第2話 chapter2

昼休み、ミミは指定された場所でウロウロと歩き回っていた。
「ミミちゃーん」
そこへ、彼女の姿を見つけた空が遠くから声をかける。ミミはパアと顔を輝かせ、彼女の元へ駆け寄る。
中庭は、他にも数グループの生徒たちが輪を作って昼食をとっていた。その間を縫って、ミミは中庭の隅のベンチに集まっていた空たちの元を目指した。
「もう、お腹ペコペコ。向こうとこっちじゃ、タイムスケジュールが違うから変な感じ」
「しょうがないわね、慣れるしかないわ」
空に勧められるまま隣へ腰を下ろし、ミミはため息を吐く。空は苦笑して、彼女の頭を撫でた。少し元気を取り戻したのか、ミミはしゃんと背筋を伸ばして弁当を開いた。
「でも楽しいわ。文化祭も、クラスで喫茶店をやるんだって! ミミ楽しみ!」
「え、まさかミミちゃん……」
「調理担当、じゃないよな?」
顔を引きつらせたヤマトと太一が訊ねると、ミミは少し残念そうに首を振った。
「裏方だから人気で、ミミじゃんけんに負けちゃったから、接客担当になったの」
「そうか……」
「飾りつけはクラスみんなでやるの。あ、その買い出しがあるから、今日は少し遅れるかも」
「気にしないで」
あからさまにホッとした様子の太一へ肘をぶつけ、空は首を振る。ホイップクリームが添えられた焼き魚入りの弁当を見れば仕方ないと思うが、態度に表すのは失礼だ。
「空さんたちは何をするの?」
「うちはお化け屋敷。私と芽心さんは受付だけどね」
「わ、私自信ないですけど……」
「俺と太一は脅かし役だ」
「えー、何やるの?」
「当日までのお楽しみ」
いたずらっぽく笑って、太一は立てた人差し指を口へ添える。
「そう言えば、光子郎くんは?」
中学生のタケルとヒカリ、別の進学校へ通う丈はこの場にいない。しかしもう一人足りない姿に気づき、ミミは首を傾げた。
「あー、光子郎は今日テストがあるからなぁ」
「? 補習……じゃないわよね」
「あれ、聞いてないの? 彼、特進クラスよ」
え、と零れそうになった声を米と一緒に飲みこみ、ミミは成程と納得した。彼の頭脳なら、ミミと同じ一般クラスよりそちらの方が自然だ。太一曰く、今日は五時限に小テストがあるため、その勉強をしているだろうとのことだ。
納得したところで、ミミはふと何か首筋がムズムズとする感覚がした。それから、何気なく振り返る。
本校舎と別棟を繋ぐ渡り廊下で、二三人の女子生徒が立ち止まっていた。彼女たちはコソコソと何かを囁きながらミミの方を見ているようだ。
気にはなったが、それよりも久しぶりの空たちの会話に花が咲いて、ミミの意識はすぐそちらへ集中し、女子生徒たちの存在は忘れてしまった。

◇◆◇

ミミがその視線を思い出したのは、放課後のことだ。
「……ねえ、太刀川さん」
何かを決心したような固い声に、ミミは思わず足を止めた。
喫茶店で使用する紙コップや紙皿等の買い出しを買って出たミミは、三人のクラスメイトと子学校近くの百貨店を訪れた。目ぼしい商品を購入し、学校へ戻る道中でのこと。
振り返ると、やっぱり何か決心したように緊張した面持ちの女子生徒たちが、ミミを見つめている。
「えっと……どうかしたの?」
「少し、聞きたいんだけど」
高架下だったので音が反響し、少し聞きづらい。しかし、人気はないから立ち止まっても邪魔にはならないだろう。ミミが頷くと、女子生徒たちは少し顔を見合わせた。
「あのね、今日のお昼、先輩たちと一緒だったでしょ?」
「ああ。太一さんたちのこと?」
ミミが何気なく言うと、女子生徒たちの眦が、僅かにつり上がった。怒っているような表情に、ミミはぎょっとして目を丸くする。
「アメリカ帰りだから、太刀川さんは知らないんだろうけど、普通、あんな風に先輩たちに話しかけたら失礼なんだよ」
「……え?」
「しかも八神先輩と石田先輩なんて……」
「ちょ、ちょっと待ってよ」
「太刀川さん、アメリカ帰りで目立つから、八神先輩と石田先輩に色目使ってるって話も出てるよ」
「……はあ?」
ミミにとっては不本意で、太一たちにも失礼な言葉が聞こえて、思わず声が裏返った。女子生徒はビクリと肩を揺らした。
ヤマトは中学の時から顔立ちが良いと黄色い声援を受けていたし、太一もリーダーシップがあるサッカー部のエースストライカーだ。二人とも、高校でも女子人気は高いのだろう。しかし誓ってミミは二人へ恋愛感情など抱いていなし、そもそもヤマトには恋人がいる筈だ。
まあ、ミミたちでも首を傾げる雰囲気のカップルだから、何も知らない周りが気づかないのは頷ける。
いろいろな記憶と感情が渦を巻いて、言葉が詰まる。そんなミミの様子をどう解釈したのか、女子生徒たちは「とにかく」と語調を強めた。
「うちのクラス全体の評判にもなるんだから、気を付けてよね」
ミミの話も聞かず、女子生徒たちはさっさと道を歩いて行く。その背中を茫然と見送るミミの頭上で、快速列車が走り抜けていった。

