第2話 chapter4
光子郎から話を聞いたミミは、放課後、彼のオフィスに駆け込んだ。
「レオモン!」
話に聞いていた通り、レオモンはソファに座って他のデジモンたちと談笑していた。思わずミミは涙ぐみ、レオモンに抱き着いた。
「久しぶり!」
「ああ」
彼女と一緒にオフィスへやってきた太一たちも、再会したレオモンの顔を見て相貌を崩した。
芽心も目を丸くし、それからふと、レオモンの膝の上で喉を鳴らすメイクーモンの姿を見て目を細めた。
「すごい……こんな強そうなデジモンが知り合いなんて……」
隣に立っていたため彼女の呟きが聞こえた空は、少し寂し気な横顔に目を止めた。
「どうやってこっちに?」
「ゲートを通ってだ」
「ゲートを?」
鞄を置きながら話を聞いていた光子郎は、眉を顰める。
「暴走デジモンが通って来た、あのゲートですか?」
「ああ」
光子郎からゲートによるウイルス感染の可能性を聞いていた太一たちは、顔を強張らせる。子どもたちの様子を見て察したレオモンは、安心するよう言って手を振った。
「ウイルス感染に関しては概ね大丈夫だ。ゲンナイたちから、ワクチンを貰ったからな」
「ゲンナイさんから?」
「あちらでも調査はしているということだ」
今回レオモンが現実世界へやって来たのは、暴走デジモンを追跡していた結果であり、全くの偶然だ。だがデジタルワールドと連絡がとれなかった光子郎たちには、幸運と言える。
「デジタルワールドの様子はどうなんだ?」
「混乱はあるが、ゲンナイたちが何とか鎮静している」
「暴走デジモンの原因は?」
「明確には分かっていないようだが、黒い歯車のように外部からの付属品ではないから、ウイルスだろうと結論づけていた。だから、私やオーガモンたちはワクチンを打ってもらってある」
アグモンたちは、渡された簡易ゲートにそのワクチンが付随されていたらしい。それは聞いていなかったとアグモンたちは顔を見合わせた。
「後は……アグモンに、選ばれし子どもたちへのメッセージを託したと、言っていたが」
「ああ……いろいろあって、まだ聞けてないんだ」
「そうか。私も、詳しい内容は聞いていないのだ」
申し訳ないと眉を下げるレオモンに、ヒカリが詰め寄った。
「あの、京さんや大輔くんたちについて、何か知ってる?」
「大輔?」
いきなり振られた話題に、レオモンは目を丸くする。ヒカリの代わりにタケルが、全く連絡がとれないのだと説明した。レオモンは眉を顰めた。
「彼らなら、数週間前に会ったぞ」
「え!? どこで?!」
「デジタルワールドだ」
レオモンの話では、ブイモンたちパートナーを連れた四人を見かけたというのだ。大輔はゲンナイを探していると言っており、急いでいた様子だったらしい。
「てっきり、太一たちも知っているものとばかり」
「いや、そんな前から大輔たちが動いているなんて知らなかった」
「でも、京さんたちはホークモンたちを連れていたんですね……」
丸腰でないだけ、不安が少し和らいだ。ヒカリはホッと胸を撫で下ろす。
「しかし、その後の連絡がないとなると……」
「何かあった、と考えるのが自然だな」
ヒカリに聞こえないよう、声を潜めて太一とヤマトは囁き合う。
そんな二人を一瞥し、レオモンはタケルたちにデジタルワールドへは訪れていないのかと訊ねた。タケルは力なく首を振る。
「D3でもゲートが開けなかったんだ」
「ゲートを閉じたのはゲンナイたちだ。勝手に開くゲートはあるが、少しでも暴走デジモンが現実世界へ流れ出てしまわないようにしたと言っていた。しかし……D3のゲート開閉機能まで停止したとは聞いていないな」
どういうことだとヤマトは顔を顰める。分からない、とレオモンは首を振った。
「ま、できることをやるしかないわよね。レオモンもいるし、何とかなるなる!」
暗くなりかける部屋を盛り上げるように、ミミは声を明るくして腕を上げる。そうね、と同意しかけて、空はチラリと俯く芽心を一瞥した。
「ねえ、今日は皆で行きましょう。光子郎くんも、久しぶりにテントモンと外を回ってきたら?」
「え?」
突然何を言い出すのだと、光子郎は眉を顰める。
「ええアイデアでんな。光子郎はん、座りっぱなしやから運動不足にならんかと心配してましてん」
テントモンに背中を押され、光子郎はズルズルと動き出した。
察したヤマトも、肩を竦めて頷く。それから、タケルの肩を掴んでガブモンとパタモンと一緒に玄関へ向かう。
「ヒカリを頼むな、空」
「ええ」
レオモンにコートを渡し、太一は彼の一緒に光子郎たちの後を追った。
「空さん?」
「さ、ミミちゃん、ヒカリちゃん、芽心さん」
首を傾げるミミたちを見回し、空は手を合わせた。
「ちょっと、行きたいところがあるの」

