第2話 chapter7
混乱に見舞われた文化祭は中止となった。後夜祭が行われる予定だったグラウンドには灯りすらなく、校舎内で大人たちがバタバタと走り回っている。
沈みかける夕日を眺め、空き教室の窓辺に寄り掛かったミミは、大きく溜息を吐いた。膝の上ではタネモンがウトウトとしている。
「お疲れさま」
「丈さん」
はい、と眠るプカモンを抱えた丈がサイダーのペットボトルを差し出した。ミミは礼を言って、それを受け取る。
「つっかれた……」
「あはは」
丈も隣に座り、肩を落とす。ミミは苦笑してペットボトルの蓋を開いた。
「太刀川さん」
気まずそうに視線を揺らしながら、クラスメイトが声をかけてきた。ミミに間違った注意をしたあの三人である。
女子生徒はもじもじと指を絡めていたが、やがて意を決したように頭を下げた。
「ごめんなさい。酷いこと言って」
「えっと……」
思わず、ミミは目を瞬かせる。女子生徒たちは顔を上げ、申し訳なさそうに眉を下げた。
「酷いこと言ったのに、助けてくれてありがとう」
「……気にしないで。けど、折角クラスメイトだから、少しは仲良くしてくれると、嬉しいな」
「……ありがとう」
小さく微笑み、女子生徒たちは目元へ指をやる。
「本当にごめんなさい。……太刀川さん、別の高校に彼氏さんがいたのに」
「……へ?」
女子生徒たちは、それなのにヤマトたちを狙っているだの、空を目の仇にしているだの、酷い憶測を言って申し訳ないと改めて頭を下げ、教室を出て行った。
呆気に取られていたミミは漸く我に返り、グッとペットボトルを握りしめた。
彼女たちは、他校の彼氏と言った。まさか、今となりにいる丈をそうだと勘違いしたのではないだろうか。
丈もそのことに思い至ったようで、カアと顔を赤くして立ち上がった。
「ちょっと待ってくれ!」
「人の話を聞かないところは直ってないじゃない!」
ウトウトとしていたプカモンとタネモンがハッと目を覚ますほどの大声を出して、ミミと丈は教室を飛び出した。
結局、誤解はまたも解け切らず、ミミはまた数日あらぬ噂で揶揄われる羽目になるのだった。

◇◆◇

とんだことになった、と珍しく息子の学校行事に顔を出した裕明は頭を掻いた。元妻にせっつかれたこともあり何とか時間を作ってみたのだが、まさかデジモンの襲撃で中止になるとは。
裕明は息子へ一言メールを送り、校門を出た。そこで最近見たばかりの顔を見つけ、「お」と声を漏らす。
「こんにちは、姫川さん」
黒塗りの車に寄り掛かっていた姫川は、ハッとして顔を上げた。彼女は白衣姿の男と会話していた。男は、ペコリと裕明へ会釈して、「また連絡してくれ」と姫川に言うと、駆け足で学校の方へ戻って行った。
「こんにちは、石田さん、でしたね」
「すみません、お邪魔をしてしまったようで」
「いいえ、久しぶりに友人に会ったので、少し話していただけです」
ニコリと微笑んで、姫川は気にしないよう言う。
「文化祭にいらしていたんですか?」
「ええ。実は、望月教授の娘さんがこちらの学生なんです」
「そうでしたか。実はうちの息子もそうでして」
もしかしたら、既に知り合いになっているかもしれない。裕明が名前と学年を聞こうとしたとき、「姫川さん」という声が聞こえてきた。
振り返って、裕明は目を丸くする。息を弾ませた女子生徒は、腕に目を閉じた猫のようなぬいぐるみを抱えていたのだ。ガブモンを見慣れている裕明は、まさかデジモンではと疑った。
「あ、すみません、お話中……」
「この方は石田さん。教授の対談企画の責任者をされているテレビ局の方よ」
「あ、そうなんですか」
女子生徒は、眼鏡のズレを直してニッコリと微笑む。
「望月芽心です。父がお世話になっています」
そう言って、女子生徒は丁寧に頭を下げた。
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