第1話 chapter5

「えらいめにあった……」
「ほんとだよ……」
「気の毒だけど、しょうがないわね」
翌日、朝から机に突っ伏すヤマトと太一を見下ろし、空は苦笑する。
昨日、あれから連絡に気づいた二人は、慌ててそれぞれの会場へ向かった。クワガーモンの騒ぎでどちらも中止になっており、直接的な被害はなかった。しかし、突然会場を飛び出した二人の安否を心配していた仲間たちからは、きつい叱責をもらったらしい。さらに生徒たちから聞いたのか、顧問や教師にも本日朝から危険なことはするなと指導が入ったのだ。
「結局、収穫もなしだったしなぁ」
机に顎を乗せ、太一は深々とため息を吐く。
本宮家と一乗寺家、ついでに寄った井上家と火田家も留守で、ポストには一週間分ほどの新聞が入れたままになっていた。
都外へ出ているという井上家と火田家は納得できるのだが、旅行の話など聞いていない本宮家と一乗寺家も同じ状態だったのだ。さらにゲンナイとの連絡もとれず、彼らの身に何かあったという心配が増すばかりだ。
「今日は、俺たちも探し物を手伝うぜ」
デジタルワールドやゲンナイに関しては光子郎に任せ、見つからなかったアグモンの落とし物へ人員を割いた方が良いだろう。
「今日も丈先輩は来られなさそうだしね」
正直、敵がいるのか、これから大災害が起きるのか、今のままでは分からない。手がかりとなるのがアグモンの失くしたゲンナイからの預かり物であるので、それを探すことを優先した方が良いだろう。
「そうだが、それよりも先に太一、お前は丈の病院だ」
ギロリと睨み、ヤマトは太一の、スラックスに隠れた足を指さした。昨日クワガーモンの攻撃余波で飛んできた石が当たった足は赤く腫れており、今はシップで応急処置をしている。
「はーい、席ついてー」
太一が居心地悪げに顔を顰めたとき、担任が教室へ入って来たので、空は自分の席へと戻って行った。
太一も姿勢を正し、椅子を引いた。
「今日はまず、転入生を紹介します」
そう言って担任は扉へ視線をやる。促されておずおずと教室へ入って来た転入生を見て、太一は「あ」と声を漏らした。
小さいそれは後ろの席のヤマトには聞こえたようで、「知り合いか?」と背中を突かれた。それに小さく手を振って誤魔化し、太一は転入生へ視線を戻す。
「も、望月芽心です。よろしくお願いします!」
緊張しているのか上ずった声で名乗り、長い髪を振って頭を下げる。顔を上げた彼女は太一を見つけ、同じように口を丸く開けた。
昨日、太一が庇った眼鏡の少女だったのである。

◇◆◇
 
「鳥取からの転入生ですか?」
「お父さんの仕事の都合なんですって」
持ち前の世話焼き気質を発揮して芽心に学校の説明を担っていた空が、そう聞いたのだと光子郎へ教えた。パソコンの手を止め、光子郎は少し口元へ手をやった。
「大変ですね。編入試験もあったでしょうに」
「高校を転校するときってそういうのがあるのね」
芽心から話を聞いて初めて知ったと、空は吐息を漏らした。
「……で」
光子郎のオフィスである。すっかり台所の扱いに慣れたテントモンは、湯気立つ緑茶を空の隣に座る訪問者の前へ置いた。
「ミミはんも編入でっか?」
ずず、と出されたお茶を一口啜り、ミミはニッコリと笑った。
「違うわよー、私は元々月島高校の生徒みたいなもんだもん」
本日昼に日本へ到着したという彼女は、指を振って見せる。そういうものなのか、と首を傾げるパルモンたちだが、空と光子郎は苦笑した。
「ちょっと違うわね」
「ミミさんがアメリカで通っていたハイスクールは、うちの高校の姉妹校なんです」
「しまいこう? ミミはお姉さんなの?」
「えっと、高校同士がお友だちって言った方が近いかしら」
留学制度がある月島総合高校は、アメリカに姉妹校を持つ。ミミが通っていたのはそこである。今回ミミは父母の仕事の都合に合わせ、交換留学の名目で日本の月島総合高校へ通うことになったのだ。
「本当はもっと驚かそうと思ったんだけどね」
「十分驚きましたよ」
日本へ到着したと連絡を貰ったとき、パルモンが現れたから衝動的に日本へ帰ってきてしまったのでは、と光子郎は肝を冷やした。
「とにかく、これから私も力になるわ。丈さんが受験勉強に専念できるようにもね」
ソファから立ち上がったミミは、気合を入れるように拳を突き上げる。それに賛同し、パルモンとゴマモンも「おー」と片手を掲げた。
変わらない姿に、空と光子郎は顔を見合わせて微笑んだ。
 
