第1話 chapter4
「いやー、丁度良かった」
「すみません、先生。突然大人数で」
「いや、まあそれは良いけど……」
後部座席の空たちに応えつつ、西島はチラリと隣を一瞥した。助手席からじっとこちらを見つめる緑の瞳と目が合って、思わず前方へ視線を戻す。
「こら、アグモン」
身を乗り出して運転席へ寄ろうとする相棒の頭を手の平で自分の方へ戻し、太一はアグモンの身体を抱えた。
「タイチ、この人、タイチの先生?」
「そうだよ」
「それ……やっぱりデジモンか?」
西島の質問に、太一の後頭部へ視線が集まるのを感じる。太一は小さく唾を飲んだ。
西島はハンドルを握ったまま、前方へ顔を向けている。
「……そうです。俺たち、小五のとき、こいつらと冒険をしたんです」
「――やっぱり」
キキ、と少々乱暴に車が止まり、後部座席に座っていたタケルたちは前の椅子の背もたれに額をぶつけた。ヤマトは咄嗟に空とガブモンを庇い、肩を打ち付ける。
「いって……」
アグモンを抱きしめた太一が前方を見やると、赤く光る信号が見えた――なんてことない、ただ赤信号だったから停止しただけだ。
「本物のデジモンか!」
ぐい、と太一の肩を引き、キラキラとした目で西島はアグモンを見つめた。思わぬ反応に、太一だけでなくヤマトたちも目を丸くする。
生徒たちの不思議そうな視線を受け、西島はハッと我に返った。途端に恥じるように頬を赤くし、咳払いを一つ。
「すまん。ちょっと興奮した」
「デジモンをご存知なんですか?」
「そりゃあな」
ヒカリの問に苦笑し、西島は青信号を確認してからアクセルを踏んだ。
「一九九九年と二〇〇二年の気象変動と電子機器の不具合……そこから起こった世界混乱――デジモンが関与していたってことは、マスコミが大々的に取り上げていたし」
「それは……」
「あ、いや何もデジモンを疎んじゃいないぞ。純粋に興味があったんだ」
それは西島の弾んだ声色で何となく察していた。
「その後、世界中のいろんな人の元にパートナーデジモンが現れ始めたって聞いて、俺も少し期待したし」
結局西島の元にはどのデジモンも現れず、いつの間にか世間からデジモンは姿を消していた。
寂し気に目を伏せる西島の横顔に、太一の胸がツキリと痛んだ。
「……完全にデジタルワールド――デジモンたちの世界が、俺たちと縁を切ったってわけじゃないです。少し、やることがあるから、帰っただけで」
「そうだよ。きっとせんせーのパートナーも、いつか会えるよ!」
太一とアグモンの言葉に、ヤマトたちも同意する。
西島は目を見開いた。それから何かを堪えるように目を細める。その表情の意味は太一には理解できず、訊ねることもできない。
西島は手元を見つめたまま、「そうか」と優しい声色で呟いた。
それを最後に、車内は沈黙に包まれた。
 
◇◆◇
 
「何をやるか知らんが、あまり無茶はしないこと。大人も頼るんだぞ」
太一たちを下ろした西島は、そう念を押して去って行った。黒いワンボックスカーを見送っていた太一は、ヤマトに急かされマンションの扉を潜った。
太一先導で訪れたマンションの一室には、既に光子郎がいた。
窓を背負う位置に一番大きな机が置かれており、それはメインの作業机なのかパソコンがあった。その机の手前には、向かい合わせにソファが並び、ソファの間には菓子の乗ったテーブルがある。ソファの一つでは、ゴマモンがのんびりとくつろいでいた。
「早かったですね」
「丁度知り合いの車に乗せてもらえたんだ」
パソコンを触っていた手を止めて、光子郎は立ち上がる。太一はゴマモンの向いへドサリと座った。アグモンの隣にチョコンと座り、ソファの間の机に乗っていた菓子へ手を伸ばす。
そこでふと、太一は立ち尽くしたままのヤマトたちに首を傾げた。
「何やってんだよ、座れば」
「いや……ていうか、なんだよ、ここ」
ヤマトたちはただ驚いているようで、広い部屋を見回して目を丸くしている。そこで太一は、彼らがここを初めて訪れたのだと知った。
「光子郎」
「そういえば、言ってなかったですね」
「光子郎はん……」
テントモンも呆れている。光子郎は視線を逸らし、取敢えず着席するよう促した。
丈は塾を抜けることができず、ゴマモンだけ光子郎が迎えに行ったらしい。そんな話をまず聞きながら、ヤマトたちはソファに座る。少し窮屈になって、テイルモンやピヨモンはパートナーの膝に乗った。
「ここは、光子郎さんの部屋なんですか?」
ソファに座らず立ったまま、タケルはパタモンと共に部屋を見回す。
「まあ、そんなところです。オフィスとして借りています」
