第3話 chapter3
「じゃーん!」
ミミの広げた腕の下からシャリシャリと優雅に姿を現したのは、パルモン。フードのついた桃色のポンチョをヒラリと揺らし、華麗にポーズ。メイクーモンたちはパチパチと手を叩いた。
「無事、成長期に戻りましたー」
「オイラもね」
観客席側で丈の膝に座っていたゴマモンが、吐息を漏らして鰭に顎を乗せる。
「空さん、ポンチョ、ありがとうございます」
「可愛くて素敵ね!」
「気に入ってくれたようで嬉しいわ」
リボンで止めたポンチョを持ち上げ、パルモンはまたクルリと一回転。外を歩くとき悪目立ちしないように、と空が手製したデジモンたちの衣装だ。
「空くんは手先が器用だと思ってはいたけど……」
ゴマモンの身体をすっぽりと覆うレインコートのような灰色のマントを見やり、感心したように丈は呟いた。
「ちょっと、服のアレンジにハマってて……」
元々は、古くなった着物をリメイクしたことがきっかけだった。これが案外楽しくて、最近はこっそり着物のデザインを考えることもある。華道を継いでくれると思っている母には、言えないが。
「これ、動きやすくて良いね」
「今まで、適当なジャケットやレインコートだったからな」
ガブモンは、角用の穴がついたパーカーを嬉しそうに抱きしめる。ヤマトは微笑んで頭を撫でた。
「で、今日集まったのは、お披露目だけじゃないだろう?」
ヤマトがそう声をかけると、光子郎は頷いた。
「暴走デジモンの原因が分かりました」
光子郎がマウスを動かすと、壁に取り付けられた黒いテレビ画面に赤い文字が並ぶ。専門分野を学んでいなくても、それがデータの配列であるということは分かった。
「これは?」
「先日のヌメモンから検出されたデータです」
光子郎は配列のうち幾つかを指し示した。
「通常のデジモンのデータ配列とは違い、異常が見られました。どうやら、配列を組み替えるプログラムが作用しているようです」
「無理やりデータを組み替えられて、そのせいで暴走しているってことですか?」
タケルの問に、コクリと光子郎は頷く。
「作用しているプログラム――ウイルスプログラム――は、何かによってデジモンたちへインストールされているようです。誰がやったかまでは、分かりませんでした」
「『誰が』?」
光子郎の言葉に反応し、丈は眉を顰める。光子郎は同じ言葉を繰り返し、またマウスを操作してテレビ画面を変更した。それは、太一に見せたゲート発生地点をまとめた地図だ。光子郎が太一へしたのと同じ仮説を告げると、ミミは柳眉を潜めて口元に手をやった。
「つまり、大輔くんたちと連絡がとれないのは……」
「敵に捕らえられて音信不通、か」
「もしくは、敵から逃げるために行方を眩ませたか」
「家族揃って?」
ヤマトの言葉を引き取って、光子郎が呟く。彼の見解に、空は首を傾げた。ポケットに手を突っ込んだまま壁に背を預けた太一が、口を開く。
「それはつまり――敵の本拠地が現実世界ってことだろ」
ゴクリ、とタケルは唾を飲みこむ。
思い起こされるのは、三年前の戦いだ。黒幕は暗黒デジモンであったが、操られた人間が現実世界でデジタルワールドに害を為そうとしていた。成程、だから『誰が』なのか。
「け、けど! だったら、なんで大輔くんたちは僕らに、何も連絡してくれなかったんだ!」
「連絡を取ろうとしても、取れないのでは?」
D3による開閉機能まで、ゲンナイが停止するとは思えない。真相に近づいた大輔たちと太一たちが連絡を取り合わないよう敵が遮断したか、ゲンナイが敵からの干渉をシャットダウンする弊害で機能が停止してしまったか。
「D3にまで干渉できる人間がいるなんて……」
「憶測の域をでません。僕としては、後者の可能性が高いかと思いますが」
そしてもう一つ、と光子郎はまたテレビ画面を変えた。
映し出されたのは、二パターンのデータ配列。専門分野を学んでいないヤマトたちには、何が何やらさっぱりだ。
「何、これ?」
「アグモンとテントモンのデータ配列です」
違う個所を光子郎は指示したが、やっぱり理解できない。
「簡潔に言えば、アグモンには抗体ができています」
「抗体?」
光子郎がテントモンとアグモンのデータを比べたところ、僅かに違うデータを見つかった。それをヌメモンから検出したウイルスのデータと並べたところ、配列を正常に戻す抗体データだと判明したのだ。