◇◆◇
 
「そんなことがあったのか」
腕を組んだ丈は、はあと吐息を漏らした。
太一は苦笑しながら、膝までたくし上げた裾を下ろす。傍らで同じように話を聞いていた丈の兄は、苦笑しながら処置に使用した包帯の残りをしまった。太一の隣に座った太一の母は、話を聞くのが二度目であったためか、諦めたようにため息を吐いていた。
「今回骨は折れていなかったけど、無茶なことは控えるんだよ。サッカー選手は足が命だろう」
「本当にありがとうございます、城戸先生」
裕子がペコリと頭を下げると、シンは首を振った。
「僕はただの研修医で、レントゲン検査と固定をしただけですから」
「それでもです。……太一、あんたの言いたいことは理解しているつもりだけど、無茶しないでちょうだい」
ぎゅっと握ってくる手の力と真剣な瞳に、太一は申し訳なくなって頭をかいた。
「……ごめんなさい」
「分かればよろしい」
まだ少し心配げだったが、裕子はパッと手を離すと、シンと共に支払いについて相談するため診療室を出て行った。
残された丈と太一は、閉まった扉を確認してから顔を見合わせる。
「太一、照れてる?」
「からかうなよ」
「ごめんごめん」
丈はクスクス笑ってから、スッと顔を引き締めた。
「……すまなかった、昨日は駆けつけることができなくて」
「気にすんな、受験勉強は大変だもんな」
「ゴマモンも、殆ど光子郎のオフィスで預かってもらっているようなものだし」
「アグモンたちも楽しそうだから、大丈夫だよ」
放課後は予備校へ通う丈は、登校途中に光子郎のオフィスへゴマモンを預け、六時までに子どもたちの誰かが城戸家へゴマモンを送り届けることにしていた。何かあったとき、すぐに丈とゴマモンが対応できるようにするためである。
「何かあったらすぐに連絡をくれよ。僕だって、選ばれし子どもの一人だったんだから」
眼鏡ごしの真っ直ぐな瞳に思わず目を瞬かせ、太一はニヤリと笑った。
「ああ、勿論だ」
グッと親指を立てて見せると、丈は安心したように胸を撫で下ろす。そこで、太一はチラリと丈の背後にある時計を一瞥した。
「ところで丈、予備校の時間は大丈夫か?」
「……――ああ!」

◇◆◇

「タケルくん?」
電信柱に寄り掛かって携帯を眺めていたタケルは、声をかけられてハッと顔を上げた。ヒカリは小首を傾げて、何を見ていたのかと訊ねる。タケルは小さく笑んで、画面を彼女へ見せた。
「デジモン図鑑?」
「光子郎さんから、軽量版を送ってもらったんだ」
これで、あのときタケルだけが目撃したデジモンを探していたのだ。しかし日々新しいデジモンが生まれては発見されるデジタルワールド、何百といる中から一匹を見つけるのは容易でない。
「それで、そっちはどうだった?」
ヒカリは力なく首を振った。
「相変わらず反応なし。家には誰もいないみたい」
「そうか……」
学校が終わってから、タケルとヒカリはそれぞれ大輔たちの家を訪ねていた。しかし何れも空振りに終わっている。
「……やっぱり、何かあったんじゃないかな」
鞄の紐を握りしめ、ヒカリはキュッと眉を顰める。
「何かって……」
「だっておかしいもの。大輔くんたちが何も連絡なく――休学するなんて」
「……」
そう、あまりに連絡がとれず登校してこないため、タケルが担任教師へ訊ねたところ、大輔、伊織、京の三人は――理由はそれぞれ違えど――揃って休学していることになっていたのだ。
「……もし、デジタルワールドに関して何かあったとして、大輔くんたちが僕らに声をかけないなんてことはないよ」
アルマジモンとホークモンのジョグレス進化は、パタモンとテイルモンがいなければできないのだ。
「だからこそ、もうみんなに何か起こって……敵に」
「ヒカリちゃん」
ともすれば影へ沈んでしまいそうなヒカリの肩を掴み、タケルは彼女の瞳を覗き込んだ。
「……だったら足を止めちゃだめだ。大輔君たちに何かあったなら、救えるのは僕たちだ」
「タケルくん……」
ハッと我に返ったように、ヒカリの頬に血色が戻る。
「そう、だね」
小さく口元を綻ばせ、ヒカリは目を伏せる。納得してくれたようだが、微かに違和感が戻り、タケルは眉を顰めた。
「タケリュー」
「ヒカリ!」
と、そのときパートナーの呼ぶ声が聞こえ、意識は引っ張られた。
「パタモン、テイルモン!」
「光子郎さんのオフィスにいたんじゃあ」
塀から飛び降りて、テイルモンはヒカリの腕に収まった。
「大丈夫だ、人目のない裏道を使ったから」
「タイチたちが、観覧車のところへ来てほしいって」
テイルモンたちはそれを伝えに来たのだ。
「観覧車……」
タケルとヒカリは顔を見合わせる。この辺りで観覧車と言えば、心当たりは一つだけだ。

