第1話 chapter6
少女は走り回っていた。昨日から姿の見えない、大切な存在を探していた。先日越してきたばかりの少女にとって、この辺りの地理は全くと言ってよいほど分からず、気を抜けば迷ってしまう。それはあの子も同じ筈だ。きっと今頃、心細さで蹲っているかもしれない。
「どこにいるの……――メイちゃん……!」
そのとき、地面が揺れた。

◇◆◇

「なんでデジモンが……!」
「先日の暴走デジモンが原因でしょうか?」
警戒しつつ、太一たちはジエスモンの一挙一動に目を凝らす。
ギロリ、とジエスモンの目がこちらに向いた。
「え、うそ」
ミミの口からそんな言葉が零れる。それも無理ないだろう、ジエスモンの手が彼女の方へ伸びたのだ。
「みんな、逃げろ――!」
太一は声を張り上げていた。
彼の声でハッと我に返った子どもたちとデジモンたちは、一斉に駆け出した。数秒遅れて、子どもたちが固まっていた地面にジエスモンの手が突き刺さる。
「俺たちに攻撃しようとしてるのか?!」
「俺が知るかよ!」
ヤマトへ叫び返して、太一はジエスモンを見上げた。こちらを少し一瞥していたような瞳は、ぎょろりと動いて何かに狙いを定める。その視線の先にいたのは、メイクーモンを抱きしめて走るミミだ。
「ミミちゃん!」
「へ、きゃあ!」
すぐ後ろにジエスモンの足が迫り、ミミは思わず飛び上がる。空の手を引いて並走していたヤマトは、舌を打った。
「くそ、ガブモン、進化できないか?!」
「アグモン!」
「やってみる、ヤマト!」
「おう、タイチ!」
「ジエスモンは究極体です!」
光子郎の言葉に頷き、太一とヤマトはデジヴァイスを握りしめた。
二人の想いに呼応して、進化の光が溢れだす。
「アグモンワープ進化――ウォーグレイモン!」
「ガブモンワープ進化――メタルガルルモン!」
ウォーグレイモンは大地を踏みしめると、ミミたちへ剣を振り上げていたジエスモンの両手を正面から掴んだ。その隙に、メタルガルルモンは口にエネルギーをためる。それに気づいたジエスモンは、ウォーグレイモンを振り払ってメタルガルルモンを蹴り飛ばした。
「メタルガルルモン!」
顔を強張らせるヤマトの横で、五つの光が飛び出す。完全体に進化した五体のデジモンが、ウォーグレイモンたちを援護しようと飛び出した。
「エンジェウーモン、援護を!」
「きゃー!」
ヒカリは悲鳴を聞いてハッと振り返った。
人気が少なく失念していたが、ここはリアルワールドだ。一般人が、突然現れ戦いを始めたデジモンたちの姿に怯えている。
「ヒカリたちは、一般人の避難を!」
どうするべきかと迷うヒカリの背を押すように、太一が叫ぶ。そのまま彼は、相棒の近くへと駆け寄って行った。後ろ髪を引かれる想いだったが、ヒカリは頷いて兄の指示に従うことにした。
「無茶しないでね、お兄ちゃん!」
ヒラリと手を振る姿を確認して、ヒカリは駆け出した。
エンジェウーモンとガルダモンとリリモンは一般人の避難に手を貸し、ホーリーエンジェモンとアトラーカブテリモンはウォーグレイモンたちの援護。
散っていく完全体を見送ったジエスモンは、ふと何かを感じたように別の方へ顔を向けた。
「!」
同じ方向へ視線をやった太一たちは目を見張る。
ジジ、とノイズのような音がして、赤黒い穴が空中に開いたのだ。
「クワガーモンが出てきたときと同じ……!」
今度は何が出てくるのかと背筋を冷やす太一の目の前に、咆哮を轟かせながらティラノモンが姿を現した。その目はイービルリングをはめられたように虚ろで、暴走していると分かった。
「こんなときに……!」
ジエスモンの相手だけで手いっぱいだというのに、ここに暴走状態のティラノモンが現れてしまうとは。
光子郎は歯噛みした。
その瞬間――スパ、とジエスモンの剣がティラノモンの首を薙ぎ払った。
「――!」
一瞬何が起きたのか理解が遅れた。太一たちの瞳に、データとして砕け散るティラノモンの姿が映る。
「……え」
「暴走デジモンを、倒した……?」
露払いをするように剣を振り、ジエスモンは何も起きなかったように平然と視線を逃げる人々の方へ向ける。ジエスモンはそのまま足を進めようとしたので、ウォーグレイモンは腕の装甲を使って押し留めた。
「……」
「……っ君の目的は何だ? 暴走デジモンを倒すことなら、僕らも力になれる筈だ」
力に押されながら足を踏ん張り、ウォーグレイモンは声をかける。しかしジエスモンは少し瞳を動かしただけで、一言も返さない。
「ぐ……」
押され始めるウォーグレイモンを支えるように、ホーリーエンジェモンとアトラーカブテリモンがその背中を押す。メタルガルルモンは口を大きく開いて、ジエスモンの腕に噛みついた。
