電話(210920)
ボンゴレファミリー十代目ボスとその守護者には、技術班特製の携帯端末が配付されている。指紋と網膜認証によって個人が登録されており、守護者他ボンゴレファミリー幹部以上と同盟ファミリーの登録番号にはワンタッチで通信が可能な代物だ。
防塵防水は勿論、ある程度の防弾防火も可能とされている。というのも、就任半年で守護者の殆どが乱闘私闘――一部巻き込まれ――により十を超える台数の一般流通用携帯端末を破損させたことによる。建物や人の被害額もさることながら、せめて節約できるところはしようという話になり、あるときは生命線にもなる携帯端末の強化が技術班によって実現されたのだ。
しかし、問題はそれで終わらなかった。
「……」
「獄寺、そんな苛々すんな」
眉間に深く皺を刻み携帯端末を睨みながら廊下を歩く獄寺。彼の半歩後ろをついて歩きながら、頭の後ろで手を組んだ山本は吐息を漏らした。
「雲雀に連絡がつかないのは、いつものことじゃねぇか」
「うるせえ」
舌を打ち、獄寺は成果の得られなかった携帯端末をポケットにしまう。
守護者の中で二名ほど、連絡の取りづらい男たちがいる。霧と雲だ。男、なので勿論クローム髑髏ではない。それでも霧の守護者――六道骸は着信を残しておけば定期的にメールで連絡を寄越すし、何より彼の手足とも言えるクローム髑髏がその動向をある程度把握している。
問題は、雲の方だ。
雲の守護者にして風紀財団総帥の雲雀恭弥。何かに縛られることを嫌う彼のプライベートナンバーを知る者はまずいない。風紀財団に繋いでも直接本人が応対したことはなく、大抵草壁が取り次ぐ。何とかボンゴレ特製の携帯端末を渡したものの、獄寺と山本は雲雀自身がそれを使用してところを見たことがない。
こちらは着信を残しても、メールを入れても反応なしだから困ったものだ。見かねた草壁が別経由で連絡をとってくることも時々あるが、クローム髑髏と違って彼でも雲雀恭弥の足取りがつかめないときがあるのでさらに困った。現在はまさにそれで、草壁も行方がつかめない雲雀恭弥に、獄寺は連絡を繋ごうと四苦八苦しているところだった。
「雲雀がああなのは今に始まったことじゃないし、今回は骸もいるんだしさ」
何事にも囚われない孤高の浮雲を体現する雲雀恭弥の噂は、ボンゴレ内外に広がっている。何よりボスである綱吉がそれを良しとしているのだから、右腕とはいえ獄寺がどうこうするにも限界があるというもの。
「そう言ってられねぇんだよ、今度のパーティーでは守護者が揃ったところを見せねぇと」
パーティーを主催するファミリーは、規模や格式はボンゴレに劣るものの、古くからイタリアに存在する歴史あるマフィアだ。先代の頃から度々取引があり、十代目就任後既に二三度ボスと幹部同士、顔を合わせていた。
霧と雲が欠けていたことが悪かったのか、ボスの日本人然とした顔が要因だったのか。九代目の在籍中に代替わりした相手マフィアのボスは、こちらの十代目を初対面から舐め切っていた。
山本も相手の態度を思い出したのか、苦く顔を歪めた。
「けど、今度のパーティーは向こうのボスの娘のお披露目会だろ。ウチが主催じゃないんだから、そこまで気張らなくても良いんじゃねぇか? ぶっちゃけ俺と獄寺だけでも……」
「今度のパーティーの話?」
ひょっこりと獄寺たちの会話に顔を出したのは、二人の上司にしてボスの綱吉だった。不機嫌な顔をすぐに引っ込めて、獄寺はピシリと背筋を正した。「よ」と山本は軽い調子で手を上げる。綱吉はヘッドフォンの調整を技術班に依頼した帰りらしく、執務室まで戻るところだと言う。
「そ、護衛兼同行者はどうしようかって獄寺が悩んでてさ」
「いつも通り、獄寺くんと山本じゃないの?」
小首を傾げる綱吉に、山本は言葉を濁して獄寺に視線をやる。
「霧と雲の顔見せをしていないファミリーですので、可能ならばと思いまして……」
「ああ、それでクロームが骸を引き留めてたのか」
ロビーで二人を見かけたと、綱吉は呟く。
「勿論、俺と山本も同行する予定ですが」
「けど、雲雀と連絡とれねぇんだってさ」
山本が言うと、獄寺は少し彼を睨んだ。綱吉はキョトリと、この年の日本人男性にしては大きめの目を瞬かせた。
「忙しいのかな、いつもは着信が残ってればすぐに連絡くれるのに」
「……は?」
「まあ、人が多いパーティーじゃあ、ヒバリさんも参加は難しいかな」
ポカン、と山本だけでなく獄寺も口を丸く開ける。そんな親友二人の反応に気づかず、綱吉は自分の携帯端末を取り出して何やら操作し始めた。雲雀に連絡を取ろうとしているらしい。暫し耳に当て、応答がなかったのか携帯端末を耳から離す。
十代目、と獄寺が声を掛けようとしたとき――ブルと綱吉の手の中で携帯端末が震えた。
さすがの山本も言葉を失い、口元を引きつらせる。唖然とする獄寺の目の前で、『雲雀恭弥』と文字の出た画面を綱吉は親指でタップした。
「あ、ヒバリさん、お忙しいところすみません」
山本たちに少し背を向け、端末向こうの相手と言葉を交わす綱吉。
ギリ、と獄寺は我知らず拳を握っていた。山本も乾いた笑い声を漏らす。
「あんっなに、何十回とかけても返信すらしなかったくせに……!」
「あはは……雲雀、露骨すぎるな」
お気に入りの後輩の連絡には少し遅れても応答し、それ以外には――いや、仕事のこともあるから草壁にもある程度の頻度で連絡は返すのかもしれないが――返信どころかメールすら返さない。二人が肩を落としていると、通話を終えた綱吉がクルリと向き直った。
「ヒバリさん、パーティーの始めだけだったら顔を出しても良いって」
「あ、ありがとうございます、十代目」
少し引きつった声で獄寺が言うと、綱吉はどこか楽しそうにほんのり頬を染めていた。
「楽しみだな」
執務室に入る瞬間、ポツリと落ちた綱吉の呟きを、山本の耳はしっかりと拾っていた。拾っていたが、わざわざそれを摘まみ上げて指摘する気力は削がれていて、窓を開くと同時にそっと漏らしたため息に乗せて白い雲の浮かぶ外に逃がした。
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