◇◆◇

 
「お兄ちゃーん」
観覧車の見える公園に、ヒカリとタケルの兄たちはいた。草むらを覗き込むように屈んでいた太一は体を起こし、ヒカリたちへ手を振った。
丁度別の方向からは空と光子郎、ミミも駆け寄って来る。
「ここですか?」
「そう」
光子郎は少し腰を屈め、草むらを見下ろす。
頭からすっぽりと入れていたアグモンとガブモンの臀部しか見えない。ヤマトと太一が彼らの足を引っ張ると、ぽっかりとした穴が空いていた。
光子郎と空、ミミが覗き込み、ヒカリとタケルも場所を譲ってもらって中を見やった。
薄暗い影の中、まん丸い緑色の目がこちらを見つめていた。
「……ねこ?」
オレンジ色の体毛や三角の耳はまるで猫のそれだ。大きさは、テイルモンほどだろうか。普通の猫ではない――デジモンだと、ヒカリは直観した。
「デジモン?」
「だろうな」
顔を上げたヒカリたちへ、太一は自分の携帯を見せる。彼がカメラモードにした画面で猫を写そうとすると、画面にノイズが走った。
「タケル、あのとき見たっていうデジモンか?」
「いや、違うデジモンだよ」
タケルの答えを聞き、ヤマトは腕を組んだ。
「あの子も暴走デジモンってやつ?」
「んー、まだ分からないや。ずっと隠れたままで」
「単に、不安定な境界線を越えて来た迷いデジモンで、怯えているだけかも」
パルモンの問に、アグモンとガブモンが答えた。アグモンの落とし物を探していた太一たちは、偶然この猫型デジモンを見つけ、光子郎たちへ連絡してきたのだ。
「ただの迷いデジモンてだけじゃなくてな」
太一は吐息を漏らしてしゃがみ、自分の胸元を一度指さす。それからその指をまた猫型デジモンへ向けた。空が首を傾げると、ピヨモンが何かに気づいたように声を上げた。
「あのデジモンの首にかかっているの、アグモンが落とした預かりものよ!」
白い胸毛に隠れてはっきりしないが、目を凝らせば何やら紐に通った金属の筒のようなものが見える。アグモンが落としたそれを、どこかで拾っていたのだろう。
「話しかけても警戒しているから、ヒカリや空たちの方が適任かなって」
「まあ、やってみるけど……」
空は少し自身なさげだったが、膝を折って座り、草むらの奥にいるデジモンへニッコリと微笑みかけた。
「こんにちは。私は空。あなたの名前は?」
優しく話しかけても、デジモンはまるで猫のように毛を逆立てる。
「光子郎、あのデジモンの名前は?」
「えっと……」
太一に言われ、パソコンを叩いた光子郎は、検索結果を見て目を見開いた。彼の反応を不思議がって、ミミもパソコンを覗き込む。
「『NO-DATE』……検索結果なしです」
「ゲンナイさんたちもまだ確認していない、新しいデジモンてこと?」
「日々進化、拡大していくデジタルワールドですから、新種が生まれても不思議ではありませんが……」
彼らの話を聞きながら、アグモンはもう一度草むらに顔を突っ込んだ。
「ぼくはアグモン。君はなんて名前なの?」
「……」
「おなかすいてない?」
「……」
うんともすんとも返事のない様子に、アグモンはシュンと項垂れる。すると、グゥと大きな音が聴こえた。
「空腹なのは、アグモンじゃないのか?」
呆れてテイルモンが吐息を漏らす。クスクス笑ったパタモンが、アグモンの頭に乗った。
「丁度おやつどきだものね」
「あ、そうだ」
苦笑した空の隣で、ミミは閃いたとポケットを探る。それからしゃがみこみ、何かをデジモンへ差し出した。
「あとでみんなにも配ろうと思ってたお土産。ジンジャークッキー食べる?」
「食べる!」