「アグモンと同じ特徴は、ガブモンとゴマモンにも見られました。確認していませんが、恐らくパルモンも同様でしょう」
「え? どういうこと?」
名指しされたゴマモンと丈、パルモンとミミは顔を見合わせた。
これに関してはゲンナイが説明してくれた、と光子郎はエンターキーを押した。
テレビ画面が移り変わり、少しノイズの混じった映像が流れる。顔を出したのは、ゲンナイだった。
『――選ばれし子どもたちよ、息災かな』
「USBの復元ができたのか」
「途中までですけどね」
『いきなりですまない。実は、デジタルワールドに闇の気配が強くなってきたのだ』
ゲンナイの話は、時折ノイズで途切れたところがあった。暴走するデジモンが現れたこと、どうやら外部からのウイルスプログラムによって暴走が引き起こされていること。そしてアグモンたちの暴走を予防するためにワクチンプログラムを与えたことを、彼は話した。
『アグモンたちに与えた簡易ゲートには、四聖獣の力が込められている。それがワクチンとなり、君たちの新たな力となるだろう』
驚いて、子どもたちとデジモンたちは顔を見合わせた。
『それから、大輔たちには一足先にこちらで手を貸してもらっている。どうやら――の――との境界が――で』
「ここから、ノイズが酷くなります」
光子郎の言う通り、始めは音声だけに起こっていたノイズが、映像にも走る。ゲンナイの顔は歪み、砂嵐が横切った。
『……モン――イグドラ――シル――と……ひ――……わま――に、気を付け――』
ぷつん。そこで映像は切れ、画面は漆黒になった。
「……とまあ、つまり、ゴマモンとパルモンが究極進化できるようになったのも、簡易ゲートに四聖獣の力が組み込まれていたからでしょう。レオモンたちに与えられたのも、四聖獣の力を基にしたものなんですよね?」
「ああ」
壁際で腕を組んでいたレオモンは、頷く。
「そしてそれが、ウイルスプログラムを跳ね除ける抗体となった」
「でも、どうしてアグモンたちだけに? ワクチンプログラムは、ピヨモンたちも接種している筈でしょう?」
「僕は、ワクチンプログラムが抗体となる条件があると考えます」
「――究極進化か」
ヤマトの言葉に、光子郎はコクリと頷く。
簡易ゲートを通ることでワクチンプログラムが与えられ、そこに組み込まれた四聖獣の力によって究極進化が可能になる――そして、究極進化することによって抗体ができる。そういう仕組みなのではないかと、光子郎は述べた。
ワクチンプログラムによる抗体がデジモンの身体に馴染むには究極進化が必要だと考えれば、回りくどい仕組みも得心できる。
「本当にインフルエンザのワクチンみたいだな……」
ヒクリと丈は頬を引きつらせた。
第一はウイルスプログラムをばらまく犯人を見つけることだが、それまでにどこで接触して暴走してしまうか分からない。今、究極進化をしていないのは、テントモンとピヨモンとパタモンとテイルモンの四体だ。
「究極進化って言われてもねぇ……」
「メイクーモンのこともありますし、アグモンたちの抗体をテントモンたちに移すことができないか、試してみます」
「あ、ありがとうございます」
「けど、光子郎くんにばかり頼っても悪いわね……」
空は頬へ手をやり、ふとミミとパルモン、丈とゴマモンへ目を止めた。
「ミミちゃんや丈先輩は、どうやって進化したの?」
「え」
ミミと丈はパートナーと顔を見合わせ、腕を組んだ。正直あのときは無我夢中で、何がきっかけだったのかさっぱり分からないのだ。
「あ、そうだ」
こういうのはどうか、とミミは笑って提案する。その内容に、空たちは思わず顔を見合わせた。

◇◆◇

夕日が沈みかけ、真っ赤に染まる海。肌を撫でる風は潮の匂いがして、鼻の利くデジモンたちはクシュンとくしゃみを溢していた。
「で、なんで海なんですか?」
「進化するには、パートナー同士の絆が大切じゃない?」
ケロリと言って、ミミは手にしていた花火を一つ、光子郎の手に押し付ける。
「それに、花火やりたかったし」
渡された線香花火をクルリと指で回し、光子郎はため息を漏らす。他の子どもたちはすっかりパートナーと楽しそうに花火や水遊びに興じている。ここで光子郎一人が意地を張っても仕方ない、とミミに差し出されたライターを受け取った。
