起こした。頭を振りながら四つ脚で起き上がったトリケラモンは、近くにいた西島たちへ角を振り上げる。
「!」
「マキ!」
西島は咄嗟に姫川の腕を引いて駆けだした。二人の背中を追おうとするトリケラモンの前に、セイバーハックモンが滑り込む。そして、手の紅刃をトリケラモンへ突き付けた。
「GYAA!!」
痛みに身を引き、トリケラモンは背を向けて逃げようとする。ガルルモンがその退路を塞ぎ、背を追ってセイバーハックモンは砂を蹴った。
足を止めた西島は、薄闇に翻る赤いマントを目で追い、コクリと喉を動かした。
「あのゴーグル……まさか……」
何かを思い出したように顔を歪める西島を、姫川は黙したまま見つめていた。
完全体のトリケラモンに、メタルグレイモンたちは決定打を与えられない。セイバーハックモンとの息も合わず、ガルルモンとメタルグレイモンはセイバーハックモンと正面衝突した。
尻餅をつくガルルモンを見下ろし、セイバーハックモンは舌を打つ。
「アイツ……!」
「今は争っている場合じゃないですよ」
馬鹿にされたと腹を立てるヤマトを、光子郎は宥める。カブテリモンはトリケラモンの角を持って少し身体を浮かせると、仰向けになるように背中から砂浜へ叩きつけた。
「GUA!!」
「ギガデストロイヤー!」
怯んだトリケラモンへ、メタルグレイモンの胸のハッチから発射された砲弾が降りかかる。悲鳴を上げて、トリケラモンはその場に蹲った。動きが鈍り、どうやら大きなダメージを負ったようだ。
「メイちゃん!」
「パルモン!」
悲鳴のような二人の声が聞こえ、止めを刺そうとしていたセイバーハックモンの上へパルモンとメイクーモンが飛んできた。
セイバーハックモンはよろめき、膝をつく。その上に倒れこんだパルモンたちは、擦り傷だらけだ。バードラモンも砂浜に叩きつけられ、すぐには動けない。
その隙をついて、トリケラモンは逃げ出した。
レオモンは「フーッフーッ」と音を立てて呼吸を繰り返し、砂浜に立ち尽くしていたが、やがて何かを振り払うように頭を振った。それから、砂を蹴って大きく跳躍すると、浜辺を駆けだした。
「レオモン!」
「くそ、トリケラモンまで!」
「追わないと!」
そのとき、光子郎のパソコンが、何かを受信して音を立てる。何事かと光子郎はパソコンを見やり、目を見開いた。
「大変だ……! またゲートが開いたようです!」
「はあ? なんでそんなこと分かるんだよ」
「一応、ゲートが発生したときに自動探知できるようにしていたんです」
「こんなときに……!」
「場所は?」
「えっと……ここから少し離れた森林公園です。カブテリモンたちなら、十分ほどで行けます」
光子郎の言葉が終わるより早く、セイバーハックモンは赤い衣を翻して薄暗がりの中へ消えていった。レオモンとトリケラモンを追いかけたのか、ゲートの方へ向かったかは分からない。
太一たちも、ここで立ち尽くしたままでいるわけにはいかなかった。
「よし、手分けするぞ、ヤマト! 俺とメタルグレイモンでレオモンを追うから、ゲートの方を頼む!」
「太一」
真剣な面持ちでヤマトは太一を呼び止める。太一は思わず、言葉を飲みこんだ。
「レオモンを、どうするつもりだ」
「……」
「倒すのか?」
太一は下唇を噛んだ。彼の脳裏に浮かんだのは、クワガーモンによって悲鳴と混乱に飲まれる町の風景だ。
「……レオモンを暴走させたまま放っておくわけにはいかない」
覚悟を決めたような太一の表情に、拳を上げかけたヤマトは動きを止めた。それから自身を落ち着かせるように吐息を漏らして、太一の額へ拳をコツンと当てる。
「一人で背負いこむな」
「ヤマト……」
「まだ何か方法はある筈だ。それに、飛んで行った方が早いなら、カブテリモンやメタルグレイモンたちがゲートの方に向かった方が良いだろう」
頷いたガルルモンがヤマトの横で、彼が乗れるように頭を下げる。ヤマトがガルルモンの背に乗ると、同じようにタケルも乗った。
「ヤマト……――頼んだぞ」
太一が言葉を重ねれば、ヤマトは照れたように顔を背けて手を振った。
「空、バードラモンの調子はどうだ?」
「大きな傷はないけど……」
「大丈夫よ、空」
「バードラモン……」
強い声で応えたバードラモンに、空はホッと胸を撫で下ろした。それからキッと顔を引き締める。
「バードラモンとこの辺りを見回るわ。トリケラモンたちの場所を、上から探してみる」
「頼む」
頷くと、ガルルモンに乗ったヤマトとタケルはレオモンが消えた方へ駆けだした。
「レオモンはヤマトさんたちに任せて、ゲートは僕らで対応しましょう」
「そうだな。ヒカリたちは無理するな」
「お兄ちゃん」
当たり所が悪かったのか、まだぐったりとしたままのテイルモンを抱きしめたヒカリは、縋るように兄を見上げる。太一は彼女の頭を撫でて、丈に視線をやる。
「丈、頼む」
「あ、ああ」
丈がまごつきながら頷くと、太一たちはそれぞれのパートナーに乗って飛び立った。
「徒歩になるけど、私たちも行きましょう」
「そ、そうですね!」
頷き合って駆け出そうとするミミたちを、西島は立ち尽くして見つめていた。それからふと何かを決めたように拳を握る。
「西島くん?」
「おい、太刀川!」
姫川の言葉を無視して、西島はキョトンとするミミたちへ車のカギを見せた。
「乗れ! 森林公園だな!」
「先生」
「ここまで来たら、とことん付き合ってやるよ!」
「先生、かっこいい!」
褒めるミミたちと一緒に駐車場へ駆けだしながら、西島は暗がりへ消えていったデジモンの影を睨みつける。
「……セイバーハックモン……アイツには、まだ聞きたいことがある……!」