◇◆◇

「どうだ、奈津子」
裕明が携帯を耳から外した元妻へ声をかけると、彼女は首を振った。その隣でメール画面を見ていた武之内春彦も力なく肩を落とす。
「シュウくんにメールで聞いたが、確かにここ数週間、本宮ジュンくんと会っていないようだ」
ひょんなことから城戸シュウに惚れこんだ本宮ジュンは、偏差値を覆す猛勉強の末、シュウが在籍し春彦が教鞭をとる京都の大学へ入学したのだ。さすがに学科までは違ったが、今でも猛烈なアピールは続いていると春彦が聞いたのは、今年の春。
裕明からの話を聞いて、最近の彼女の様子を訊ねたところ、数週間姿を見ていないという返答だった。
「火田さんの家も繋がらないわね。父は相変わらず元気そうだったわ」
やはり、一九九九年に選ばれた子どもたちの家族は無事である。行方不明なのは、本宮家、火田家、井ノ上家、一乗寺家だけ。
「ここ最近のデジタルワールドの様子は?」
「ゲートが閉じて以来、月に数度、エージェントたちとは連絡が取れていたわ。でも、今年の春からそれも途絶えていたの」
「まさかそんなことになっていたからだとは、思わなかったな」
「その脅威の目的ってのは?」
煙草を取り出そうとした裕明は、奈津子に睨まれたので、箱を胸ポケットに押し込んだ。
「今の情報ではなんともねぇ……暗黒デジモンによるものか、デジタルワールドにおける自然災害なのか……または」
「人為的なもの、ですね」
奈津子の言葉に、春彦は頷く。
そこで、控室の扉がノックされた。
「望月教授が到着されました」
「ああ、すぐ行く」
ADに返事をした裕明は、続きはまた後でと断って控室を出て行く。
同じ階層のエレベーターホールの椅子に座っていた男は、裕明の姿を見て立ち上がった。
「お待たせしました。武之内教授と高石さんはもう到着されていますので、こちらへ」
「私が待たせてしまったようですな」
申し訳ない、と男は頭を掻く。気にしないよう言った裕明は、ふと彼の背後に女性が立っていることに気づいた。誰かと訊ねると、男はああと頷いて手の平を彼女に向ける。
「昔の教え子で、助手をしてもらっている子です。同席はまずかったですかね?」
「いえ、大丈夫ですよ」
にこやかに微笑んで、裕明は名刺ケースから名刺を取り出すと、女性に差し出した。
「石田裕明です。今回の対談企画の責任者を務めています」
「ご丁寧にどうも」
ペコリと頭を下げて、女性は名刺を受け取る。裕明はそこで、教授へアポイントメントをとった際、電話口で確かにこの声を聞いたことを思い出した。
「望月教授にはご家族ぐるみでお世話になっています――姫川マキです」
黒いスーツを着こなした女性は、そう名乗ってニコリと微笑んだ。