光子郎は屈んで線香花火を垂らすと、先にライターの火を近づけた。テントモンも、一緒に小さく弾ける線香花火を見つめる。
子どもたちとデジモンたちの遊ぶ様子を眺めながら、西島はプシュと音を立てて炭酸の缶を開けた。浜へ続く階段に腰かけた彼は、都心から少し離れたこの海岸までの足として呼び出されたのだ。
「折角、姫ちゃんから連絡来たと思ったら……」
「良いでしょ。私の車じゃ、全員乗せられないんだから」
コツ、とパンプスの踵を鳴らした姫川は、西島が横に置いていたコンビニ袋から炭酸の缶を取り上げる。
「それと、その呼び方やめて」
ビシリと指を突き付けられ、西島は肩を竦めて缶に口をつける。
「先生たちもやろ〜」
手持ち花火を両手に持ったアグモンが、楽しそうに駆け寄って来る。慌てて太一は引き留めて、振り回さないよう注意した。
「全く呑気だな」
「でも、楽しそうね」
西島は、チラリと姫川の横顔を見やる。
風の持ち上げる髪のせいでハッキリ見えなかったが、口元は綻んでいるようだった。
「……そうだな」
ぼそりと呟いて、西島は目を細める。自身の思い出と、目の前の子どもたちの姿を重ねるように。
「メイコ、綺麗だな〜」
「そうだね、メイちゃん」
キラキラ瞳を輝かせたメイクーモンは、すっかり花火に夢中だ。隣でミミに押し付けられた手持ち花火を回していたレオモンは、ポリと頬を掻いた。
「こんなことをしていて良いのか……」
「あはは、ミミさんらしいね」
タケルは、パタモンへ火をつけた手持ち花火を渡す。パタモンはそれを持って飛び上がり、水辺を歩いていたガブモンとヤマトの方へ向かっていった。
タケルはふと、テイルモンと共に線香花火を見つめていたヒカリを見やる。気晴らしが利いたのか、ヒカリは小さく微笑んでいる。それに安堵し、タケルは胸を撫で下ろした。
「タケル!」
「わあ!」
タケルは驚いた。燃え尽きた手持ち花火をバケツへ捨ててきたのか、両手の空いた状態でパタモンが飛びついてきたのだ。
「楽しいねぇ」
ニッコリとしたパタモンの笑みに、タケルもつられて微笑む。
「そうだね」
他の花火もやろうと誘われたタケルは、頷いて兄たちの集まる方へ駆けだそうとした。
その時だ。浜辺に何かが落ちてきた。
「!?」
落下し、そのままゴロゴロと浜辺を転がっていく二つの影。何事かと子どもたちは身構え、デジモンたちはパートナーを守ろうと飛び出した。
ゴロゴロと転がった影は止まり、片方が振り切って距離をとった。
赤いマントを翻した白い体躯のデジモンと、二本の鋭い角を持つトリケラトプスのようなデジモン。後者は暴走状態にあるようで、威嚇するような声を断続的に漏らしている。
「何だ!?」
「待ってください!」
光子郎は鞄からパソコンを取り出した。アナライザーを起動した光子郎は、弾き出したデータに目を通す。
「トリケラモンとセイバーハックモン――モノクロモンとハックモンの完全体ですね」
「あのハックモンか?」
「だと思います」
光子郎はセイバーハックモンの胸元に、タケルが目撃したハックモンと同じゴーグルがかかっているのを見つけていた。
究極体まで進化できていたハックモンが、何故今は完全体のまま戦っているのかは分からないが、暴走しているトリケラモンを止めようとしているのは明白だ。
傷だらけのセイバーハックモンを見て、太一はグッと拳を握りしめた。
「加勢するぞ」
「太一」
「今は暴走デジモンを止めるのが先決だろ」
ヤマトは少々難色を示していたが、太一の言葉に頷いた。
「アグモン!」
「ガブモン!」
応と頷いて、アグモンとガブモンは進化の光を放ちながら駆け出した。
セイバーハックモンへ向かって突進しようとしていたトリケラモンを、グレイモンが正面から受け止める。横からガルルモンが頭突きし、海の方へトリケラモンを突き飛ばした。
セイバーハックモンは、驚いたように目を見開く。しかしグレイモンたちは声をかける間もなく、波しぶきを上げて起き上がったトリケラモンへ向けて身構えた。
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