発端は、ロスのチャット仲間が始めた企業の手伝いをしたことだった。何度か手を貸すうち、お小遣いと呼ぶには大きすぎる額が手元にできた。丁度、デジタルワールドに関する研究を続ける基盤が欲しかった光子郎は、両親と相談して自宅とは別所にオフィスと称した部屋を借りることにしたのだ。
「太一は知っていたのね」
「ここを借り始めた頃からな」
デジタルワールドに関することを研究するにあたって、太一に知らせるのは光子郎にとって自然なことだったのだろう。他の仲間にも連絡は欲しかったが。
それについての言及は後に回し、ヤマトたちは先ほどの事態について相談することにした。
太一たちの証言を聞き、光子郎は腕を組んだ。
「いきなり空から現れたクワガーモン……そして、ゲートが開いた、ということですか」
「テイルモンたちはどうして、こっちに来られたの?」
腕に抱いたテイルモンの頭へ顎を乗せ、ヒカリは訊ねる。
「わたしたちは、ゲンナイに頼まれたんだ」
「ゲンナイさんに?」
首を傾げた空に答えたのは、ピヨモンだ。
「ゲートを閉じた頃から、暴走するデジモンがいたら抑えてほしいって言われていたの」
「けど一年ほど前から、その暴走デジモンの数が増えてきたんだ」
ガブモンも続ける。
「そこでゲンナイはんから、何かあったときのためにって簡易ゲートのプログラムをもらっとったんです」
クルクル部屋を飛びながら、テントモンは腕を上げる。それが、それぞれの携帯画面に現れた紋章だったのだ。
「ゲンナイさんは、リアルワールドに暴走デジモンが逃げると分かっていたってこと?」
「それはわからないけど、最近境界が不安定だって心配はしてたよ」
眉を顰めるタケルの頭に乗り、パタモンは羽根を揺らす。
「そこでオイラたちがジョーたちにすぐ力を貸せるようにって……してくれたのにジョーは相変わらずなんだもん」
意気揚々と来たのに、とゴマモンはヘタリと項垂れる。彼の消沈ぶりは理解できるが、丈の事情も仕方ないことなので、空たちは苦笑を溢すしかない。
「ミミちゃんはアメリカだから、パルモンもそっちに行っているのか……」
「たぶん、そう」
「じゃあ、ブイモンたちも大輔くんたちのとこに?」
タケルの問に、デジモンたちは顔を見合わせてから首を横に振った。
「ブイモンたちは、ゲンナイから別の頼まれごとをされていたらしい。わたしたちとは、別行動をしていたんだ」
「だから、ブイモンたちも今こっちに来てるかは、分からないんだ」
ごめんね、とパタモンは目尻を下げる。気にしないよう言って、タケルは頭を撫でた。
「相変わらず返信もないし……後で、家に寄ってみるか」
ディーターミナルを確認した太一に、ヒカリも頷いて着いて行くと言う。
「そうだ、アグモン。預かっていたものがあるでしょ」
ガブモンが声をかけると、菓子を頬張っていたアグモンはコテンと首を傾げた。
「そうでっせ、アグモン。ほら、あれ」
「あー」
忘れかけていたらしい。アグモンはゴクンと口の中の物を飲み込んだ。
「預かっていたもの?」
「そう。タイチたちに渡してくれって」
言いながらアグモンは胸元を探り、ピタリと固まった。
「アグモン?」
「……落としちゃった」
「はあ!?」
テイルモンたちは声を荒げ、鋭い視線を向ける。アグモンは頭を抱え、太一の背中とソファの間へ身を隠した。
「お、落ち着いて。きっとさっきの川原で落としたのよ。探しに行きましょう」
呆れるデジモンたちを、空が宥める。
「どんな形のものか、ピヨモンは分かる?」
「ええ勿論」
「じゃあ、私たちで探してくるから、太一はヒカリちゃんと一緒に、大輔くんたちの様子を見てきたら?」
「良いのか?」
「手分けした方が早いでしょ」
「俺も川原に行こう」
ヤマトが名乗りを上げると、空は少し嬉しそうに頬を染めた。
「じゃあ、僕は一乗寺くんの家を見てくるよ」
兄たちの様子に苦笑しつつタケルが言うと、光子郎も吐息を漏らして頷いた。
「では僕はもう一度ゲンナイさんとコンタクトが取れないかやってみます」
「そうだな」
光子郎の視線を受け、太一も頷いた。
「そうやって手分けをして……夕方にもう一度ここへ集合しよう」
「その前に、ヤマトさんとお兄ちゃんは連絡した方が良いかも」
え? と二人は首を傾げる。ヒカリはそっと、二人のポケットで震える携帯を指さした。
「あ」
ヤマトと太一は慌てて携帯を開く。そこにはライブと試合を放り出した二人に対しての、数十にも及ぶ不在着信の履歴が並んでいた。
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