◇◆◇

「芽心さん、何かあった?」
芽心はハッと顔を上げた。向いの席に座っていた空は、ニコリと微笑む。
空に誘われてやってきたのは、小さなカフェ。リクエストした音楽を流してくれるらしく、ミミは好きな曲を店員へ伝えていた。
少し薄暗く、柱の陰に隠れた隅の席のこともあって、デジモンたちは楽しそうにメニューを覗き込んでいる。芽心は、空とミミと同じテーブルについていた。人一人分の間を空けて並ぶ隣のテーブルには、ヒカリと彼女たちのパートナーデジモンが座っている。
ピヨモンと一緒にメニューを指さすメイクーモンを一瞥し、芽心は膝の上で手を握った。
「男の子がいたら話しにくいことでも、女の子だけなら、話しやすいんじゃないかなって。ヤマトくんも太一も、心配してたし」
空は、カランと水の入ったグラスを回す。
「すごいです。石田くんたちのこと、よく分かっているんですね」
「んー、そうかしら。白状すると、ヤマトくんよりピヨモンのことの方が良く分かるかも」
苦笑する空に、首を振って芽心は目を伏せた。
「武之内さんたちは、本当にすごいです。強くて、いろんなことを知っていて」
「そりゃ、芽心さんよりはそうだろうけど」
それは経験の差というものだ。芽心は、下唇を一度噛んだ。
「……私は、メイちゃんのことがよく分かりません」
ミミは思わず、ヒカリたちの方を見やった。音響と、丁度注文をしていたため、メイクーモンたちが芽心の台詞を聞いていた様子はない。
ヒカリに促され、ミミは慌ててメロンソーダを注文した。空と芽心のドリンクの注文をメモし、店員は席から離れていく。
「どうしてそう思うの?」
俯いたままの芽心へ、空は声をかける。先ほどの話の続きだ。しかし芽心は口を引き結んだまま答えない。そのまま、沈黙が机の上に並んでいた。
「……さっきはあんなこと言ったけど、私もね、ピヨモンのことが初めからすべて分かっていたわけじゃないのよ」
注文したものが届いて少しして、空は赤いジュースが満ちたグラスを両手で包みながらポツリと言った。
「戦いたいって言っていたピヨモンを、私は危ないからダメって戦わせないようにしてた。けど、おかげで気づいたの。私はピヨモンのためを思っていたけど、ピヨモンも私のために戦おうとしていたんだって」
「武之内さんの、ため……」
「形は違ったけど、どっちも大切な愛情だった……私にないと思っていたものを、ピヨモンが教えてくれたの」
自身の胸に手を当てて、空は静かに言葉を紡ぐ。顔を上げた芽心は、同じように自分の胸へ手をやった。
「それがね、パートナーとデジモンだってことだと思うわ。理由なんて、後から幾らでも見つけられるものよ」
空がいたずらっぽく笑うと、芽心は少し口元を緩めた。それから自分が注文したカシスウォーターのグラスを両手で包む。
「メイちゃんが、自分も戦うって言ったんです」
キウイモンたちに応戦するバードラモンたちを見て、そう言ったらしい。しかし、芽心はそれを否定した。
「メイちゃんには早すぎると思いました。皆みたいに、進化もできないのに……足手まといになるだけだと思いました」
芽心の想いは、メイクーモンには有難迷惑だったらしい。夕べのことを思い出し、芽心は目を細めた。

――なんで、あそこでメイを行かせてくれなかった。

帰宅して、芽心の腕から飛び降りたメイクーモンは、不満げな顔で芽心を見上げた。いつになく不機嫌そうなその様子に驚きつつ、芽心は危ないからだと言い聞かせた。するとますますメイクーモンは口をへの字に曲げた。

――メイは、いじわるだ!

幼子のような我儘は日常茶飯事だったが、喧嘩寸前まで言い争ったのは初めてだった。メイクーモンが意固地になる理由が分からず、芽心はすっかり困り果ててしまっていたのだ。
「そっか、私のためだったかもしれないんですね……そんなことも分からないくせに、私とメイちゃんは皆さんのような関係なのかな」
ポツリと、ジュースの水面を見つめたまま芽心は言葉を落とした。ズズ、とソーダを啜って、ミミは机に手をついた。
「パルモンたちはね、ずっとずーっと長い間、私たちを待っていたんだって。それって、素敵なことだと思わない?」
それだけ、デジモンとパートナーの繋がりが深いという証だ。目に見得なくても、すぐに分からなくても、確かにそこに絆はある筈だ。
「私も、最初はなんでって思ってた。なんで、パルモンが私のパートナーなんだろうって。喧嘩もしたわ。でも、理屈じゃないの、きっと」
「太刀川さん……」
「分かるときが来るって。そのためのパートナーなんだから」
ミミに手を握られ、思わず芽心は空を見やった。空は苦笑したまま、何か窘める様子はない。
「メイコ」
ツンツンとメイクーモンが芽心の裾を引く。芽心が見下ろすと、メイクーモンは何かが刺さったフォークを差し出した。
「これ、おいしい。メイコも食べる?」
「メイちゃん……」
芽心はふわりと微笑んで、メイクーモンを膝の上に乗せた。
「ありがとう」
「ん」
メイクーモンから受け取ったフォークを、芽心は口へ運ぶ。彼女たちの様子を見守っていた空とミミは顔を見合わせて微笑みあった。
「自分から距離とってたら、変えたいものも変わらないよね……」
「ミミちゃん?」
「何でもないわ、空さん」
誤解したままのクラスメイトたちを思い出し、ミミは抹茶のフォンダンケーキを頬張った。
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