◇◆◇

ヤマトから聞かされた事実に、父裕明は唸って腕を組んだ。企画物の締め切りが近いらしく、二日ぶりに会う父は、無精髭を蓄えた顎を撫でる。
簡単な食事を作って食卓に並べたヤマトは、エプロンで手を拭きながら椅子に座った。
「何とか探せないか? 親父」
「無茶言うな。俺は報道局員だぞ」
息子の作る温かい味噌汁にホッと息を吐きつつ、裕明はポリポリ頭を掻いた。ガブモンが横からお茶を差し出すと、裕明は礼を言ってそれを受け取った。
「行方不明者の捜索は警察に……て、成程」
言いながら納得し、裕明は苦く顔を歪めた。
警察の知人と聞いて一番に思いつくのは、火田家である。しかし、今回行方不明者たちの中に彼らが入っているので、伝手を頼るのが難しい。そもそも、行方不明かもしれない、という不確かな情報で警察が動いてくれるとも思わない。
「他の選ばれし子どもたちは? ほら、外国の」
「俺たちが連絡先を交換した子たちは、全員無事だったよ」
二〇〇二年の冬に世界中を飛び回ったことがある。その際に出会ったパートナーデジモンを持つ子どもたちのうち、太一たちが連絡先を交換していたのは半分ほどか。しかし皆いずれも家族揃って無事であり、デジモンの「デ」の字も現れる兆候はなかったと言う。
「まあ、明日、ちょっと相談してみるか」
「明日? 何かあるのか?」
「何だ、タケルから聞いてないのか? それともアイツが言ってないのか……」
ヤマトとガブモンが首を傾げると、裕明は苦笑してまた頭を掻いた。
「準備していた企画ってのはな、武之内さんと奈津子とあと一人、情報処理なんちゃらの大学教授との対談なんだ。題して、『人間とデジタルはどう共存していくべきか』」
準備にいろいろと骨が折れた、と大きく息を吐いて裕明は茶を啜る。
明日は、打ち合わせがあるのだという。成程、デジモン評論家と呼ばれる空の父とヤマト・タケル兄弟の母なら、何かしら考察を出してくれるかもしれない。
「本宮さんたちについても、それとなく他の局員に調べてもらうよ。何人か警察に出入りしている奴がいた筈だから、行方不明者事件がないかくらいなら探れるだろう」
「サンキュ」
礼を言って、ヤマトは立ち上がった。エプロンを外した彼は時計を一瞥し、ヤマトは折っていたモスグリーンの七分袖を伸ばす。
「じゃあ、親父。俺、そろそろ行くから」
「ああ。気をつけてな」
食卓に座ったままの父へ手を振って、ヤマトは春用のパーカーをかぶせたガブモンと共に家を後にした。