◇◆◇

「兄さん、レオモンをどうするか、考えているの?」
ガルルモンの背から落ちないよう抱き着いた兄からは、何の返事もない。タケルはグッと口を引き結び、兄の腰へ回した腕に力を込めた。
「……ヤマト、見つけた」
テトラポットの散在する片隅で、グルグルと唸る影を見つける。
ヤマトはグッと歯を噛みしめた。

◇◆◇

日が沈み、都市の方では明かりが灯りつつある。街並みを見下ろしながら、太一たちは目的地を目指した。
「あそこか!」
太一が森林公園の上空にゲートを見つけたとき、丁度何かが飛び出したところだった。メタルグレイモンたちは急いで森林公園へ着地した。
「これは……」
森林公園の芝生にいたのは、黒い頭が一つと、銀色の頭を七つ持つ蛇型のデジモンだった。
「オロチモン……完全体ですね」
「また完全体かよ」
「ウイルスプログラムにはデジモンを凶暴化させるだけじゃなく、強くする効果もあるのかよ」
油断しないようにとパートナーに言って、太一は少し離れた場所に避けた。メタルグレイモンたちは一斉に、オロチモンへ飛び掛かる。
光子郎はまだ開いたままのゲートが見える位置へ移動し、開いたパソコンを地面に置いた。少しでも何かデータが取れればと考えたのだ。
「メガブラスター!」
カブテリモンの攻撃が、オロチモンの頭に当たる。しかしオロチモンの他の頭はダメージを受けた様子を見せず、カブテリモンへ狙いを定めた。オロチモンの尾が鋭い刃となり、カブテリモンの身体を切り裂いた。
「カブテリモン!」
作業の手を止め、光子郎は思わず叫ぶ。落下しかけたカブテリモンは、空中で何とか体勢を持ち直した。
「ワテのことはええから、光子郎はんは光子郎はんのすべきことを優先しなはれ!」
「カブテリモン……」
「ワテは信じてまっせ、光子郎はんなら、必ず……」
「GAAAAA!!」
雄叫びを上げ、オロチモンは切れ味の鋭い刃と化した尾をカブテリモンへ叩きつけた。
「カブテリモーン!!」
光子郎は喉を振り絞って叫んだ。そのとき、光子郎のデジヴァイスから紫の光が溢れだした。