ジエスモンは顔を歪めることもせず、身体を回転させてウォーグレイモンたちを振り払った。
四体のデジモンたちは地面に倒れ伏す。
「メイちゃん!」
聞き覚えのある声が、太一たちの鼓膜を叩いた。ハッと振り返ると、憔悴した様子の女生徒がこちらへ向かって走って来る姿が見える。
「メイコ!」
パアっと顔を輝かせたメイクーモンは、ミミの腕から飛び出して女生徒の方へ駆けだした。
ジエスモンの瞳が彼女たちを捉える。ド、と地面を蹴り、巨体が飛ぶ。ジエスモンの振り上げた剣は、メイクーモンたちを狙っていた。
太一とヤマトは咄嗟に駆け出した。
ウォーグレイモンたちも身体を起こし、ジエスモンを押しとどめようと体当たりする。しかし、少し速度が遅くなったといえ、完全に止めることはできない。リリモンとミミが腕を広げ、女生徒たちを庇うように立つ。
「やめろー!!」
ドクン、とデジヴァイスが鼓動した。
橙と青の光が螺旋を描いて柱を作る。
背後のそれを感じ取ったのか、ジエスモンは足を止めた。
「――オメガモン」
やっと口を開いたジエスモンは、姿を見せたデジモンの名を呼び、剣を下ろした。バサリとマントを翻し、オメガモンはグレイソードを顔の正面に構えた。
「ジエスモン、デジタルワールドのために戦っているというのなら、剣を引け」
「……それはこちらの台詞だ」
「なに――」
惑うオメガモンへ、ジエスモンは一息に斬りかかった。オメガモンはグレイソードで受け止め、鍔迫り合う。
ジエスモンが剣を横へ動かして、オメガモンの構えを崩す。オメガモンは足を踏ん張り、ガルルキャノンの銃口をジエスモンへ向けた。充填されていたエネルギーが放たれる直前、ジエスモンは身体を倒して避け、オメガモンの懐にもぐりこんだ。
「オメガモン!」
吹き飛ばされるオメガモンに、太一とヤマトは喉が引きつれるほど叫んだ。二人はそのまま倒れるオメガモンへ駆け寄り、傷だらけの身体へ手を振れる。
「くそ……っ」
「オメガモン……」
ヤマトは悔し気に顔を歪め、拳をこつんとぶつけた。太一も顔を歪めそっと額を寄せる。
ふ、と頭上に影が差した。ジエスモンがこちらを見下ろしているのだ。ヒカリたちが、太一たちを呼ぶ声が聞こえる。しかし太一とヤマトは動けず――動かず、オメガモンを見上げた。
「……頼むよ、オメガモン」
ヒカリはその瞳に、ジエスモンの剣とそれが振り下ろされる先――立ったまま動かない兄の姿を映した。
「お兄ちゃん――!!」
真白い斬撃が、宙を舞った。
「!」
ジエスモンの剣が弾き飛ばされ、その背後の地面に突き刺さる。
オメガモンは、重い身体を起こし二本の脚で地面を踏みしめた。
太一とヤマトは、握りしめたデジヴァイスが溢す白銀の光、自身らの身体を覆うように伸びていることに気づかなかった。気づかぬまま、自分たちのパートナーデジモンの背中を見上げていた。
「オメガモン……」
薄く発光した身体を動かして、オメガモンは地面を蹴る。起き上がることは予想できなかったのか、ジエスモンの反応が遅れた。
ガルルキャノンの砲弾が、避けきれなかったジエスモンのマントへ穴を開ける。体勢が崩れた隙を逃さず、グレイソードがジエスモンの肩を貫いた。
「……っ!」
グレイソードが抜けた穴を抑え、ジエスモンは片膝をつく。オメガモンは露を払うように脇へグレイソードを下げ、ジエスモンを見下ろした。
「ジエスモン、三度は繰り返さない」
オメガモンの言葉に、ジエスモンは眉を顰めるように目を細めた。それからふらりと立ち上がり、オメガモンへ背を向ける。再び剣を手にしたジエスモンだが、背中や雰囲気からそれ以上戦う意思はないのだと、太一たちにも分かった。
「デジタルワールドの未来を思うというのなら、その剣を振るうべき対象は別にある」
「何……?」
小さく言い捨てると、ジエスモンは地面を蹴って飛び上がった。
雲の間へ消えていくジエスモンを見送り、オメガモンは目を閉じた。スッと光に包まれた身体は二つに分かれ、それぞれヤマトと太一の腕の中へ落ちていく。疲れ果てた様子のツノモンとコロモンを抱きしめ、太一たちはホッと安堵の息を漏らした。
彼らの様子に胸を撫で下ろしていた空は、ハッと我に返ってミミと座り込む女生徒の方へ駆け寄った。
「あなたは……」
メイクーモンを抱きしめて座り込む女生徒へ、空は手を差し出す。おずおずとそれをとって立ち上がり、女生徒は恥ずかし気に俯いた。
「えっと、どうも……」
「まさかあなたも……?」
空の言葉にコクリと頷いて、彼女はポケットから取り出したものを見せる。
「私も、いるんです――デジモン」
薄っすら黒みがかったデジヴァイスを見せ、彼女――望月芽心は小さく笑った。
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