◇◆◇

「それは……大変だったね」
橋の欄干に寄り掛かり、丈は苦笑する。ミミは大きく息を吐いて、欄干に組んで腕を乗せた。
「なんか、吃驚しちゃって。呆気にとられたって言うのかしら。言葉を失うってああいうことなのね」
らしくもなく落ち込んだ様子で、ミミは腕に顎を乗せる。心配したパルモンが欄干へ飛び乗って、ミミの頭を撫でた。人間の学校がどういう場所が分からないパルモンには、落ち込むパートナーへかける言葉が見つからなかったのだ。
学校での用事を終えたミミは、芽心と空と共に暴走デジモンやゲートが現れていないか見回りに出ていた。そこで、予備校へ向かう途中の丈と出会った。母からの連絡を受ける空を待つ間、先ほどの出来事を半ば愚痴のように、ミミは丈へ話してしまったのだ。
「で、でも気にしなくても良いと思います。太刀川さんは、八神くんたちと昔からの仲なんですし……むしろ、私があの輪に居ることの方が……」
芽心は、だんだん語尾を小さくしてしょんぼりと俯いてしまう。励ますつもりの言葉で自分が落ち込んでしまっては仕方がない。腕に抱えられたメイクーモンも、心配げにペシペシと芽心の頬を突いている。
「まあ、高校ってのは中々厳しいからねぇ。社会の縮図って言われることもあるし……さらに女子ともなれば一塩」
「なあ」
組んでいた丈の腕を、芽心の腕の中から柄を伸ばして、メイクーモンはペシリと叩いた。それでハッと我に返った丈は、ズーンとさらに落ち込んだ様子の芽心を見て、慌てて口を噤んだ。
「あら、どうしたの?」
母との通話を終えて戻ってきた空は、先ほどまでと違う三人の様子に小首を傾げた。何かあったのかと訊ねるピヨモンに、パルモンがコソコソと耳打ちする。
「そんなの、空の彼氏はヤマトだって言えば解決するんじゃないの?」
ピヨモンは、先ほどまでのミミや芽心の表情を見ていたわけではない。だから、ピヨモンとして至極純粋に疑問に思ったことを、声を潜めることなく訊ねた。パルモンは慌てて口を塞ぐ。
二人の現在の関係性を聞き知っている丈とミミはヒヤリと背中を青くし、知らなかった芽心はカアと頬を赤くした。空はキョトンと目を丸くし、どういうことだと丈に訊ねた。
「えっと、ミミくんが、ヤマトのことでクラスメイトにいろいろ聞かれたみたいで……」
しどろもどろ、当たり障りない言葉で場を濁し、丈は視線を空から川の方へ向けた。空はそれで納得したのか、小さく息を吐いて頬に手をやった。
「ヤマトくん目立つから……でも、ちょっと恥ずかしいわ」
「た、武之内さん、石田くんとお付き合いされていたんですか?」
「ええ」
芽心へ対する空の返答に、丈とミミ――それとパートナーから現状を聞いていたパルモン――は目を丸くして彼女を見やった。キラキラとした芽心の視線を受けて、空は少し照れたように赤くした頬を手で摩る。
「確かにお似合いです……! いつから?」
「中学生のときから」
「へえー!」
芽心はぎゅうぎゅうメイクーモンを抱きしめながら聞き入っていたものだから、苦しそうな声が上がる。慌てて、芽心は腕の殻を緩めた。
「……ねえ、空さん」
「なあに、ミミちゃん?」
「えっと、空さんとヤマトさん、付き合っているの?」
「ええ。ミミちゃんも知っているでしょ?」
「……そっかぁ。あのね、ちょっとね、気になったんだけど……ヤマトさんと空さん、喧嘩なんかしちゃってたりしてなかったり……してたり?」
「ああ……」
思い切ったミミの問に、スッと空の表情がなくなる。思わず、デジモンたちはパートナーにしがみついた。
「喧嘩というか、私がちょっと怒りすぎちゃったというか……でももう解決したのよ。ごめんなさいね、心配させちゃった?」
「う、ううん、そんなことないの!」
申し訳なさそうに眉尻を下げる空に内心ホッとしながら、ミミは手を振る。
「ちなみに、理由は?」
「あまり話すことじゃないんだけど……」
そう前置きしつつも、愚痴を聞いてほしかったのか――はたまたまだ思うところがあったのか――空は少し拗ねるように唇を尖らせた。
「ヤマトくんたら、私のために作ったって言っていた曲を、ライブで披露したのよ」
「……はい?」
「酷いと思わない? 大勢の前で歌うなんて。……まあ、ヤマトくんの話では、バンドメンバーが勝手にセットリストに入れたみたいなんだけど」
まさか、ヤマトの前のバンドが一時的に活動休止しているのは――。とそこまで想像して、丈は口元を引きつらせた。
「それはまさに……犬も食わないってやつだね」
「もう、丈先輩ったら」
様々な含みを持たせた言葉だったが、空は素直に受けとったらしく、照れたように笑いながら丈の肩を叩いた。強めだったのか、丈はゲフと咳を溢す。
「な、なんかすごいんですね、武之内さんたち」
「前と変わらなくて安心した……し、何か悩んでもしょうがない気がしてきた」
場面冒頭とは違う意味の吐息を漏らし、ミミは欄干に寄り掛かった。
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