――カブテリモン、超進化――

「アトラーカブテリモン!」
地面にぶつかる直前で、アトラーカブテリモンは力強い羽根を広げて宙へ舞い戻った。フォローに入ろうとしていたメタルグレイモンも、ホッと胸を撫で下ろす。
「合わせろ、メタルグレイモン!」
「お願いします、アトラーカブテリモン!」
「ギガデストロイヤー!」
「ホーンバスター!」
メタルグレイモンの砲弾が降り注ぎ、怯んだオロチモンへアトラーカブテリモンの鋭い突進が直撃する。
「GUAAA!」
「よし!」
手ごたえを感じ、太一は拳を握りしめた。
そのとき、太一の携帯に着信が入った。それは上空から索敵をしていた空からだ。
「太一、そっちへトリケラモンが行ったわ!」
「何?!」
太一が空の言葉に驚き目を見開いたとき、嫌な叫び声と木々を踏み倒す音が聴こえた。
「GYAA!」
傷だらけのトリケラモンが、姿を現す。
「すぐそっちへ行くわ!」
「頼む、空! メタルグレイモン!」
「ギガデストロイヤー!」
太一の声に反応し、メタルグレイモンは振り返ってトリケラモンへ向けて砲弾を放った。アトラーカブテリモンは、ギリギリとオロチモンを地面へ縫い付けている。
同じ完全体で力関係は拮抗しているのか、手応えはあっても決定的な一打は与えられない。どうしたものかと歯噛みする太一の背後に、新たな気配が現れた。
強い敵と遭遇したときと同じ圧迫感に肌を撫でられる。太一はハッとして振り返った。
「セイバーハックモン……!」
太一は思わず呟く。
セイバーハックモンは顔の前で紅刃を構え、地面を蹴る。太一の横を通り過ぎたセイバーハックモンは、トリケラモンを切りつけた。
「こっちに来たか……!」
暴走デジモンを一刀両断するセイバーハックモンがこちらを優先したということは、レオモンに猶予ができたということだ。しかし、そう時間がないのは同じ。
そのとき、太一の携帯が新たな着信を受けて震える。太一が携帯を取り出すと、画面にはミミからの着信を告げるアイコンが出ていた。
太一は受信ボタンを押し、スピーカーフォンに切り替えた。
「ミミちゃん?」
「あ、太一さん、そっちはどう?」
ミミたちは西島の車に乗って、森林公園へ向かっているとのことだった。太一は、こちらにセイバーハックモンが現れたことを伝えた。

「じゃあ、私たちもすぐそっちに行って、足止めすれば!」
「いや、そうしてもいられないよ」
狭い車内の天井を突き上げるように拳を握ったミミへ、丈が冷静な言葉をかける。
「あの状態のまま、現実世界においておけないだろう」
「けどけど、デジタルワールドにも返せないし……」
「ゲートが、開けないんですよね」
芽心は顎へ指を添えて考え込む。

「ゲート……そうだ、ゲートです!」
通話を聞いていた光子郎はハッと思い至り、太一の持つ携帯に声をかけた。
「あのゲートから、レオモンはやって来たんですよね?!」
「! そうか!」
丈の証言では、レオモンは、暴走状態にあったローダーレオモンと同じゲートを通って現実世界にやってきた。なら、あのゲートの向こう側はデジタルワールドに繋がっている筈だ。
「まだ開いたままだな?!」
「はい。動きも止まっていますし、まだ開いたままの筈です!」
「ヤマトに連絡を!」
「聞いていた!」
太一が指示するより早く、頼もしい声が頭上から聞こえた。顔を上げると、バードラモンに捕まった空が下りてきて、手にしていた携帯をこちらに向ける。既に空が、通話を繋げていたようだ。

タケルの持つ携帯からの指示を聞いていたヤマトは、跨るパートナーに声をかけた。
「ガルルモン、森林公園に誘導するぞ!」
「エンジェモン、援護して!」
「分かった」
エンジェモンは頷き、ガルルモンから逃げようと走っているレオモンに並走した。

「ヤマト、僕たちは森林公園近くの歩道で降りるから、そこまで頑張ってくれ!」
二つの携帯を介しているせいで、雑音混じりの丈の声が聞こえる。
赤信号で停車した西島の車から飛び降りた丈たちは、街灯だけが照らす歩道へ駈け込んでいた。少しでも、誘導の援護をするためだ。
先行するメイクーモンを追いかける形で、芽心も駆け出す。最後に車を降りたヒカリは、背後から姫川に呼び止められた。
「その子、今は戦えないのよね」
腕の中で目を閉じるテイルモンを一瞥し、姫川はポケットから取り出した何かをヒカリの手に握らせた。
「こんなものが役に立つかは分からないけど、ないよりはマシじゃないかしら」
姫川に握らされたものを見て、ヒカリは僅かに目を見開いた。普通の学生なら滅多に手にすることのない、折り畳み式のサバイバルナイフだったのだ。
「どうして……」
「ヒカリちゃん!」
問いかけたヒカリは、ミミの声に急かされ言葉を飲みこんだ。
グッとそれを握ったまま駆け出す背中を見送り、姫川は口端を持ち上げた。
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