一番に反応したのはアグモンだ。コロリと頭に乗ったパタモンを落とし、アグモンはミミからクッキーを受け取った。
スン、と鼻を鳴らし、猫型デジモンが反応する。それに気づいたミミは、小さく欠片にしたクッキーを手の平に乗せて差し出した。
「はい、どーぞ」
「……」
少し身を乗り出して、デジモンはフンフンと鼻を鳴らす。それからペロリと舌を伸ばし、ミミの手から欠片を掠め取った。舌に乗せたそれを口の中で転がし、デジモンはケホと咳き込む。
「これ、舌がびりびりする……」
「ジンジャーがきつすぎたかな?」
ミミは苦笑し、「ごめんね」とデジモンの頭を撫でた。まだ少し警戒するように見上げるデジモンへ、パルモンが歩み寄った。
「わたしはパルモン。ミミのパートナーよ」
「パートナー?」
警戒心よりも初めて聞く単語に心が惹かれたのか、大きな目をパチリと動かしてデジモンは首を傾げた。
「相棒ってことだよ。ぼくはタイチのパートナーなんだ」
クッキーの滓を口の端につけたアグモンが、胸を張る。するとそれに続くようにガブモンたちも口々に声をかけた。
「おれはガブモン。パートナーはヤマト」
「わたしはピヨモン。さっき声をかけた空がパートナーよ」
「テイルモンだ。パートナーはヒカリだ」
「ぼくはタケリュのパートナーのパタモンだよ」
「ウチはテントモンいいまんねん。そこの光子郎はんのパートナーでっせ」
「君も、誰かのパートナーなの?」
アグモンの質問に、デジモンは少し考えるように首を傾けた。それから思いついたように耳を立てる。
「メイは、メイコのデジモンだ」
「メイコ? あなたのパートナーの名前?」
しゃがんで目線を近づけたヒカリが訊ねると、デジモンはコクリと頷いた。それを聞き、太一は光子郎と顔を見合わせる。
「パートナーデジモンだったのか」
「僕らのように簡易ゲートを与えられた……わけではなさそうですね。やはり迷いデジモンでしょうか」
もう少し話を聞き出したいが、デジモンの幼さを考えると難しそうだ。ここはパートナーから事情を聞き、あわよくば協力関係を取り付けたい。
「君は何て呼べば良いの?」
アグモンが訊ねると、デジモンは即答した。
「メイ――メイクーモンは、メイコにそう呼ばれる」
メイコとメイクーモン。似通った名前のパートナーとデジモンか。これは偶然の一致なのだろうか。パートナーデジモンと人間は魂の半身だ。そう考えると、不思議はない一致である。
「はい」
思考に耽る太一へ、空が手を差し出した。そこに乗っていたのはアグモンが失くしたと言っていたもの。丸いペンダントトップは、よく見るとUSBになっているようだ。
空に礼を言い、太一はモフモフの毛並みを気に入ってミミに抱きしめられるメイクーモンを見やった。
「どうするかな」
「そんなこと、決まっているだろ」
きっぱりとヤマトが言う。太一は笑って頷いた。
「だな」
「まずはパートナー探しですね」
「光子郎は先にオフィスに戻って、USBの解析をしてくれ。俺たちはまず――」
ズシン、と地面が揺れた。
地震にしては揺れが不自然。咄嗟に足を踏ん張った太一たちは、嫌な気配を感じて空を見上げた。
「あれは――!」
タケルたちも息を飲む。
白い巨体に、赤いマント――究極体のデジモンが、こちらを見下ろしていた。
光子郎のパソコンが、目の前に現れたデジモンのデータを読み取り、図鑑を検索する。ぴぴ、と該当項目を見つけ、そのページを開いた。
「……『ジエスモン』……」
赤いマントを翻し、聖騎士は静かにその場に降り立った。
×
第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -